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カルセドニーな日常  作者: 木野真里
2/17

最初の事件2

坂田さんは動揺しながらも、状況を話し始めた。

 

「二人もよく行ってる焼き鳥屋さん、夕方までは商店街の休憩所になってるのね。そこでうちの店はおにぎりと惣菜のセットのお弁当と豚汁を出してるんだけど……」

 

「焼き鳥屋のおじさん、商店街の会長なんだよ。店が開くまで仕込みをしているから、いくつかの店が弁当を置かせてもらって、ご厚意で店番してくれてるんだ。買った人はそこで休憩出来る。少し値段も安くしてね」

 

 おじさんが補足してくれた。おばさんと坂田さんも頷く。

 

「それでね、その休憩所で出してた豚汁に何か、あの、混入されてて」

 

「池田さん……。焼き鳥屋のおじさんね。あと他に二人が食べてて、しばらく話してたらだんだん体調悪くなって救急車を呼んだって。最初は食中毒かと思ったんだけど、警察が言うには違うらしいのよ」

 

 おばさんは小声で説明した。食中毒ではないと強調したのは、自分達のせいではないということか。混入した時点である程度の責任は追及されるだろうが、被害者でもある。

 

「私が朝に作っているの。疑われてる……!」

 

「大丈夫、警察がちゃんと調べてくれてるんだから」

 

「そうよ……。休憩所では誰でも触れる所に置いていたんだし。ほら座って」

 

 確かに作った人が一番疑われるかもしれない。坂田さんは警察だけでなく、おじさんやおばさんにも疑われているという意味で言ったのだろうが。

 

 志歩や水間さんは居心地が悪そうだ。そりゃそうだろう。いきなり知らない場所に連れてこられて、事件が起きていて、知らない人達が疑われ、容疑者といえる人が今にも泣きそうに震えている。

しかも水間さんに関しては、疑っているのは警察である自分の兄だ。水間さんは腕時計に目をやった。居心地の悪さからもあるだろうし、さっきも時間を気にしていたから、この後に予定があるのかもしれない。可哀想なことをしてしまったな。

 

「ほら、そろそろいいだろう。帰りなさい」

 

 優斗さんに急かされたので、俺たちは仕方なくその場を離れることにした。

 


 四月なのに、今日は肌寒い。寒さから逃れるように喫茶店に入ると、先程までの緊張感から解放された気がした。

 

「こんな身近で事件起きるなんてな」

 

「千景はどう思う? 今回の事件」

 

 志歩はチラッと水間さんを見た。

 

「……どうって言われてもね」

 

 水間さんは髪を耳に掛けて、上目遣いで志歩を見た。普通の仕草だけで可愛い。

 

「あっ、そういえば、さっき時間気にしてたけど予定あった?」

 

 断れずに、無理に喫茶店に付いて来たかもしれない。しかし、水間さんはきょとんとした顔だ。

 

「時間……ですか?」

 

「うん、さっき腕時計見てたから、違うならいいんだけど」

 

「ああ。……腕時計、ですね」

 

 そう言ってまた、じっと腕時計を見た。上品な水色が綺麗な文字盤で、水間さんに良く似合っている。腕時計を見るの、癖なのかもしれない。

 

「……これ、大学合格の自分へのご褒美で買ったんです。お気に入りで、無意識に見てました」


 その後も他愛無い世間話や、講義に関しての話題ばかりで、事件の話は最初の数分あったかどうかくらいの時間だけだった。響も俺も、いつもお世話になっているお店の誰かが犯人かもしれないということを、受け入れることが出来ないのかもしれない。志歩や水間さんも、その空気を感じ取っているに違いない。


「どうする? もう今日は帰る?」

 

 喫茶店で会計を済ませて外に出ると、響が聞いてきた。

 

「そうだな……。二人がどこか行きたい所なければ」

 

「千景は何かある?」

 

「うーん、そうだ。今川焼き、気になってたんですよね。良かったら、行きませんか?」

 

「そう言えば最近行ってなかったな」

 

「あのさ、米田近いけど平気だよね?」

 

 喫茶店では結局、みんな何も食べることはしなかった。俺は腹は空いてたが、事件が事件だけに喉を通りそうにない。みんなもそうだろう。米田は今川焼きを売っている和菓子屋の、すぐ近くだ。

 

「さすがに警察も調べてるんだし……。大丈夫じゃない? いつまでも何も食べない訳には行かないしさ。優斗さん達まだいるかな?」

 

 話している間に、和菓子屋が見えてきた。今川焼きの甘い香りが食欲を刺激する。まだ米田の辺りはざわついていた。

 

「つぶあんと、こしあん。二個ずつ下さい」

 

「はい、二個ずつですね。いつもありがとうございます」

 

 大学生くらいの店員さんから、今川焼きを受け取った。手に熱が伝わる。

 

「おやつの時間に丁度良いですね」

 

 今川焼きを受け取りながら、水間さんが腕時計を見て言った。時計は三時半を指している。

 香りのせいもあるが、昼を食べてなかった俺は食欲が戻ってきた。時間を見ると尚更減っている気がしたのだ。一口頬張ると、優しい甘さが口に広がる。

 

「やっぱり、つぶだよな……」

 

「えー?ワタシは絶対こしあん派だし」

 

「俺も!こしあん派!」

 

「私もつぶ派ですよ、一緒ですね」

 

 水間さんはニコっと微笑んでくれた。普段、同級生や下手したら年下からも弟キャラとして可愛がられる……というより、からかわれている俺にとって、水間さんの穏やかで可憐な笑顔と、控えめな優しさに癒される。


 しかし、やはり米田の方が気になる。米田夫妻、坂田さんが椅子に腰掛けているのが見えた。まだ解放されてないんだな。坂田さんも気付いたようだが、チラリと見てきただけだった。

 

「宜しければ、お茶もどうぞ」

 

 米田の方をぼんやり見ていたので、先程の店員さんから声をかけられて、少しビクッとした。

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 大きめの急須と紙コップをお盆に乗せて、持ってきてくれた。バランスが悪かったのかグラグラして、紙コップが一つ落ちて俺の頭に当たってしまった。

 

「あっ、すみません!」

 

「いえ、空だったから大丈夫ですよ」

 

「新しいの、持って来ますね」

 

 すぐに新しい紙コップを持って来て、お茶を注いでくれた。視線を感じて米田の方を見ると、今度は坂田さんとしっかりと目が合う。

 

 お茶をすすると、胃の辺りが温かくなるのを感じた。今川焼きを買う列が出来ているのを、ぼんやり眺める。客層は様々だ。俺達のような大学生や、小学生くらいの子達、そして買物帰りの主婦……たくさん荷物を持っている。

 

「あっ」

 

「どうしたの? 律」

 

「いや、この前ちょっと……気になった事があってさ。坂田さんと坂田さんの息子くんとバッタリ会ったんだよね。その時、荷物が多かったから途中まで持ってあげてたんだけど……」

 

 息子くんは人懐っこくて、俺と手を繋いで歩いてくれた。駅の広場下のバスロータリーを通った時、ペットボトルが落ちて、坂田さんはもう少しで当たるところだった。

 ほとんど中身は入ってなかったが、危険であることには変わりない。坂田さんは上を気にしていたが、それらしき人はいなかった。

 

「……それでさ、故意かどうかも分からないし坂田さんも大丈夫って言うから」

 

「それはいつですか?」

 

「え? ……えっと、先週の金曜日だな。明日土曜日だから、どうこうって話したし」

 

「……誰が落としたか分からなかったのは、夕方で暗かったとかですか?」

 

「いや、暗くなかったと思う。時間も三時くらいだったかな?」

 

「なんか坂田さん災難だなー」

 

「立て続けに色々起きちゃったんですねぇ」


 俺は水間さんの質問の意図が気になって、水間さんの方をチラッと見た。

 

 水間さんは腕時計を見ていた。凝視していると言ったほうが正しいかもしれない。下を向いているせいか、睫毛まつげが影になっている。

 時間はほんの数秒のはずだが、何時間も経っているような錯覚に陥った。

 腕時計から目を離した後、水間さんは深く溜息をついて俺に目を向けるといわくありげな笑みを見せた。

 これは直感というのか。水間さんは、真実を知っているのでないか。

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等は一切関係ありません。

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