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カルセドニーな日常  作者: 木野真里
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千景との出会い、最初の事件

 彼女は腕時計を見た。凝視していると言ったほうが正しいかもしれない。下を向いているせいか、睫毛まつげが影になっている。

 時間はほんの数秒のはずだが、何時間も経っているような錯覚に陥った。

 腕時計から目を離した後、彼女は深く溜息をついて俺に目を向けるといわくありげな笑みを見せた。

 これは直感というのか。彼女は、真実を知っているのではないか。




 恵青けいせい大学構内、最寄りの駅まで向かう道にある見慣れた広場が、今日はサークル勧誘の波でごった返している。

 段ボールで作った看板を目立つように頭上まで上げて持っていたが、腕が疲れてきたので俺は看板を机の上に置いた。まだ名簿は真っ白のままだ。


「全然ダメだよ、みんなどうやって人集めてるんだろ」


 先輩が諦めたような声を出す。


「でもこのまま誰も入らないと、狭い部室に格下げされる可能性出てきますよね……」


 皆が気付いてはいるが、口に出さなかったことをアッサリと言ってのけたのは、中学からの同級生である成田なりたひびきだ。

 


 恵青大学のサークルは、在籍人数に応じて部室の広さが決まる。昨年度卒業していった先輩達が抜けたため二人は入ってもらわないと、響の言うとおり可能性はある。


「今の部室、ずっと使ってるし、それは嫌だなぁ」


 呼び込みで声を出していた先輩はそう言うと、ペットボトルのお茶を飲んだ。


 当てがないわけでは無い。一瞬迷ったが、俺はポケットからスマホを取り出した。


 


 しばらくして、見知った顔の女子が人混みをかき分け近付いてくる。


「おー、こっちこっち!」


 手を振ると相手も気付いたようで、両手で振りかえして斜め後ろにいる女子に話しかけているのが見えた。


 友達を連れてきてくれたのか。もし二人とも入ってくれたら最低限、必要な人数が揃う。


「人が多すぎて歩くのも大変だったよー!」


 文句を言いながら笑っている、このお祭り騒ぎをなんだかんだ楽しんでいるのは、俺の従兄妹である天野あまの志歩しほだ。


「ごめんごめん、サークル良さそうな所は見つかった?」


「んー、勧誘は結構されたけど微妙だよね」


 隣にいる友達に同調を求めるように話しかけるが、友達は控えめに首をかしげた。


「紹介していい? この子は中学からの同級生で、水間みずま千景ちかげ。千景、これがワタシの従兄妹で名城めいじょうりつ


 水間千景は凛としていて、なおかつ清楚な印象で可愛いと綺麗を兼ね備えている。しかしそれ以上に、何もかもを見透かしているような、そんな不思議な印象を受けた。その不思議な雰囲気と容姿に、思わず見惚れしまった。


「……それで、全然人来ないんだ?」


 机にある名簿を見て、志歩はニヤニヤと俺の言葉を待つ。


 ……さて、どう切り出そうか。と、迷っているのには訳がある。


 志歩とは家が近いこともあり、従兄妹というよりは兄妹のような友達のような、そんな間柄だ。

 志歩が恵青大学を合格したと報告をされた時サークルについて聞かれ、人が少ないなら入ってあげると打診されていたが、その時は先輩が抜けた穴はあれど、二人くらいなら新入生も入るだろうという甘い考えもあり、断った。

 しかし一番の理由は、からかわれ役になる事も多い俺は志歩に借りを作りたくなかったのだ。

 

 断った手前、どう切り出そうかと迷っている間に呼び込みをしていた先輩達も一年生二人に気付き、近付いてくる。


「知り合いなの?」「一年生?」

 先輩達はサークルに入ってくれるのかと、期待した目で聞いてくる。俺は腹を括った。


「志歩! 水間さん! 決まってないなら、ウチのサークルにしませんか?」


 二人に対してというより、水間さんに手を合わせて、お願いのポーズを取る。せめてもの抵抗。

 水間さんは肩まで伸びた黒髪を手櫛てぐしで整えながら志歩を見る。志歩は何も言わない。この状況を楽しんでいる。


「志歩の従兄妹さんがいるサークルなら、変な所じゃないだろうし安心できるから、私は構わないですよ」


「ほんと?」力が抜けて、間抜けな声になってしまう。


「えー!? ……まぁ、千景がそう言うならワタシも良いけど」

 

 ホッとしたのも束の間、周りから歓声と安堵の声が出た。


「二人とも入ってくれて助かるよ。成田と名城、場所取りからしてもらったから、後はやっておくよ」


「うん、貢献してくれたしね! せっかくだから従兄妹さん達、大学周り案内したら?」


 腕時計を確認すると、十三時を回っている。だいぶ長くかかった。先輩達もそう言ってくれたので、素直に礼を伝えて四人でその場を離れた。


 

 俺たちが所属するのは、散歩サークル。健康的な意味ではない。旅行や寺が好きとか、新しいお気に入りの店を見つけたいとかだ。活動はかなり緩く、外に出るのは月に一回あるかないか、なんてことも。つまりは、部室という場所を欲しいがためのサークルだ。


 ざっくりとしたサークルの説明をしながら、大学近くにある商店街に向かっていた。恵青大生は大抵がここの商店街を利用するからだ。


 時刻は十三時半前。活気がある商店街ではあるが、今日のそれは活気というより、バタバタしているように見えた。

 違和感を持ちながらも商店街を進んでいく。お気に入りのパン屋、ナポリタンやスイーツも美味しい喫茶店、奥に行くとコーヒーが美味しい静かな喫茶店、出来たての今川焼きが人気の和菓子屋。そして、人だかりが見える。いつも利用する『米田のおにぎり』のあたりだ。人だかりの奥に警察がいる。


「いつもここで、おにぎり買ってるんだけど……なにかあったのかな」


 警察がいるということは、『事件』が起きているだろうが、現実味がなくて『なにか』と表現してしまう。


「あっ……」


 水間さんは知り合いでもいたのか、声が漏れたがそれ以上なにも言わなかった。


 店にもう一度目をやると、おにぎりが並んだショーケースの前に店を営んでいる米田夫妻、四歳のお子さんがいるパートの坂田さんが見えた。三人に怪我は無さそうで、ホッとした。


「おじさん達は無事みたいだね。なにがあったんだろう、厨房まで調べてるみたいだけど」


 響の言う通り、ドラマでしか見たことがなかったが、鑑識というであろう人達が厨房まで入って調べている。店は食べるスペースは無く、ショーケースのすぐ裏に厨房がある作りで、奥までは見えないがお世辞にも広いとは言えない。


「ここのを食べた人が具合悪くなったみたいよ」

「救急車何台か来てたの、それだったんだ」


 周りで話している内容が聞こえてきた。


「坂田さん! どうしたの?」


 さすが響、空気を読まない。隣にいる二人は、スーツ姿だが警察、刑事というのだろう。雰囲気がある。

 坂田さんは隣にいる警察と思われる二人を気にして、戸惑った表情をした。背の高い刑事がこちらにチラリと目を向ける。


「千景! 志歩ちゃんも、なんでここに? ……あぁ、近いもんな、大学」


「あれ? 優斗ゆうとさんだ、千景気付いてた?」


「まぁ、ね。……兄です」水間さんは俺と響に向かって教えてくれた。水間さんがもう一人の刑事と会釈し合う。


 水間優斗さんは背が高く、シュッとしていて格好良い。妹とは違い、キリッとした目付きは少し神経質な雰囲気を思わせる。刑事という職業だから、かもしれないが。


「この子が噂の妹さん、なんですね」


「米田さん、坂田さん。身体検査や荷物検査は終わっています。見える範囲であれば自由にして頂いて、構いません」


 『優斗さん』は相棒刑事の言葉を無視して、事件の当事者と思われる三人に言葉をかける。


 刑事から自由にしても良いとのお許しを得たが、警戒は解かれていない。米田のおじさん、おばさんは緊張を解く事が出来ずに用意してもらった椅子に座り込んだ。坂田さんは落ち着かないようで、座ろうとしない。


「名城くん、成田くん……」


 坂田さんは動揺の色を隠せないようだ。


「店で出している豚汁に毒、ではないらしいけど、何かが混入されていたみたいなの」


 なるほど、合点がいった。そんな事件があったなら、警察はまず従業員を疑うだろう。

 『優斗さん』の相棒刑事は坂田さんが何を話すか、横目で気にしている。優斗さんは、水間さんが腕時計に目を向けると、ほんの一瞬驚いたような顔をした。

 

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等には一切関係ありません。


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