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・1-24 第39話 「俺は、何者だ」

・1-24 第39話 「俺は、何者だ」


 長老が家の中から出て行ってしまうと、フィーナは大急ぎでかまどの近くへと駆けより、一部だけ土がむき出しではなく木の板になっている床に手をかけた。


 どうやらその木製の部分は、地下に作られた食糧庫へとつながっているらしい。

 わずかな蝋燭ろうそくの明かりを頼りにして食糧庫への入り口をふさいでいた木製の扉の取っ手を探り当てたフィーナは、なるべく音を立てないようにそれを持ち上げる。


 地下の食糧庫、と言っても、本格的な地下室になっているわけではない。

 いくらかの食べ物を温度変化の小さな地中で保存しておけるだけの、[穴]が掘ってあるだけだ。


 中身はほとんど空っぽだった。

 かつてはその役割を果たしていたのだろうが、不作が続いたことに加えて、野盗たちに食料を奪われるようになったために、備蓄がまったくできていないのだ。


 そのために、人が2人ほどしゃがんで隠れられるだけのスペースがある。

 源九郎は大柄だったが、まだ幼さの残るフィーナは小柄であり、この2人でならどうにか入り込むことはできそうだった。


「おさむれーさま、こっちだ!

 早く、隠れるだよっ! 」


 1度、逃げ遅れたせいで野盗たちに捕まってしまった経験があるからだろう。

 食糧庫の中に飛び込むようにして入り込んだフィーナは、背伸びして顔だけを出しながら、小声で源九郎のことを呼ぶ。


 だが、源九郎は長老が出て行った後の扉近くにいるまま、動こうとしない。

 扉の隙間から、村の広場の中央に立って盗賊たちを待ち受ける長老の姿を、固唾を飲んで見つめている。


(長老さんが、野盗どもに襲われたら……、その時は)


 源九郎の手は、ずっと、刀の柄に触れていた。


 その手はかすかに震えている。

 神に消してもらった麻痺まひが蘇ったわけではなく、緊張と、恐れから、源九郎は震えていた。


 刀で、真剣で、人を斬った経験などなかった。

 だが、ここはすでに源九郎が暮らしていた世界ではなく、まったくルールの異なった世界なのだ。


 立花 源九郎という、ヒーロー。

 そのサムライは、架空の物語の中で幾人もの悪を斬り捨ててきた。


 それは、ドラマや映画の撮影に過ぎない。

 誰かを、源九郎が本当に斬り捨てたわけではない。


 源九郎は今、初めて、人を斬るということと向き合わなければならなくなっていた。


 長老には隠れていてくれと言われはしたものの、村の運命を一身に背負って野盗たちと対峙しようとするその老人をしり目に、隠れていることなど源九郎にはできなかった。

 まだ人を斬る覚悟も、自分の手には余る厄介ごとに首を突っ込む決意もできてはいなかったが、武器もなしに勇敢に野盗たちと向き合う老人を捨て置いて自分だけ隠れているなど、[立花 源九郎]は絶対にやらないことだと思うからだ。


 自分は、いったい、何者なのか。

 本当に、源九郎なのか。


(俺は、俺は……、もう、田中 賢二じゃないんだ……! )


 必死にそう自分自身に言い聞かせながら、源九郎は目を見開き、長老の静かな落ち着いた表情を見つめている。


「おさむれーさま、どうしたんだっぺ!? 」


 いつまでも扉の側から動こうとしない源九郎に、フィーナが心配そうな声を出す 


「いや、いいんだ、フィーナ。

 俺は、このままここで、長老さんに野盗どもが悪さをしないか、見張っている」


 源九郎はぎこちない笑顔で振り返ると、フィーナを少しでも安心させようと、できるだけ穏やかな声を作ってそう言った。


「ほら、俺って、強いからな!

 長老さんも、この村も、フィーナのことも、みーんなまとめて、守ってやっから! 」


「なに言ってんだべか、おさむれーさま!

 相手はおっかねー奴らなんだって、長老さまも言ってたっぺ!?

 いくらおさむれーさまが強くったって、1人じゃ勝てっこないべよ! 」


 しかしフィーナは、より心配そうな表情になる。

 源九郎が言っていることは無茶なことでしかないと、そう思っているのだろう。


わりいな、フィーナ。

 サムライは、ここで引き下がったりしねぇんだ。


 蠟燭ろうそくは持って行っていいから、しばらく、1人で隠れておいてくれ」


 だが、源九郎も譲らない。


 冷や汗の浮かんだ顔に引きつった笑みを浮かべながら片眼を閉じ、ヘタなウインクをしながら言ったその言葉は、半分は自分に向かって言ったものだった。

 そうして、自分が[サムライ]であることを思い起こさせなければ、抑えきれない身体の震えのせいで立っていることもできなくなりそうなのだ。


「んなこと、言われたって……」


 その源九郎の言葉に、フィーナは困惑して眉を八の字にする。

 フィーナは自身がまったく無力な存在でしかないことは自覚しているが、いざとなれば戦うと言っている源九郎を前に、自分だけ隠れていてもいいものかと迷っているのだろう。


 やがて、野盗たちを乗せた馬のひづめの音が大きくなった。

 どやら村の入り口にまで野盗たちがたどりついたらしい。


 その音に、フィーナは表情を青ざめさせる。

 野盗たちに捕まった時に経験した恐怖を、鮮明に思い出したのだろう。


「大丈夫、長老さんが何とかしてくれるさ。

 だから、しばらくじっとしてなって」


 そんなフィーナに、あらためて源九郎がそう言うと、彼女はコクン、とぎこちなくうなずくと、ようやく食糧庫の扉を閉じてその中に姿を隠した。


 実際のところ、こんなところに隠れても気休めでしかないだろう。

 だが、力のない者にできることは、こうして現実から目をそむけ、暗闇の中で嵐が過ぎ去るのをずっと待ち続けることでしかないのだ。


(なぜ、この人たちが……)


 その理不尽さを思うと、源九郎の中で野盗たちへの怒り、村人たちを救おうとしない権力者たちへの呆れが、徐々に強くなっていった。


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