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・1-21 第36話 「苦悩」

・1-21 第36話 「苦悩」


 フィーナが源九郎のために用意してくれた料理は、干飯ほしいいで空腹を満たすのと大差ない、質素なものだった。

 昔、山籠もりだ、と意気込んでいた時に自作して持っていき、食ったことがあるのだが、源九郎はその時のわびしい食事を思い出していた。


 異世界に転生して初めて迎える夜を祝うような酒も、当然ない。

 多くの穀物を使わないと作ることのできない酒を用意している余裕は、この村にはまったくないのだ。


 だがそのもてなしは、これ以上ないほどのものだった。


 たとえ、源九郎が貴族や大金持ちに招かれ、豪華絢爛ごうかけんらんな大広間で、贅をつくした料理や酒の数々を振る舞われるようなことがあったのだとしても。

 そこに込められている気持ちは、フィーナたちのもてなしには及ばないのに違いないと、そう思えるものだ。


 食事を終えた源九郎は、その後、しばらくの間長老とフィーナと話をした。

 村での暮らしのことや、この地域の習俗、周辺の地理的な情報。


 そういった話をしながら、しかし、源九郎は頭の中でずっと、(本当に、この村のためにできることは何もないのか)という問いかけを続けていた。


 源九郎ただ1人だけでは、野盗たちを退治することは難しい。

 何度考え直してみても、その事実は揺るがない。

 かの天下の副将軍のご隠居のように、心強い仲間が何人もいればまだしも、源九郎はただ1人だけだからだ。


 村人たちと共に戦うというわけにもいかない。

 村に若者は残っておらず、体力に劣る者たちばかりで、しかも村人たちは戦う術を知らない。

 彼らが知っているのは畑を耕す方法や作物の育て方だけなのだ。


 村に残っているのは、幼い子供も合わせて五十名余りに過ぎない。

 たとえその全員になんらかの武装をさせたところで、野盗たちとは勝負にならない。

 立ち向かって仮に勝つことができたとしても、村の存続が危ぶまれるほどの大勢が犠牲になるだろう。


 村を守るためとはいえ、一方的にやられてしまうだけの戦いのために、村人たちをけしかけることはできないし、そんなことはやりたくなかった。


(本当に、どうすりゃいいんだ……)


 そうしているうちに辺りが暗くなり、寝床に案内されて横になった源九郎だったが、少しも眠れなかった。


 それは、ベッドが木組みの上にわらを敷いただけの、粗末で寝心地の悪いものだからという理由だけではない。

 この村を救う方法は、本当に何もないのか。

 そう考えるのをやめることができず、目がさえてしまっているからだ。


 源九郎とは対照的に、寝床に入った長老とフィーナは、すっかり寝入っている。

 日が昇ったら起きて仕事をし、日が落ちたら休む。

 そういう生活サイクルが染みついているのだろう。


 ぐー、ぐー、と、仰向けに寝転んだ長老はいびきをかきながら眠っているし、身体を横向けにして、少し丸まりながら眠っているフィーナは、すぅ、すぅ、と静かな寝息を立てている。


 2人の寝息がはっきりと聞こえてくるほど、辺りは静かだ。

 そしてその静かさの中にいると、自分が異世界にやって来たのだということを実感せざるを得ない。


 転生する前、源九郎が暮らしていた日本では、夜でも真っ暗になるということはなかった。

 窓の外を見れば必ず、街灯や車のライト、建物の明かりが見え、夜でも活動している人が大勢いるのだと実感することができた。

 耳を澄ませば、車のエンジン音や、電車が走る音が聞こえてくる。

 いつでも、そこで誰かが生活しているということを知ることができたのだ。


 だが、この世界ではまったく違う。

 夜は、本当に皆が眠っている。


(立花 源九郎なら、どうする? )


 自分以外のすべてが眠りに落ちている中で、源九郎は自問自答し続ける。


 自分は、立花 源九郎だ。

 もう、田中 賢二ではない。


 弱きを助け、悪をくじく、そんなヒーローであるはずなのだ。


 だが、そう思ってみても、実際に源九郎にできることは限られている。


 こんなはずじゃ、ない。

 そう思ってみても、源九郎にはどうすれば良いのか、わからない。


(ああ……、俺は、まだ、[賢二]なのか……)


 無力感の中で、ふと、源九郎は気づいていた。

 自分はまだ、思い描いていたヒーロー、サムライの立花 源九郎ではなく、ただのアラフォーのおっさん、田中 賢二のままなのではないだろうか、と。


 源九郎なら、どうする。

 そんな風に、自分の中に存在する源九郎という存在のイメージを思い描き、何度も何度も問い続けながらも答えを見いだせないのが、自分がまだ賢二でいることの、源九郎になりきれていないことのなによりの証拠のように思えてしまう。


 源九郎なら、迷わずに、野盗たちに戦いを挑んでいくのだろうか。

 それとも、今の自分のようにくよくよと思い悩み、自分の力の及ばなさを呪うのだろうか。


 深刻に悩み続けているうちに、どんどん、夜は更けていく。


 やがて、源九郎の顔に、窓から差し込んだ光が触れる。

 視線を向けると、夜空に大きな月が出ていた。


 どうやらこの世界は、地球と同じように月を1つだけ持っているらしい。

 その惑星の表面に描かれている模様は地球の月とはかなり異なっていて、サイズも少し大きいように思えるが、その輝き方はよく似ていた。


(神様に、頼るしかないか……)


 その丸い月の形を眺めていると、源九郎の脳裏に、白い光の塊としてあらわれた神の姿が思い浮かんでくる。


 神頼みなど当てにならないとは言うが、この世界の神は、少なくとも源九郎を転生させる程度の力は持っている。

 源九郎がこの村を救ってくれるように頼みこめば、なにかはしてくれるかもしれなかった。


 明日、神に助けを求めてみよう。

 源九郎がようやく堂々巡りの思考に暫定的な結論を出し、眠るためにまぶたを閉じた時だった。


 夜の沈黙の中に、かすかな馬のいななきが聞こえてくる。

 夜が静かでなかったら、聞き逃してしまうようなものだ。


 それは、サシャのものではない。

 サシャは村の馬小屋にいるはずだったが、その馬のいななき声は、もっと遠いところから聞こえてきていた。


 そのことに気づいた瞬間、源九郎はベッドから跳ね起き、近くに置いてあった刀に手をのばしていた。


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