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・9-4 第192話:「鍛冶師見習い:1」

・9-4 第192話:「鍛冶見習い:1」


 シュリュード男爵が戻って来たのか。

 そう思いつつ、拘束されて天井から鎖で吊り下げられたままの源九郎が緩慢な動きで視線を向けると、拷問部屋に姿を見せた相手はゆっくりとした動きで目深に被っていた外套ローブのフードを両手で頭の後ろに追いやった。

 あらわれたのは、見慣れない緑色の髪と、その間からのぞく、ピンと尖った長耳。

 服装で隠れてはいるが背が高く、長い前髪によって目元もよく見えないが、その顔立ちから、さぞや美しいのだろうと想像できる存在。


「……エルフ? 」


 特徴的な外観を持つその種族は、源九郎でも知っていた。

 転生する以前から、RPGなどのファンタジー世界では定番と言って良いほど頻繁に登場する、長命で、独特の文化・風習を持つ、端整な容姿を持った種族。

 様々な物語の中で語り継がれて来た彼女たちは、この異世界にも存在し、根づいていた。

 確か、聞いた話ではこうだ。

 エルフはかつて[神]がこの世界を創造した際に、あらゆる種族に対し文明をもたらし、知識を授けるために、[神]が自身の代理として生み出した種族なのだと。

 いつしか文明を播種はしゅするという役割を終えた彼らは、不介入を自身に課した[神]の方針に従って、一部を除いて大多数の者が他の種族たちの前から姿を消し、いずことも知れない場所で外界との関係を絶って今も暮らしている。滅多に人々の前にあらわれることはなく、そのためにもはや半ば伝説と化したエルフたちの実在が信じられているのは、彼らとの混血種族であるナビール族の存在と、それら高貴な血筋とされる人々が引き継いできた魔法の力とによってであった。

 伝承として語り継がれているだけで、実際にその姿を目にした者は、この異世界においてもほとんどいない。

 だが、一目でピンとくる。

 なんというか、今、目の前にいるエルフの女性は、耳にしていた身体的な特徴が完璧に備わっているというだけではなく、どことなく不思議な感覚のする雰囲気をまとっているのだ。


「ねぇ……? 人間……さん? あなた……、これ……の、持ち主? 」


 なぜこんなんところにエルフが。

 痛めつけられ過ぎたせいで、幻覚でも見えているのだろうか?

 そういぶかしんでいる源九郎の目の前で、緑髪の女性はローブの中から鈍色に輝く細長い金属を取り出していた。

 ———それは、中ほどで折れ、取り上げられてしまった、サムライの刀だった。


「俺の……、刀……? 」


 なぜ、エルフが日本刀を、それも折れてしまって役に立たなくなったものを持っているのか。

 思わず、眉をひそめてしまう。

 似つかわしくない組み合わせだった。エルフと言えば魔法が得意な種族であり、様々なファンタジー作品の中では大抵、魔法の杖を持っている。あるいは、弓術を得意としているという設定で、弓を持っていることが多い。

 それが、刀、というのは、珍しい。

 だが緑髪の女性は、望んで源九郎の刀を手にしている様子だった。刃で傷つかないように折れた切っ先をかかげて見上げながら、「キレイ……」と、前髪の隙間からうっとりとした視線を向けている。

 しばらく美しい反り返りを持つ刃に見とれていた女性だったが、ふと我に返ったかのように、きょとんとした顔をしているサムライへと視線を向けた。


「あなた……、この、剣、の……、作り方、知って、る……? 」

「あ、ああ。大体は、分かるけどよ……? 」

「なら……、私……に、教えて、欲しい」


 途切れ途切れの、ぼそぼそとした聞き取りにくいしゃべり方。

 しかし食い気味にセリフを被せると、そのエルフは前のめりになってぐいっ、と顔を近づけて来る。

 まるでこれからキスでもしようというような距離感だ。


「べ、別に、いいけどよ? でもアンタ、エルフだろう? なんで、刀の作り方なんかに興味があるんだ? 」

「……やっぱり、おか……し、い? 」


 少し距離を取ろうと顔をそむけながら問いかけると、整った顔立ちが悲しそうに曇る。


「みんな、そう、言う……。エルフ、の、里の……、みんな、が。でも、私……は、好き。この、キラキラ……。優雅な、曲線……。固くて、冷たい、感触……。だから、教えて……、欲し、い」


 自身の気持ちを再確認したのか、エルフの顔にはもう、寂しさとも切なさともつかない表情はなかった。

 代わりに顔をあげた彼女からは、真剣そのものの視線が向けられている。

 前髪で瞳は見えなかったが、その熱意ははっきりと伝わって来た。


「私、は……、ルーン。エルフの、ルーン。鍛冶師……、見習い、の、ルーン。私、は……、この、剣……の、作り方……、を、知りた、い」


 鍛冶師見習いの、エルフ。

 ルーン。

 彼女は日本刀の作り方を知りたいがために、わざわざこんな地底まで足を運んだ、ということらしい。


「別にいいけどよ、大丈夫なのか、お嬢さん。ここは、悪党どもの巣窟だぜ? 俺みたいに捕まっちまうんじゃないか? 」

「悪党……? 誰……、の、こと……? 」

「シュリュード男爵さ。アイツ、ここで贋金を作っていやがったんだ」

「ニセ、ガネ……。これの、こと……? あと、私、千年、は……、生きている、から。お嬢さん、は、変」


 そう言って不思議そうにルーンが取り出したのは、鉄製の硬貨だった。

 ただの円形に加工された平べったい鉄の塊ではない。

 王都・パテラスノープルで禿頭のドワーフ、トパスから見せられた、偽プリーム金貨のメッキを剥がした中にあったのと同じ、贋金の芯となっているものだった。


「あ、アンタ……、もしかして? 」


 驚愕に目を見開いたままたずねるサムライに、エルフは怪訝けげんそうに首を傾げる。


「さっき……、も、犬頭……の、毛むくじゃら、さん、驚いて、た……。これ、は、そんなに、驚く……よう、な、もの……、なの? 」


 なぜ、こんなところに平然と彼女がいることが出来るのか。源九郎にも理解できた。

 彼女こそ、シュリュード男爵に手を貸して贋金作りを行っていた魔術師であるのだ。

 そして驚くべきことは他にもあった。

 どうやらルーンは、ラウルのことを知っている様子であったのだ。


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