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・8-4 第178話:「混乱」

・8-4 第178話:「混乱」


 犬頭の獣人、ラウルはいったい、どうなったのか。

 無事に鉱山から脱出してきているのか。それとも、捕まってしまったのか。

 本来ならば一目散に逃げだしたいところなのだが、それを確認するまでは離れるのは忍びなく、源九郎たちは物陰に隠れて様子をうかがっている。

 段々と、ケストバレー中が目を覚ましつつある。

 シュリュード男爵が私的に雇っている傭兵たちは鉱山から降りて来て、こちらが隠れている周囲を徹底的に探し回ろうと動いているし、男爵からの命令を受けたメイファ王国の正規兵たちは城壁の辺りに封鎖線を構築しつつある。

 こうした騒動に、夜の眠りについていた住民たちも気づき始めていた。

 無駄な燃料費を節約するために夜間は多くの建物が照明を消し、真っ暗になっているのだが、外の騒々しさに目を覚ました人々が明かりを灯しているのか、いくつかの建物の窓から光が漏れてきている。そしてそれは、どんどん数を増やしつつあった。


「ラウル……。どこ、行っちまったんだ? 」


 じっと周囲の様子をうかがっている源九郎は、焦りと共にそう呟いていた。


「あまり言いたくはないが……、そろそろ、潮時かもしれぬ」


 そんな彼の隣で同じく周囲を警戒していた珠穂が、心苦しそうではあったがはっきりとした口調で言う。


「ラウル殿がうまく逃げ出せているのか、あるいは捕まってしまっているのか。それは分からぬが……。もし捕まっているのであれば、どうしようもあるまい。敵の数が多すぎる上に、どこに捕らわれているのかさえ分からぬのだ」

「そりゃ、そうだけどよ」

「わらわたちまで捕らえられてしまうのは、御免こうむりたいところじゃ」


 源九郎としてはラウルの安否も確かめずに逃げ出すのは嫌だった。しかし、こうストレートに指摘されてしまうと、反論の余地はない。

 ———その時だった。

 街の一画で「火事だーっ! 火が出てるぞーっ!! 」という叫び声があがった。

 見ると、もうもうと煙が立ち上っているのが分かる。街中に設置されたかがり火や建物からの明かり、そして燃え上がる炎に照らされて、夜空にくっきりと濃い煙の塊が浮かび上がっているのだ。

 フィーナとセシリアが、うまくやってくれているのだろう。

 起こった火災は、派手に煙が立ち上っている割には規模が小さいようだった。元村娘がそうなるように調整して準備をしてくれていたのだろう。

 空気は乾燥していたが、風はないし、おそらく街に燃え広がる心配はしなくともよいだろう。

 しかし、そんなことは街の人々には分からない。それがボヤで収まるように調整された火だということを知らない者からすれば、どんどん湧き上がってくる煙の姿は、火災が燃え広がっているように見えることだろう。

 その証拠に、ケストバレーは一気に騒然となり始めていた。

 火事だ、という叫び声を聞いた人々は建物の中から様子をうかがっていることをやめ、慌てて建物から飛び出して来て煙の立ち上る方角を確かめたり、逃げ出すために荷物をまとめたりし出している。

 動揺が広まっているのは、シュリュード男爵に命じられて源九郎たちを探している兵士たちも同じだった。

 彼らは捜索の手を止め火事が起こっている方を食い入るように見つめたり、現場の指揮官が緊急事態だと判断して、自発的に持ち場を離れて火災の鎮圧に向かったりし始めている。

 ケストバレーの建物の多くは石やレンガ造りで、表面に漆喰をぬって仕上げてあるので、一見すると耐火性は高そうに思える。

 しかし、屋根や内部の床や柱は木で作られている場合が多く、火の粉が飛散して来れば容易に引火し、壁だけを残して全焼してしまう危険のある構造になっている。

 もし火災が広まれば、多くの建物が焼け落ち、その炎から逃げ遅れれば怪我だけでは済まないかもしれない。貴重な財産だって失うことになる。

 火事とは危険な災害であり、人々の意識はそちらへと向いていた。


「逃げるのならば、今の内であろう」

「ああ。……そうだな」


 珠穂の言葉に、源九郎もうなずかざるを得ない。

 逃げ出すとすれば、今が絶好のチャンスだ。

 男爵の手下たちの注意力は散漫になっているし、火事と聞いた人々のいくらかは、早くも町から逃げ出し谷の外に向かおうとして、城門へ向かう人の流れができ始めている。

 そしてその傾向は、煙がさらに別の場所でも立ち上り始めると一層強くなった。

 フィーナとセシリアが次々と火を起こし、谷中に混乱を広めつつある。

 人々は身の危険を感じたのか、逃げ出そうとする者が続出していた。

 ———この混乱に乗じ、城門へ向かう人の波にまぎれて行けば、脱出しやすいはずだ。

 そうなったら、後は悠々と王都に向かうだけだ。男爵が動かすことが出来る手駒は数千もいたが、数万を数える民衆の中から源九郎たちを発見することは困難だし、混乱を収拾するために手いっぱいとなって、捜索どころではなくなるはずだからだ。

 これが仕組まれたボヤ騒ぎだ、ということに現場に駆けつけた者たちは気づくのに違いない。しかし、そのことが周知されて人々が落ち着くまでの間に、こちらは遠くに逃げ去っているだろう。


(ラウル……。うまく逃げていてくれよな)


 サムライはそう願ってもう一度だけ鉱山の方を振り返ると、城門の方へと向き直り、珠穂と小夜風と共に、フィーナとセシリアと合流するべく駆け出していた。


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