美少女の幼馴染みをフッたら、隣の席の美少女に狙われている。
※短編『美少女の後輩がフラれた。なのでとりあえず慰める。』の別視点かつ後日談のお話になっています。澪ちゃん側の話もちょっと分かるので前作も読んでくれたら嬉しいです。
一つ、前提として。
片想いをしている相手に万が一、告白されたらどうする。
片想いしてる女の子に逆に告白されるシチュエーションなんて所詮夢物語だと思った。
でも、現実に―――、
「ねえ、私たち付き合わない?」
「へ、えっ!?」
「なに間抜けな声出してるのよ」
片想いしてる相手に告白されるというシチュエーションに、彼こと桜庭優は立っていた。
まぬけな声が出たことは許してほしい。これまで長年幼馴染みとして付き合ってきて、片想いをしていたとはいえ逆に告白されることなんて想定している筈がない。
(屋上に呼び出したのもそういうことか!?)
今思えばそういう兆候はあったかもしれない。何故学校の屋上に呼び出す必要があるのか優も不思議に思った。
大した用件じゃないならすぐにその場で伝えれば良いし、屋上に呼び出す必要性はあるのか、と。
まぁ、疑問に思ったのも一瞬。大したことじゃないだろ、と楽観視していた優の考えは彼女の告白によって切り捨てられた。
(告白、告白されてるのか俺は)
ようやく状況を脳が理解し始めた。
告白されている状況に心が浮き足立つのが分かる。だって、優の片想いは彼女の告白に頷くだけで両想いへと変わるのだ。
幼馴染みとして長年付き合ってきた。
幼馴染みとしてしか見てもらったことがなかった。
長年の恋心がついに報われようとしている。
心臓が激しく鼓動するのが分かる。嬉しくて、それと同時にとても驚いて―――、
そう、驚いた。
《《何故自分なのか》》。
何故自分が彼女に告白されているのか。それが分からなかった。
彼女が優のことを好きなのは間違いない。でもその”好き”はきっと親愛のようなもので、俺が彼女に抱く”好き”とは違うだろう。
恋人になりたい、キスをしたい、生涯ずっと傍にいたい。彼女がそういう”好き”を抱くのは俺ではない。
彼女がそれを抱くのは俺ではなく、先輩だと思うから。
優たちと一緒にいることが多いあの先輩。二年生の中心人物で、面倒見が良くて、気が良くて。
彼女が優に向ける視線と、先輩に向ける視線は違う。
乙女の視線というべきなのか、それを形容する言葉を優は持ち合わせないが。
「一応、告白してるんだけど」
「......ああ」
彼女は目を閉じて、俯いて、ほんのりと耳が赤くて。
そして、こちらへ手を差し出してきた。
好きなら手を掴め、ということなのだろう。
その手をとる資格があるのか。
(俺じゃない)
自分が手をとるべきではない。
彼女の隣に立つべきなのは。なにより、彼女が目蓋の裏に思い浮かべているのは先輩だから。
そんなことは分かっている。
なのに、手を伸ばしかけたのは、自分が意地汚いからだ。
彼女の手をとりたい気持ちを押さえ込んで、瞳を彼女へと見据えて。
「悪い。俺はその手をとれない」
「......ぇ?」
告白が失敗するとは思っていなかったのか、彼女は驚いた様子で顔を上げる。
その顔を見て、好きだと思うのも。自分が意地汚いからだ。
優にその手はとれない。なぜなら彼女の隣は優なんか入り込む隙間がないくらいに既に埋まっているから。
「なぁ、澪」
久しぶりにその名前を呼んだ。呼びたくなかった。なぜならその二文字が優はとても愛おしいから。
これからもその名前を呼び続ける。でもこの気持ちはもう抱かない。彼女は息を呑んで、俺の言葉を待っていた。
「前向きに、恋しようぜ!」
その言葉がどういう意図で自分の口から発せられたのか。そもそもその言葉は澪に向けたものだったのか、それとも自分自身に向けたものだったのか。それも分からないままそう口にして。
「そっ、か。ごめん」
自嘲するような、そんな呟きが聞こえて、いつの間にか澪は走り出していた。
追いかけるかどうか、少し考えて止めた。
彼女を慰めるのも優ではない。
「俺は泣きそうなのに、今日はよく晴れてんな」
涙が溢れそうになるのをこらえて、拳を握って上を向く。
空は快晴。冬だというのに輝く太陽が眩しい日のこと。
優たちの関係が幼馴染みから恋人へと変わることのなかった日。
さらに言えば、桜庭優の初恋が綺麗に散った日だ。
人間は変化を望む生き物だ。なぜなら変わることはいつだって大抵好ましいから。
でもそれが好ましい変化だとしても、変わってはいけないときがある。
例えば、自分の想い人にもっと相応しい相手がいる場合、とか。
自分でも馬鹿だと思う。だって恋愛は早い者勝ちだ。早くお互いの合意が成立したものの勝利、それが恋愛。
でも優がその手をとらなかったのは、とれなかったのは。
「......泣くな俺」
きっとひとえに彼が優しいからなのだろう。
馬鹿みたいなお人好し。そういう人種はごく稀に存在するが―――、
「大丈夫だ。澪たちはきっと上手く行く」
ここまでのお人好しは、かなり珍しい。
◆
その告白から一週間。告白によって拗れると思っていた優たちの関係は意外にもあっさりと修復された。
澪からの謝罪、それによってあっけなく。
正直告白をフッた当初、優はもう心配で仕方なかった。
ちゃんと仲直りはできるのか、澪は先輩とうまくいくのか、そもそも自分は澪にどう接するのが正解なのか。
優は所詮高校一年生だ。こんな状況で適切に対処する能力なんて持ち合わせている筈がない。
ただ、彼なりに必死に頑張ったのだ。頑張って仲直りしようと、意を決して話しかけた。
まぁ、全部綺麗に避けられるわけだが。
結果として仲直りしたからもうそれは良いのだ。そう、全ては元通りに―――、
「元通りになってねぇな、これ!?」
澪と先輩が付き合い始めたのだ。そもそもフッたのは自分だし、澪から謝罪されたときにこの際付き合っちまえと背中を押したのも自分だ。だから、付き合ったのは良い。むしろ自分の想いに踏ん切りをつけるチャンスでさえあると優は考えていた。
考えていた、のだが。
澪と先輩が付き合い始めてから二人でお弁当を食べるようになったのだ。
そう、優を除いて。窓をチラッと覗けば中庭でベンチに座って、仲良く談笑しながら弁当を食べる二人の姿が。
(Oh......)
これまでは大体三人で食べていた。
ただ、二人が付き合い始めて、幸せオーラを漂わせる中、一緒に弁当を食べられる筈もない。
二人が幸せなのはいいことだ。優が二人と一緒に弁当を食べられないのも納得がいく。ただ一つ、納得いかないのは―――、
「さて優くん。早くお昼ご飯を食べましょう」
隣の席の美少女が、ここ最近やたらと優とお昼を食べたがることだ。
「なぁ、何故自然な流れで俺の机とお前の机をくっつけるんだ?」
「そりゃ優くんがぼっちなのを察して気が利く美少女である私がお弁当を一緒に食べてあげようとですね」
「気が利いてるのはありがたいんだが、別に無理しなくても......」
「一緒にお昼ごはん食べようとしても、いつも澪ちゃんたちと食べてるじゃないですかー。一緒に食べるなら今しかないなー、と」
「一緒に食べる意義を聞いてるんだが」
「ぼっち同士、補完しあえばぼっちじゃなくなるんですよ。それとも優くんは私とご飯を食べたくないと?」
その美少女スマイルで可愛らしく小首をかしげる彼女の誘いに、一般的で健全な男子高生である優が断れる筈もなかった。大人しく自分の席に座り―――、必然的に対面に座る彼女の顔を見ることになる。
やはり、美少女がそこにいる。
腰まで伸びた艶やかな長い黒髪と、小柄ながらも女性らしさを主張する均整のとれた体躯。しかし、その可愛らしさの中に気品を感じさせる容姿は非常に整っている。
学校一の美少女と呼ばれる澪に唯一比肩すると言われる彼女、咲白結。
奇妙な縁というものは現実に存在するもので、中等部三年間ずっと同じクラスで、高等部でもまた同じクラス。
桜庭と咲白。名字が近いという理由だけでこの美少女の隣の席を約四年間キープし続けているのが優だ。
中高一貫校であることが裏目に出たか、変わらず優の隣の席は決まって結である。
美少女の顔は見慣れるものでもなく、いわゆる役得ポジションというやつだ。
約四年間、隣の席であればそれなりに親交も生まれる。
それなりに仲の良い友達だと優は認識していたが―――、
「実は今日のお弁当私の手作りなんですよー。ほら、見て下さい。タコさんウィンナーですよ!」
「すごいな」
「抑揚の無さすぎる声ッ!?もっと関心を抱いてくださいよ私のタコさんウィンナーに!」
「すごいすごい。箸で掲げたままなの行儀悪いから早く食べろ」
「拒否します。今日はこのタコさんウィンナーを優くんの口にぶちこむことを決めているので」
「どういう決意だよ。食べて欲しいなら普通に自分で食べるからお前が俺に食べさせる必要はない」
タコさんウィンナーを挟んだ箸をぐいぐいを優の口元に押し付ける結。視線で早く食べろと促しているが、女子の箸に男子が口をつけるのは倫理的にアウトである。
とりあえず自分の箸でタコさんウィンナーを奪って普通に食べた。
「私が食べさせることに意義があるんですけど!?」
「倫理的にアウトだ。そもそも気恥ずかしくて俺が死ぬ」
「あと百年は生きてください?」
「んな無茶苦茶な。そんなことより、お前―――」
「はい?」
「本当に良いのか、俺なんかと飯食ってて?」
「へ?」
心の底から困惑したような声を出して、結はこちらを見る。
澪との関係が修復するまでの一週間も一緒に弁当を食べたが、最初から疑問だったのだ。
何故優と一緒に弁当を食べる必要があるのか。
スクールカースト最上位に属する彼女なら別に優以外にも一緒に弁当を食べる相手はいるだろうし、優自身も友人がいないわけではない。
だから、不思議だった。
真っ先にお昼に誘ってくれた結が。
ぼっち飯が死に直結する訳でもなし。
つまるところ彼女が優と一緒に弁当を食べる理由は―――、
「多分この前もいったと思いますけど」
「いや、俺はあれはてっきり冗談の類いだと」
「まぁ知ってましたけど。優くんって本当に他人からの好意には無頓着というか、まぁ極論にぶちんなんですけど」
「にぶちん言うな」
「もう一回だけ言って上げますけど。―――私、優くんが好きです」
頬杖を付きながら、口元にはしっかり笑みだけを浮かべて。
しかし、その瞳の熱量だけは本物だ。その衝撃の告白はこれで二回目になるが、心臓の大袈裟な鼓動は収まりそうにない。
誰もいない教室にて大きく呼吸する。
初恋は散ったばかりだというのに、また新しい恋は舞い込んでくる。
困ったことに心臓の鼓動は収まらないし、その美少女から目を逸らすこともできない。
「俺は―――」
「ストップ。私は優くんの答えを聞きたい訳じゃないんですよ。フラれるのは嫌だし、私は―――、都合の良い女でいいんですよ?」
人差し指を立てながら、小悪魔みたいな笑みを彼女は浮かべて。
「私ほどの美少女からの告白を無下にするなんてあり得ません。故に、優くんの選択は俺の彼女になってくれ、かちょっと待って以外の選択肢はないんです」
「はは、なんだよそれ」
「今ならお買い得ですよってことです」
「アホか。というか、俺はそういうのよく分かんなくて。初恋が散った後だし、俺の頭が混乱してんだよ。多分。だから答えを出すのはずっと先だし、お前に迷惑かけるのも嫌だから―――」
「―――だから、なんですか?」
だから、と更に続けようとして、彼女の言葉に遮られた。
「こちとら初恋何年拗らせてると思うんですか。四年ですよ、四年。いくらでも待ちます」
「四年、てめっちゃ長げぇな」
そう優が茶化すように笑うと、彼女は自分の発言が意味するところに気づいたのか顔を真っ赤に染めた。
「そうですよ。そんな長い間拗らせてたんです。優くんが澪ちゃんのこと好きだったからずっと言い出せなくて。だから、今、チャンスじゃないですか」
「チャンス?」と優が聞き返すと彼女は「ええそうです」と力強く頷き返して。
「恋は早い者勝ちなんですよ」
確かにそうだな、と優は頷いて。直後自分の目の前にタコさんウィンナーが差し出された。
「......なんだ?」
「いや、タコさんウィンナー食べていただけないかなーって」
「恥ずかしい」
そんな話をされたら尚更だ。改めて異性として認識して、美少女と喋っているという事実に頭がパンクしそうになる。
「そうですかー。私の恋は前途多難ですね」
彼女は大人しく自分の口にタコさんウィンナーを放り投げて、困ったように俺に笑いかけた。
まだ、心臓の鼓動は止みそうにない。それは当然だ。美少女に笑いかけられて緊張しない男がどこにいるんだろう。
優にはまだ分からない。結のことを好きなのか、これから好きになれるのか。
それとも、自分を好いていてくれるから舞い上がっているだけなのか。
だとしたら、それ程失礼なこともないだろう。
想いには、自分の正直な想いを返すのが筋だと思うから。
だから、まだ早い。
自分の想いの形をはっきりさせるまで、この曖昧な関係は続くのだろうと、そう思って。
「前向きに恋って、難しいな」
澪にいった自分の台詞がそのまま返ってきている気がした。
ありえない、と自分でも一蹴してしまいそうになるが、美少女の幼馴染みをフッたら、隣の席の美少女に狙われているのが現実らしい。
締まりない終わりかた......?読者に想像の余地を持たせる作者の苦肉の策です。
正直幼馴染み君には幸せになって欲しいと思いつつ別視点の話は感想を頂くまで作る予定がなかったので急拵えです。
評価をくれたら死ぬほど喜びますが、感想の方がぶっちゃけ嬉しいのでください。