敗走
この話だけは、騎士団長セイレン側からの視点です
「陛下、妃殿下、お呼びでしょうか」
俺は朝から国王陛下に呼び出されていた。玉座の前にひざまずき言葉を伺った。周りにはメイドや兵士が10人ばかり立っているがその表情には緊張が漂っている。
「おぉ、騎士団長セイレンよ、実はカトリーヌが聞きたいことがあるみたいでな」
「父上、あとは私が話しますわ」
陛下が隣に目をやると、妃殿下は不機嫌そうな様子で口を開いた。
「セイレン、最近城下町に出向くことが多いようだけどどちらに行ってるのかしら?」
直球で投げかけてくる、妃殿下はごきげんななめのようだ。道理で朝からメイドたちがざわついていたわけだ。心して答えなければならないが下手な嘘は逆効果なので正直に事実を述べようと思う。
「旧友のハワードの所に足を運んでおります」
「ハワード・ユンカース、王都一番の腕前の鍛冶屋にして、過去に数々の派遣隊、討伐隊にも参加していた斧使いの猛者。」
やはり妃殿下は事前に全て調べていた。知っている上でこちらがどう反応するかを見ているのか。
「ハワードは最近弟子を取り技術を継承しているようだけど、その弟子というのが異邦人の小娘だそうじゃないの」
やはり本題はそこのようだ。要するにカトリーヌ姫は妬いているのだろう。確かに庶民の女性に気安く声をかけるなどと許されることではないのかもしれない
「妃殿下、私は」
「別に行くなとは行ってませんわ。ただどんなところに足を運んでいるのか知りたかっただけですわ」
「ハワードは私の旧友です、どうかご理解を」
「彼は父上から打診された王宮の専属鍛冶師としての地位を蹴って町で鍛冶屋を営んでいるそうじゃない。王宮に何か不満でもあるのかしら」
妃殿下はそう言ってほっぺたを膨らませ横を向いて拗ねた表情をした。あぁ、こうなると誰もが手を焼いてしまう。陛下が一瞬妃殿下のほうを見て困った顔でこちらを見てくる。
「とりあえず、セイレンよ、騎士団長としての自覚を今一度持ち兵士たちの修行の監督や警備に励んでほしい」
「はは、仰せの通りに」
〜〜〜〜〜
自室に戻った俺はため息混じりに朝のことを思い出していた。やはり王宮の騎士団長は荷が重い、権力闘争やつまらん意地の張り合い、いろいろあげればキリがないが、これはどちらかといえば俺自身の問題だった。
王宮騎士団に推薦された時は自分の功績を買われ地位や名誉を与えられるのも悪くない気がしたが、こんなことになるとは思わなかった。
この現実から逃げ出したかった。昔のように仲間と冒険者ギルドでクエストをこなす日々に戻りたかった。思えばあの頃が一番楽しかった。
俺は昔のことを思い出しながら寝てしまっていたようだ。どれくらい寝ていたんだろうか、突然ベッドから飛び起きた。
「なんだ、何か胸騒ぎが…」
もう夕方になっており西日が眩しかった。なにやら場内が静かだ。剣と盾を持って部屋の外へ出た。
「おい、どうしたんだ!」
廊下に兵士が倒れている。体を抱き上げるが反応はない。向こうにも倒れている兵士の姿があった。ますますおかしい。国王陛下と妃殿下のことが気になった。
「まずい。急いで陛下たちの元に向かわねば」
2人の身を案じ駆け出すが俺の部屋と、陛下たちの部屋は玉座のある大広間を挟んで正反対の方にあるのでまずは途中の大広間に向かうことにした。
玉座に向かう通路に兵士やメイドが10人以上も倒れていた。血も流れていないので何かの魔法で眠らされているものだとわかった。倒れている皆を横目に玉座に近づくに連れ邪悪な気配が漂ってきた。
大広間に着くとたくさんの兵士たちが倒れており、玉座には黒いフードを被った者が3人いた。一番大柄な黒いフードの者の1人は妃殿下を抱えていた。
「貴様ら何者だ!皆に何をした!妃殿下を離せ!」
大広間に響き渡る俺の声に、3人は悠然と顔を向ける。
「催眠から自力で抜けるとはさすが騎士団長様だ」
言葉を発した1人は玉座に座った陛下に向き合い両の手から何か黒い光を発していた。陛下は虚ろな目で立っている。どうやら2人とも意識がないようだ。何か暗示をかけられているように見える。
「今いいところなんでなァ、おめぇは俺がまた相手をしてやるぜェ」
こいつは確か以前町でスミレさんを襲っていた賊だった。賊は一瞬で間合いを詰めてきた。
「なんなんだ。貴様らは」
賊の二刀流から繰り出される乱舞を俺は剣と盾でなんとか全て防ぎきった。しかし反撃を繰り出すも間合いを取られ交わされた。
「ち、一筋縄じゃいかねえなァ、もういいかァ」
賊は嘲笑うように言葉を吐いたあと引き下がった。玉座にいた陛下が禍々しい黒いオーラを放っていた。
「国王陛下殿、あの者が謀反を企んでおります」
陛下に向き合い暗示をかけていた賊がこちらを見て言った。そして陛下がこちらに向かって手を振りかざすと俺の身体は宙に浮き吹き飛ばされた。
「な!陛下、私です!お気を確かに!」
次の瞬間高く飛ばされ大広間の天窓を破り空中に放り出されたところで俺の意識は途絶えた。
次話から、スミレ視点に戻ります