イケメン騎士に会う
「おい!そこの女ァ、その袋は俺の落とし物だ!おいていきなァ!」
札束の入った大袋を持っていた私に言っているのだろうか。いや別にネコババしようと思ったわけではない。思ったわけではないがそう思われても仕方がない。ドスの効いた声が路地に響き渡り、心臓をバクバクさせてゆっくりと振り返る。そこには両手に刃物を持った細身の男が立っていた。(殺される)
「先に言っておくぜェ、その金は俺が大商人から奪った俺の金だ。それをうっかり落としちまっただけだァ!」
あのー、それは大商人さんのお金ではないでしょうか。などと言えるはずもなく私は、手に掴んでいた袋を落とし後ずさった。
「見られたからには生かしちゃおけねェ」
その男は5メートルほど先に立っており、フードを目深に被り顔は見えないが一目でわかる賊のような風貌をしていた。迂闊だった。ここは私がもといた世界とは違うんだ。いくら夜でもまさか町中で殺されるなんて思いもしなかった。
「あ、あ、」
私は焦って声が出なかった。とにかく逃げないといけないと思い震える膝で一歩後ずさると賊も一歩踏み出した。
「ふん、逃げられねェ。ムダな抵抗しないほうがいいぜェ」
相手は本物の賊だ。確かに逃げられそうにない。その時手が腰に刺していたダガーにあたった。私はとっさにダガーを手に取り両手で持ち相手に向けて構えた。
「なんだ?持ち方が全然なってないぜェ、しかしただの得物じゃなさそうだなァ」
私は震えながら立ち尽くした。賊が一歩ずつゆっくり歩み寄ってくるのがスローモーションに感じられてついに目の前まで来た。
「俺は今日は気分がいい。おめぇついてるな。何もしねぇからそのダガーを置いて立ち去れ」
フードの中の顔を覗き込むと、見開いた目に凶悪な人相でとても直視できなかった。その両手には私のダガーより一回り大きな短剣が握られていた。
「おい、聞いてんのか」
もはや絶対絶命でガタガタ震えることしかできなかった。その時盗賊の遥か後方から声がした。
「そこまでにしておけ、私が相手になろう」
声の先に目を向けるとそこに現れたのは一人の騎士だった。白銀の鎧に身を包み右手に盾、左手に剣を構え悠然と立っていた。(つよそう)
私がその騎士に目を向けるのと同時に盗賊は視界から消えていた。そして次の瞬間には騎士に向かって斬りかかっていた。盗賊の2本の短剣を騎士が盾と剣で受け止めていた。辺りに金属音が響き渡る、そこから時間にして5秒ほど複数の火花を散らしながら2人の男は剣を交え、そして盗賊のほうが一足飛びで民家の屋根に乗り移った。騎士に向けて声を荒げる。辺りがザワザワしつつ通りの向こうから兵士たちが集まってきたようだった。
「へぇ、やるじゃねぇかァ。王宮騎士団か、今日ところは見逃してやるよ」
盗賊は私を一瞥すると、また騎士の方に目をやり暗闇に消えていった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
安堵した瞬間自分の声がすごく大きく聞こえた。心臓もまだバクバクしている。騎士が剣を仕舞いながら私に歩み寄り口を開いた。
「怪我はないか。危ないところだったね」
その凛々しい顔立ちに私の心は吸い込まれそうになった。(恋のフラグがとうとうきた)
整った甘いマスクに赤髪の長髪を後ろで束ねた長身の騎士は名前をセイレン・ヴァルタースハウゼンと言い王宮騎士団の所属だと言っていた。
私は盗賊に襲われた恐怖心がまだ消えなかったが、彼の言葉に耳を傾けてなんとか自己紹介をしていた。彼の声はとても落ち着く低くいい声だった。
「怪我がなくて何よりだ。本来平和な町なのだが夜間は我々の目の行き届かない所で悪事を働く者もいるようだ。どうかお気をつけください。家まで送ろう」
私が鍛冶屋の名前を言うとセイレンは驚いていた。
「え、ハワードのところに?えっとハワードとはどうゆう関係?結婚したって話は聞いてないかったんだけど」
私は顔を赤らめ全力で否定した。
「ち、違います!居候です。弟子みたいなものです。ハワードさんをご存知なんですか」
「ハワードの弟子か、あいつとは旧友で腐れ縁みたいなもんでね」
「私は少し前にこの国に来ました。その時にハワードさんに助けてもらって今は鍛冶を教えてもらってます。」
目の前の素敵な騎士様とは、本当は令嬢として出会いたかった。王宮騎士団と言っていたが鍛冶屋の娘みたいなポジションだと釣り合わないだろう。しかし出会えただけでも相当な幸運だ、運が良くなるってことが本当に起こってるということなんだろうか。互いの自己紹介をしながら帰路についた。賊が落としていったお金は無事持ち主に還るようだ。
家に着くなりハワードさんが心配そうに飛んできて少し嬉しかった。
「スミレ無事だったか、遅いから心配したんだぞ。後ろにいるのはセイレンじゃないか」
「賊に襲われてるところを助けたんだ、間一髪だったよ。しかしハワード、久しぶりだね」
「賊はやったのか?」
「いや、逃げられた、グラディウスの二刀流、見たことのない剣術だ、圧倒されたよ」
え、私には圧倒されてたようには見えなかったがどうやら向こうも相当な使い手だったらしい。
「騎士団長のお前を圧倒するとはどんなやつなんだよ」
「セイレンさんって騎士団長なんですか?」
「そう、こいつはこの国の守護神ってところだな。」
「ところでハワード、俺のファルシオンを見てくれ。こいつをどう思う?」
「ボロボロじゃねえか、どうしたんだよいったい」
「オートガードで防ぎきれずに剣でも受けたんだがボロボロにされたよ。代わりの剣を譲ってくれないか」
セイレンさんはガーディアンタイプの騎士らしい、騎士というと両手剣をガンガン振り回すイメージだったがイメージとは違ったみたいだ。
欠けたファルシオンの代わりに新しい剣を受け取ったセイレンさんは王宮に帰っていった。
私はクタクタだったのでその日は食事も取らずにベッドに入り、彼のいる王宮がどんなところなのか思いを馳せながらようやく眠りについた。