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冴えない僕が料理人になって成り上がったった  作者: 御節 数の子
第2章 悪魔のリンゴの味
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第2章 悪魔のリンゴの味 ②

テンコに続いてキヅカは森の中を歩いていった。旅慣れているのか、テンコは道のない森の中を、草木をかき分け、時には倒木を乗り越えながらすいすいと進む。キヅカも遅れることなく続いた。テンコの案内のおかげか、思ったよりも早く河原に出た。そのすぐ近くには目当てのエビルプルッアなる実がなっている木が見えた。


「普通はこれを食べる」


テンコは木から落ちて転がっているエビルプルッアを拾った。キヅカはそれをテンコから受け取り、河できれいに洗ってから虫食いなどがないことを確認し、口に入れた。


「すっぱっ!!」


キヅカは思わず口に入れた実を吐き出した。口の中の入った果汁はキヅカの想像のはるか先の酸っぱさだった。キヅカが食べた実はもっと甘みが強く、酸味は程よくアクセントになる程度だったが、今食べた実はその逆だった。酸味が強く、甘みがアクセントになる程度だ。


「エビルプルッアは食べるのに向いていない」


テンコがあきれた様子でキヅカを見た。キヅカは恐る恐るもう一口、今度はほんの一口だけかじる。酸味がかなり強いが、食べれないほどではない。先ほどは想像とまったく違う味なので吐き出してしまったが、そういうものだと思えば食べれそうだ。だが、たしかに食べたいとは思えない。


「でも、僕が食べた実はもっとうまかったんだよなあ」


キヅカはエビルプルッアの実を見上げた。その時、ふとキヅカが食べたときとの違いを思いついた。先ほど、テンコは落ちている実をキヅカに渡した。だが、キヅカが食べたのは落ちている実ではない。木になっている実をそのままもぎって口にしたのだ。エビルプルッアは2mほどの高さ以上になっている。この味の実を、わざわざ木に登って取る人はいるのだろうか。


「テンコさん、あのなってる実をとることってできますか?」


「できるけど・・・」


「できれば取ってほしい。それではっきりすると思う」


テンコは不思議そうにキヅカを見ながら、木を登り始めた。実のなっている枝までは足を引っかけるような場所も少ないが、テンコは器用に木を登っていく。慎重に枝を伝い、腰に付けた短剣を起用に使ってエビルプルッアを切り落とした。キヅカは木の下で見事にキャッチした。その瞬間、周りの実から目と口が開いた。そしてテンコに向かって噛みつこうとしてくる。テンコは枝から手を放し、スッとキヅカの横に降りた。


キヅカはエビルプルッアの正体とテンコの身のこなしに呆気にとられた。


「で、それをどうするの?」


テンコは何事もなかったかのように髪をかき上げ、キヅカに声をかける。


キヅカは我に返り、河でエビルプルッアを洗う。よくよく見れば切れ目が2つ、うっすらとある。すでに開かれることはないだろうが、先ほど見た眼と口だろうと思うと、やや気後れする。しかしそれ以上に甘い香りは魅力的だ。


キヅカは切れ目のあるところと反対側をかじりつく。先ほどとは違ってジューシーな果汁が口の中に広がり、甘みと酸味が一体となって喉を通っていく。


木から降りたテンコが不思議そうにキヅカの様子を見ていた。


「食べかけで悪いけど」


キヅカが差し出すと、テンコは恐る恐るエビルプルッアにかじりつく。その直後、疑心暗鬼だった眼が驚きの眼に代わり、気づいたらテンコの手の中には種だけが残されていた。


「おいしい」


「でしょ?」


キヅカは先ほどとまったく違う表情を見せたテンコにどぎまぎし、思わず目線をそらした。


その視線の先の草木がガサゴソと揺れた。風がなびいた、にしては限局的なその音に、木塚はデジャビュを感じた。


その直後、現れたのは1か月前と同じ、シベリアンハスキーのような犬、いや、シルバールウフだった。キヅカの身体に緊張が走り、テンコがいつでも短剣を抜けるように身構えた。


だが、シルバールウフの様子は1か月前とは大きく異なっていた。その身体はやせ細り、歯を出してうなってはいるが迫力がない。そして何より、右眼がつぶれていた。


あの時のやつか!


1か月前、この世界に転生したキヅカが最初に出会った生き物がこいつだった。その時はわけもわからず足元の小石を拾って投げたのだが、その時に偶然、シルバールウフの1体の右眼に当たり、そのまま逃げていったのだった。おそらく、今、目の前にいるのはそいつだろう。


「待って、テンコさん」


キヅカはシルバールウフと対峙しているテンコに声をかけた。


「そいつは放っておいても大丈夫」


「どうして」


「よく見て。右眼がつぶれてる。たぶん、遠近感がわからなくて餌が取れないんだ。見てて」


そういうとキヅカは背中に背負ったリュックから自ら仕込んだ干し肉をシルバールウフに放り投げた。シルバールウフはそれに噛みつこうとして、見事に失敗し、顔に当たった。


「ほらね?」


落ちた干し肉のにおいをかぎ、警戒するシルバールウフを尻目に、キヅカは得意げに言った。


「餌が取れないから群れから追い出されたんじゃないかな。ここでやっつけることは簡単だし、結果は変わりないと思うけど、あんまり無益な殺生はしたくない」


キヅカの言葉を聞いて、テンコは短剣をしまった。シルバールウフは危険がないと判断したのか、はたまた空腹に耐えかねたのか、干し肉をガジガジかじっている。


キヅカとテンコはシルバールウフが干し肉に夢中になっているうちに、そっと立ち去ろうとした。しかし、シルバールウフは立ち去ろうとしている2人に気づき、近寄ってきた。テンコは再度短剣に手をかけたが、どうもシルバールウフの様子は違っていた。体力は落ちている印象ではあったが、敵意をむき出しにしていた先ほどと異なり、やや媚びるような態度をしている。


「さすがにもうないで。生き延びるなら自分でなんとかしてくれ」


そういってキヅカはその場を立ち去ろうとするが、シルバールウフは必死について来ようとしていた。


「困ったなあ」


「あなたをリーダーとして認めた?」


テンコがぼそっとつぶやく。


「そんなこと、ある?」


あきれるキヅカをよそに、シルバールウフは頭を下げ、伏せの姿勢をとる。完全にキヅカの下につく、という意思表示だ。


「おいおい・・・」


「餌付け・・・」


「かんべんしてくれや」


キヅカは心底困った。


「こいつ、ついてきたとして街で飼える?」


「たぶん無理」


「そうだよなあ」


キヅカはしゃがんでシルバールウフと目線を合わせた。


「そういうわけや。お前も大変やろうけど、なんとか生き延びてくれな?」


そういって、2人は急いで河原を離れた。シルバールウフがついてくる様子もなく、安心して帰り道を急いだ。本当は河原にいたエビルプルッアを少し持ち帰る予定だったのでテンコの案内で寄り道をし、エビルプルッアを狩った。その途中でも虫を捕食するために一つ目と牙の生えた口を見てしまい、エキヅカはやや嫌な気持ちになった。


少し遅れたが、店の準備が始まる前に2人は街に帰ってこれた。


「お、帰ったか。で?エビルプルッアはどうだった?すっぱくて食えないだろう?」


街の門番であるエイモンドが2人に声をかけた。


「いえ、やはり非常においしい実でした」


キヅカは胸を張った。テンコは隣でコクコクうなずいている。


「ほう?それならまた新たなメニューができるってわけか。それは楽しみだ。だが今はちょうど、店の仕込みの時間だ。さっさと着替えてジョナンドを手伝ってやりな」


「そうします」


そういって、キヅカとテンコは街の門をくぐった。その姿をじっと見つめるものがいるとは、つゆとも知らなかった。


キヅカが着替えてジョナンドの店に入ると、テンコはすでに服を着替え、開店準備として机といすを並べ始めていた。


「すいません、遅れました」


「いいってことよ。それよりもエビルプルッアの料理、楽しみにしてるぞ」


店の奥の厨房にいるジョナンドに声をかけると、キヅカが遅れたことを気にするどころか、楽しそうなジョナンドの返事が返ってきた。


店はいつも通り繁盛し、そして閉店の時間となった。朝以外はいつも通りの日常が終わった。エビルプルッアに関しては明日、試作品を作ることにして、各々の家に帰った。

誤字脱字などの指摘、ご意見・ご感想、料理に関するリクエスト等あればぜひともコメント欄にコメントをお願いします。


なお、リクエストに沿えるかどうかは保証しかねますのでご了承ください。


ちょっとでも評価していただければ、筆者が喜びます。

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