第2章 悪魔のリンゴの味 ①
第2章開幕です。早くもデザート編です。
30回ほど日が昇り、また日が落ちた。つまり、この世界にキヅカが降り立ってから、約1ヶ月が経過したことになる。この世界では1週間という概念はないが、1ヶ月という概念はある。
キヅカと「フービ・ジョナ」のオーナーシェフであるジョナンドの開発したモンレターバステーキの売れ行きは想像以上であった。発売直後に比べると多少、客足は落ち着いたものの、発売前とは比べ物にならない繁盛っぷりだ。
店の繁盛とは裏腹に、キヅカ自身の生活は少し落ち着いてきた。7日間ほどたって視察に来たフラン町長はモンレターバステーキを食したのち、この開発にキヅカが一役買っていることを聞いて非常に驚いた様子で、キヅカを町民として認めてくれた。ジョナンドとも正式に契約書を交わして給料ももらうことになった。キヅカは小金貨と大銀貨1枚ずつで契約してくれた。このときは金銭感覚がわからず、特にリアクションはしなかったが、一般的な給料が1か月で小金貨1枚程度と知り、ジョナンドには少し申し訳ない気持ちになった。
この1ヶ月でキヅカが気づいたことがあった。それは客層の変化である。キヅカが最初に「フービ・ジョナ」を訪れたときには傭兵と思われるむさ苦しい男が多かったが、今は商人や女性客の姿を多く見かけるようになった。特に昼の営業ではそれをより感じる。塊肉は質はともかく、量は多く、手間も少なく安い。このことから男性客、特に身体を資本とする傭兵には人気だったが、どうしても客が固定化される。それに安いといっても毎日同じ客がくるわけではない。
しかし、モンレターバステーキは量の調節ができること、脂分が多いがモンレの酸味が効いていて比較的食べやすいことから、女性や商人でも気軽に店で食べれるようになったようだ。最近ではわざわざサロハに1泊してでもこの店に立ち寄る商隊もいるようだ。
そうなってくると今度はデザートメニューも開発したくなる。そして、デザートに関して、キヅカは一つ心当たりがあった。
「ジョナンドさん。デザートメニューを作りませんか」
昼の喧騒がひと段落したころ、キヅカはジョナンドに声をかけた。
「でざーと?なんだそれは」
どうもこの世界ではすべてが丸ごと煮るなり焼くなりしている料理方法もそうだが、前世界での概念というのはほとんどないみたいだ。
「食事の最後に食べる、甘いもののことです。ちょうど、昼下がりのこの時間に食べるおやつとしても役立ちます」
「ふむ。食事の後やこの時間に食べるのはフルーツと決まっているのだが・・・それをどう料理して客に出すのか。キヅカはまた面白いことをいう。だが、このステーキは大成功だった。話を聞こうじゃないか」
ジョナンドはデザートについてよくわからないといった表情だが、話は聞いてくれるようだ。気が付けばテンコもジョナンドの隣いいて、興味津々の様子だ。
「この近くの森を歩いていた時なんですけど、赤いつやつやの果物がありました。それを使うんです」
キヅカはこの街に来る途中、空腹に耐えかねて食べた、知恵の実とも言われるリンゴを思い出していた。前世界のものよりも甘さが際立ち、空腹も紛れた。しかし、ジョナンドの返事は予想が覆るものだった。
「却下だ」
ジョナンドはまだ材料の一つしか言っていないのに、すぐさま否定した。突然のことにキヅカは驚いた。
「キヅカが言っているのはおそらくエビルプルッアだ。果物のふりをした魔物だぞ。しかも、そこまでうまくないという噂だぞ」
「魔物・・・?」
「そうだ。甘い香りで虫や動物を引き寄せ、近づいたところをがぶりと食うんだ。さすがに大きさはそこまで大きくないから、かまれても死ぬことはないが、毒を持っていてかまれた箇所は3日3晩腫れ続け、高熱にうなされる。旅をする上で気を付けるべき魔物の筆頭だ」
「そうなんですか。甘くておいしかったのに」
今度はジョナンドが驚いた。
「は?甘い?」
「ええ。この街に来る途中で。あまりに空腹だったのでつい」
「どうやったんだ?あれは近づいて取ろうにも高いところにあるし、そもそも近づいたら正体を現すだろう?その状態で倒して食っても、そこまでうまくないらしいぞ」
「そうですか?それなら僕の食べたやつとは違うんかなぁ」
もしかしたらこの世界の住人とキヅカでは若干の味覚の差はあるのかもしれない。魔物ということを差し引けば、キヅカにとってはこれまで食べたことがないほど甘みの強いリンゴだった。
「キヅカも疲れてたんだろう。飯の一番の調味料は空腹だっていうしな。まあ、エビルプルッアなんて食うもの好きはそうそういねえよ」
「あれは、非常食。あんまりおいしくない」
普段、あまりしゃべらないテンコもジョナンドに同意する。
キヅカはこれ以上、その話題をすることなく、一日を終えた。
次の日の朝。キヅカは夜明けを待たずに目を覚ました。服を着替え、軽く準備運動をする。前借した給料で買ったリュックを背負い、1か月前にキヅカが通った門へ向かった。キヅカはあの果物の味が決してまずいわけではない、ということをどうしても証明したかった。
「この時間にどこに行くのかと思ったら、キヅカか」
門をくぐろうとすると、見張りをしていたエイモンドに止められた。彼はキヅカがこの世界で出会った最初の人であり、モンレステーキの最初の客でもある。
「ちょっと果物を獲りに。店にはいつも通り行けると思います」
「ふむ。だが、この時間に一人で外に出るのはいただけないな。いつ、魔物に襲われるかわからん。みすみす、この街の人間を危険にさらすわけにもいかん」
エイモンドは門番としてキヅカの外出を止めてきた。当然のことであるが、キヅカはどうしてもあきらめきれない。それくらい、エビルプルッアの味は強烈だった。
「そこを何とか」
「そういわれてもなあ。それに、果物ってなんだ?」
「あかい、つやつやしたやつです。森の中で食べたんですけど、めちゃくちゃ甘くてうまかったんですよ。ジョナンドさんに言ってもなかなか理解してもらえなくて。それなら実際にとってこようかと」
「それってエビルプルッアじゃないのか?あんなもの、そんなにうまくないじゃないか。そんなもんのためにここは通せんな」
エイモンドもジョナンドと同じ意見らしい。
もう、全力で逃げてしまうか。
重力が低いこの世界では、キヅカは通常の2-3倍近いスピードで走ることができる。エイモンドが一般市民よりも体力があったとしても、さすがにキヅカについてくることは来ることはできないだろう。
そう思って走り出そうとしたキヅカに、あらぬ方向から援護が来た。
「私と一緒なら、いい?」
そこにはショートカットの女性が立っていた。見慣れない服装であったため、一瞬誰かわからなかったが、よく見るとこの1ヶ月、毎日顔を合わしていることに気づいた。キヅカが毎日顔を合わせる女性は、1人しかいない。
「テンコさん!?どうしてここに?」
「朝起きて窓の外を見たら、キヅカが門のほうに行くのが見えた。珍しかったから後をつけた。そんなにエビルプルッアにこだわるなら、私も食べてみたい」
キヅカを擁護してくれたことはうれしいが、テンコがついてきたところでエイモンドが外に出る許可を出すとは思えなかった。だからキヅカは再び逃げ出す準備をしたが、エイモンドは予想に反した反応を見せた。
「お前が一緒なら、まあ安全か。よし。ジョナンドの耳には入れておく。ただし、開店準備前には帰ってこいよ。ジョナンドの店はもはやこの街の名物と言っても過言じゃないからな」
そういうとエイモンドはあっさりと街の外へと続く道を開けた。その変わり身の早さに、キヅカは呆気にとられた。
「どうしたの?」
「う、うん」
テンコに促され、キヅカは街の外に出た。街の外に出るのは1か月ぶりだ。エビルプルッアなる果物もとい魔物を探すことになるが、道はやや不安だ。
「エビルプルッアの生息地域は知ってる?」
テンコはキヅカが不安に思っていることを的確についてくる。そういえばモンレターバステーキの試作品を作っているときも、モンレとターバの配合など、キヅカが妥協してもいいか、というところで必ずテンコが指摘していた。
「えっと・・・森の中を流れる川沿いだったんだけど・・・」
しどろもどろになりながらキヅカが応えた。テンコは小さくうなずくと、キヅカの前に立った。
「こっち」
そういって彼女は歩き出した。案内をしてくれるようだ。キヅカは彼女の後ろを歩きながら、普段とは違う彼女を観察した。
ショートカットにそろえられた栗色の髪はいつも通りだが、服装はいつものメイド服のようなワンピースではなく、濃い紺色の長袖のシャツとズボンだ。比較的体に密着し、テンコのスレンダーな体つきが見て取れる。ポケットが多く、機能性に優れてそうな一方、おしゃれな感じは少なく、右腰にリボンがついているくらいか。しかし、シックなデザインとはあっておらず、むしろ浮いている印象もある。腰には短い剣を武器として携えていた。
十分に彼女を観察していると、急に彼女が立ち止まった。
「ここから左に進めんで森の奥に行けば川が流れている」
どうやら、ここで街道を離れるらしい。確かに森の入り口が見える。街道は2人がいる先で森を迂回するように右にカーブしていた。
「あと・・・」
「ん?」
「あまりじろじろ見ないでほしい・・・」
少し恥ずかしそうにテンコが言った。
「ご、ごめん」
テンコを観察していたことがバレた気恥ずかしさでキヅカも顔に血が上った。
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