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冴えない僕が料理人になって成り上がったった  作者: 御節 数の子
第1章 素敵なステーキの味
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第1章 素敵なステーキの味 ④

翌日、ジョナンドの店にジョナンドとエイモンド、それに店員の女性が集まった。キヅカによるステーキ講座のためだ。キヅカと同年代に見える店員の名前はテンコというらしい。偽名っぽい名前も含めて非常に謎の多そうだ。キヅカはテンコのことは深入りせず、本題に入った。


「まず、この肉の特徴を知る必要があります」


「特徴?」


「ええ。この肉は赤身肉です。それも脂身がほとんどない。純粋な肉のうまみを味わえる一方、火を入れても比較的硬いのが特徴です」


「肉のうまみ・・・」


「なので、何らかの方法で柔らかくしつつ、脂分を足してあげる必要があります」


「ふむふむ」


3人、特にジョナンドは真剣だ。


「一つ目の課題ですが、僕の知ってる限り、ルービには肉を柔らかくする効果があります」


もっとも、それは前世界での話であり、この世界ではどうなるかはわからなかった。味から想像する作り方を考えるとできると思ったが、実際にうまくいく保証はなく、ほぼぶっつけ本番に近い。分のある賭けだったとは言え、うまくいってよかったとキヅカは思った。


「どのくらいつけておけばいいんだ?」


ジョナンドが難問を問うてきた。


「正直なところ、ベストな時間はわかりません。ですので、何度も試すしかないかと」


キヅカも専門家ではない。詳しい時間は試行錯誤していくしかないだろう。


「次に焼き方の問題です。まず、大きいままだと中まで火が通らず、生の部分が大量に出てきます。その状態では非常に食べにくいので、3㎝幅に切りました。もともと大きい肉ですから十分に食べ応えはあると思います」


「俺は物足りんぞ」


黙って聞いていたエドモンドが茶々を入れる。


「まあ、足りない人用に複数枚一気に提供するか、追加注文してもらうのが現実的ですかね。そして焼き方ですが、中火から弱火で片面ずつ焼きます。ここからが大事なんですが、1回で焼ききるよりも数回に分けたほうがおいしく仕上がります」


「そういえば、昨日も焼いた直後じゃなくてちょっとだけ皿の上においていたな」


「なんで肉を置いておく必要があるんだ?」


「肉汁を閉じ込めるためです」


「確かに、昨日の肉はいつもと違ってじゅわっとした汁がでたな」


エドモンドが昨日に食べた肉の味を思い出しながら言った。よだれを垂らす勢いだ。


「ええ。焼いている間は肉汁は中央部分に集まります。すぐに切ってしまうとその肉汁が全部出てしまうので、全体にいきわたらせるために少し置きます。時間は20を数えるほどでいいでしょう。これを何回か繰り返すことが大事です」


「そうなると今のうちのように鉄板で客に出すことはやめたほうがいいと思うが、そうすると肉が冷めないかね」


「皿をお湯につけるとかで温めておけば問題がありません」


「なるほど、確かにそうだな。肉の焼き方は強火じゃなくていいのか」


「おそらく、ジョナンドさんがいつもやっている焼き方ですね。正直、あれだと肉のうまみを生かしきません。特にこの店の肉は分厚く、火が通りにくい。強火で表面だけ焼いても外は水分がとんでぱさぱさ、中は火が通らずに生というアンバランスな肉になります。質より量、という人にはいいかもしれませんが、僕にとっては正直、食べきるのはきつい食事でした」


ジョナンドは素人のキヅカに指摘され、少し肩を落とした。しかし、あのステーキを食べた後なら、彼の言うことにも納得させられる。


「なるほど、俺のやり方は完全に間違っていたのだな」


「気にするな、ジョナンド。ここの肉はいつだってうまい」


「いや、あのステーキとやらを食べた後ならよくわかる。この国では肉と言えばどでかい肉を焼いただけのものだと思っている連中が多いし、俺もその一人だった、というわけだな」


「この店の肉はうまいですよ。うまいからこそ、あれだけの量を食べれるのです」


キヅカがお世辞抜きに言った。明らかに胃のキャパシティーを越えた量の肉を食べれたのは、空腹もさることながら、この店の肉がいいからに他ならない。下処理している様子もなく、それでも臭みが一切ない肉の質は、赤身肉の中でトップクラスだろう。


「ところで、俺の店の肉がうまくなるなら、それは喜ばしいことだが、俺に教えていいのか?お前さん自身は店をやる気はないのか?これだけうまい料理を作れるのだ。俺に黙ってこのステーキを売ればもうかるんじゃないか」


「それはちょっと思いましたが、僕は放浪の身。資本もありませんし、さすがに町長さんも貸してくれるわけもないでしょう。なにより、僕には経営のノウハウもありませんし、料理に関しては素人です。なので、何とかジョナンドさんのところで働かせてもらえないかと」


キヅカの本心はそこだ。なんとかこの街で生きるすべを見出せなければ、また街の外に追い出される。一昨日こそうまく魔物を撃退できたが、今後も同じことができるとは限らない。転生物でありがちなチート能力もなく、運動能力も高くないキヅカが現時点で見つけたこの世界の弱点。料理で自分の価値を示す。それしか考えていなかった。


だが、一方で不安もある。町長お墨付きのエドモンドからの紹介であるキヅカを無下に扱うことはしないだろうと思っていたが、ジョナンドがアイディアだけをキヅカから奪う可能性もなくはない。この世界のおきてがどうなっているかわからないのだから。


「料理に関して素人、とは謙遜も過ぎると思うが、俺はもちろん、キヅカにこの店を手伝ってもらうのは大賛成さ」


ジョナンドはキヅカの心配をよそに、満面の笑みで手を差し出す。キヅカは差し出された手をがっちりと掴んだ。


「おおきに」


関西人特有の感謝の気持ちを表しつつ、キヅカはとりあえず生活の基盤ができそうなことに胸をなでおろした。


それから1週間は非常に忙しい毎日だった。通常通りに店を開きながら、一方で新商品であるモンレターバステーキの改良も進めなければいけない。ステーキのカット幅は約指2本分、すなわち3-4㎝と決まったが、そこからは肉の火入れの方法、ルービに浸す時間、そしてターバとモンレの配合。やることは山ほどあったが、それでも楽しい日々であった。味見は主にエイモンドとテンコがやってくれた。


テンコは栗色の短い髪を持つ女性だ。キヅカと同年代と思われるが、女性に年齢を聞く勇気はキヅカにはなかった。そうでなくてもあまり表情も口数も多くなく、積極的に話しかけづらい雰囲気があった。


そのテンコだが、「うまいうまい」と食い散らかすエイモンドと異なり、非常にグルメの舌を持っていた。様々な試作品を食べては的確に不足しているところを指摘していく。それでいてエイモンド並みの、あるいはそれ以上の胃袋をもっており、塊肉1個分の試作品を平らげたときは、さすがのエイモンドも驚いた表情をしていた。


ステーキの試作品を作る傍ら、キヅカは付け合わせの開発に取り組んでいた。比較的さっぱりとしたステーキソースだが、それでも味が均一だとどうしても食べている途中で飽きがきてしまう。それにステーキと言えばサラダかマッシュポテトやニンジンがついてくるのが、少なくとも前の世界では定番だ。


朝は試作品、昼と夜は店の手伝い、そして空いた時間に付け合わせの開発。多忙な日々であったが、前世界とは違った充実感も生まれていた。


1週間後、目の前にはきらきらと輝くようなステーキが完成していた。焼き方に関しては店主であるジョナンドが数日で完璧に仕上げたのを見ると、やはり彼に肉を焼くセンスがあることを確信させた。同時に、塊肉の焼き加減も上達し、客からはさらに評判が上がっている。モンレバターに関しては日持ちもするため、ある程度作り置きが可能だ。肉はあらかじめ切り分け、筋を切っておき、ルービに浸す。浸す時間は開店準備が始まってから開店するまでの間で十分に間に合うことが分かった。


キヅカが開発していた付け合わせだが、結局ジャガイモに似たガジャイモを使ったマッシュポテトとレタスに似たタレスという野菜に決まった。値段も比較的安価であり、作り置きも可能だ。マッシュポテトに関しては従来の塊肉にもつけることとなった。


値段は塊肉より割高となるが、その分、手間がかかっているのでその分だ。まとめて注文すればその割高感も抑えられるように設定した。


開発・販売をするにあたり、作り置きは非常に重要な工程だが、ジョナンドの店に氷が大量に入った冷蔵室があるからこそできるわざだ。そもそもがかなり高価な代物で、一定期間で氷の搬入と魔力のこもった石を購入するなど、維持費も高い。一般家庭にはまず見られず、市場全体や複数の店や家庭で共用することが多いという。


これを知ったとき、キヅカは純粋に驚き、それを維持できているジョナンドに改めて尊敬の念を感じた。


「いよいよだな」


ジョナンドは緊張の面持ちで言った。開店から約10年。初めての新メニューという。キヅカはジョナンド以上に緊張していた。十分に努力はしたつもりだが、いかんせん、お金を取って人に食事を提供するのは初めてだ。一方、テンコは普段通りに見えるが、その表情からは何を考えているかははっきりとわからない。わかっているのは食事に対する執着心だけだ。


ジョナンドが店の看板を表に出す。看板には「新商品・モンレターバステーキ」と書かれている。しかし、その看板をアピールするまでもなく、店の前には長蛇の列ができていた。遠くではエイモンドが親指を立てている。どうやら彼が街の人に知らせたらしい。


開店直後から店は大忙しであった。モンレステーキは塊肉と違って1枚が比較的小さく(それでもキヅカからすると十分に大きいが)、食べるまでの時間が短い。なので自然と焼く回数と運ぶ回数が増える。ジョナンドが焼いた肉をキヅカとテンコが運ぶ。


普段なら比較的客足が落ち着く昼過ぎから夕方になっても客足は途絶えることなく、そのまま夜になり、そして閉店の時間となった。初日の売り上げは開店以来過去最高額をたたき出していたが、それを喜ぶ元気は3人に残っていなかった。


新メニューは大成功だった。

第1章終わり、次はデザートです。


誤字脱字などの指摘、ご意見・ご感想、料理に関するリクエスト等あればぜひともコメント欄にコメントをお願いします。


なお、リクエストに沿えるかどうかは保証しかねますのでご了承ください。


ちょっとでも評価していただければ、筆者が喜びます。

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