第1章 素敵なステーキの味 ③
一部、大幅に変更している部位があります。
翌朝、日差しが窓の中から入ってくる頃にキヅカは自然と目が覚めた。宿の女将に濡れた布をもらうと部屋に帰って身体を拭いた。風呂に浸かる習慣のある日本人としては物足りないが、少しさっぱりとした感じはあった。
布を女将に返すと、そのまま食堂に案内され、朝食となった。ジャガイモに似た芋と豆の煮物とパンのようなもの。ようなもの、というのは名前がわからないからではない。パンとして出されたのだろうが、どちらかというとクッキーのような食感であった。ただ、甘さはなく、ビールの香りがした。発酵にビールを使ってるようだ。名前を聞くと、パッキーというらしい。
そのまんまやな、と思いながら朝食を食べ終えた頃、エドモンドが宿の食堂に入ってきた。
「おう!キヅカ、飯は食い終わったか?今日はパトロールがてら、この街の案内でもしようかと思ってな」
エドモンドの提案にありがたく便乗し、今いる街を案内してもらった。おかげでキヅカにもこの世界の仕組みがわかってきた。といっても、概ね、キヅカが元にいた世界で読んでいたファンタジーとは大差ない。
まず、この国の名前はサロヒ国というらしい。概ね平和だが、やはり治安の悪い街も存在するのだとか。今、キヅカのいるノルプスクエはちょうど国境までの真ん中に位置し、交通の要所になっている。
この世界で使われる貨幣は主に6種類でそれぞれ大小の銅貨・銀貨・金貨だ。それぞれ大体1円、10円、100円、1000円、5000円、10000円くらいの感覚のようだ。全体的に物価は安い印象だが、一部では大きく異なる。その主な原因は交通の便だ。平野部に位置するこの街では肉や野菜は比較的安価で手に入るが、やはり魚や塩・胡椒などの香辛料は馬車での移動となり、また日数もかかることから経費もかかり、どうしても値段が上がる。
給料面で最もいいのが騎士や傭兵である。騎士は完全な公務員で、訓練をしながら魔物対峙や戦争の際に活躍する。一方、傭兵の主な仕事は行商や乗合馬車の護衛である。こちらの雇い主は国ではなく、大きな商社や乗合馬車組合になる。ただ、小さい商社や個人ではなかなか雇えないため、国が傭兵を一括管理し、手の空いている他社の傭兵をあっせんすることになる。傭兵の活動記録は常に報告が必要で、この斡旋には必ず従う必要がある一方、借りる側もしっかりと報酬や待遇を整える必要がある。
いずれにしても命のかかる仕事であり、給料は一般職とは違って破格の値段らしい。身分も給料も保証される分、一度でも失態を侵すと信頼を取り戻すのに苦労をする、まさにギャンブル的職業だ。なお、フリーの傭兵もいるにはいるが数は少なく、大半は国から追放された傭兵だが、ごくまれに伝説級の強さを持つ傭兵もいるらしい。
「ま、こんなところかな。ほかに気になることはあるか」
「とりあえずはないですが、ところで、仮にこの街に住むとして、僕の仕事ってありますかね」
正直、この街は完成されているように思える。足りないところと言ってもない。唯一の欠点としては食事の味だ。
「うーん。キヅカがなにをできるかにもよるが、新たな商売は難しいだろうし、具体的には正直に言ってなかなか難しい」
「俺みたいな人はほかにいないんですか」
「俺が見たのは初めてだな。というか、魔物に襲われたあとに一人で街までは普通は来れない。大体は魔物か盗賊にやられちまう。運よくどこかの商隊に拾われても安月給でそのままこき使われるくらいか。お前さんはよっぽど運がよかったんだな」
「一人で野垂れ死ぬくらいなら、安月給でも働きたいですわ」
「それもそうかもしれん」
キヅカは話している内容の割に明るく振舞った。先ほどの台詞は正直なところではあるが、かといって慣れない世界で人の下でやりたくないことを続けることもしんどいだろう。死んだら死んだとき、なんなら一度死んでいるようなもん、という割り切りはできていた。
「ちなみに、少し気になったんですが、この国の料理を食べてみたいんですが、できますか」
「まあ、できると思うが、村の金だからって昼間から飲むのは感心しないぞ」
「いえいえ。そういうことではなくて、この国の食事事情を知りたいのです」
「ふむ。どのみち、3食は補償しているしな。多少であればいいだろう」
そういうと2人はいくつかの店を食べ歩いた。野菜がメインの店、魚がメインの店、そして果物がメインの店。様々な店を見廻ったが、概ね、この街の「料理屋」という概念は理解できたと思う。少なくとも「外食」をするのは傭兵が多く、傭兵の客層を考えるのであれば「質より量」ということになる。また、この世界のスパイスはそこそこ高級品であるため、一般家庭で特別な時に少量ずつ使用することはあっても、料理屋で取り扱うことは少ないのだとか。したがって、どこの店もいわゆる「デカ盛り店」のような店が多かった。そういう意味では確かに昨日に食べた肉の質は、量も質も兼ね備えた素晴らしい店であることも再確認した。
何件かの店を回った後、キヅカはジョナンドにいった。
「明日、昨日の店のシェフに会わせていただけませんか?僕ならあの肉をもっとうまく焼ける自信があります」
翌日、エイモンドは約束通り、キヅカとともに昨日の店を訪れた。営業前ではあったが、大柄だが短いひげを蓄えたかなりのイケメン店主とはエドモンドとは古くからの付き合いらしく、快く迎えてくれた。名前はジョナンドというらしい。
「キヅカとやら。俺の肉をもっとうまくしてくれるんだって?」
互いに挨拶を交わしたのち、ジョナンドが挑戦的な口調でキヅカに聞いた。
「この肉をもっとおいしく、もっと多くの人に食べてもらいたいと思いませんか」
キヅカは店主であるジョナンドに聞いた。
「昔からこのスタイルでやっていて、それなりに繁盛している自負がある。しかし、満足しているかというと実はそうでもない。新たな焼き方も研究したいんだが、不安もある」
やや不満を持って仕事をしているが、繁盛しているがゆえに、なかなか大きく変えることができないということか。これなら受けて入れてくれるかもしれない。
キヅカはざっと厨房を見渡した。仕込み中であるようで包丁やまな板が散見されるが、決して散らかってはいない。生ごみが散乱していることもない。包丁やまな板、それにかまどにしてもきっちり手入れされている。店が繁盛するのも納得である。
「少し、肉を分けていただけませんか。あと、なにか底の深い入れ物とルービも」
「うむ。これに関してはきちんと請求するからな」
「わかってる」
ジョナンドはエドモンドに念を押し、1人前の肉をまな板の上においた。脂身はないものの、赤々しいその身はまるでルビーのように輝いて見える。
いい肉だな、と思いながら、キヅカは包丁で3㎝程度にスライスしていった。それでもかなりの大きさになり、元の世界では「デカ盛り」として有名になるくらいの大きさだ。そんな大きさの肉が6-7枚切り分けられた。キヅカがよく食べきれたと思う。
「おいおい、そんなに薄くしたら食べ応えがないじゃないか」
エドモンドからクレームが入るが、とりあえずは無視。パッドに肉を並べ、そこにルービを注いでいく。おそらく発酵が足りないために薄味になっていると思われるが、発酵しているなら菌はいるだろう。それで肉を柔らかくするのだ。エドモンドが何か言いたげにしているが、これも無視する。
「これでしばらく時間をおいて下さい。またしばらくしたら来ます」
そういうとキヅカは店を出た。肉はめどは立っている。問題はソースだ。コショウがあれば話が速いのだが、スパイス系統はやや値段が高い。売るためにはある程度の値段に抑える必要がある。しかし、ステーキソースになるようなものを考える必要があった。
だが、キヅカには目星をつけた食材があった。先ほど市場を案内してもらった時に、レモンと思われる果実が売られているのを見つけた。そして牛がいるということはミルクがあり、ミルクがあるということはバターもあるはず。
キヅカの読み通りに売られていたバターとレモン(ターバとモンレというらしい)を購入し、ジョナンドの店に戻る。開店間際になって仕込みに忙しくなったジョナンドの邪魔にならないよう、端のほうでソースの準備をする。バターはすでに半分溶けかかっており、刻んだレモンの皮とレモン果汁を入れて混ぜて形を整えればレモンバターもとい、モンレターバの完成だ。出来上がったモンレターバを店の中にある冷蔵室で冷やす。
「どうだ?」
店の準備が整い、あとは時間を待つだけになったころ、ジョナンドが声をかけてきた。レモンバターも概ね固まったようであり、試食するには十分な頃合いだろう。
「火と皿をお借りしてもいいですか」
「ああ。もちろんだ」
かまどにはすでに火がくべられていた。どのように火をつけるのかは気になっていたが、簡単に言えば魔法だった。だが、魔法はあまり一般的ではないらしく、普通は売られている魔力を込めた石などを使う。石に魔力を込める職業を魔術師といい、かなりの国から重宝される存在のようだ。魔力を持ちながら街中で店を構えるジョナンドは非常に珍しい国民の一人だという。
キヅカも魔法が使えるかどうか聞かれたが、使えないと答えた。魔法が使えるとわかれば面倒ごとに巻き込まれそうであったのと、そもそも足元の石を焦がす程度の魔法を「使える」とは言えないだろうというのが理由であった。
「さて、まずは肉を焼きますが、片面は中火で、もう片面はやや弱火で焼きます」
塩を振って網の上に肉を乗せる。その時に直接火に当たるところよりもやや火から離れたところに肉を置く。本当はフライパンがあればベストなのだが、この店には鉄の板はないということだった。
「ある程度肉に火が通ったら皿に出します」
「お、完成か」
「まだです」
いい色に焼きあがった肉を見て、エドモンドが色めき立つが、キヅカは一蹴する。ジョナンドは興味津々のまなざしで肉を見ている。
「ステーキは少し休ませたほうがうまくなります。余熱で中まで火も入ります」
30秒ほど待ち、再度火にかける。それを数回繰り返したのち、冷蔵室から出したレモンバターを少量乗せる。
「どうぞ、召し上がれ」
ジョナンドとエドモンドの前にステーキを出す。ジョナンドはナイフで切りながら、エドモンドはそのままかぶりつく。その瞬間、2人の表情が変わった。
「やわらかい!」
「簡単にかみ切れるぞ!」
その言葉に、キヅカはうまくいったと胸をなでおろす。そして自分のステーキにもナイフを入れる。正直、満足がいくほど柔らかくなっているわけではなかったが、一般家庭では十分な柔らかさも持ったステーキ肉が完成していた。その出来栄えに安心をしながら口に運ぶ。昨日、口に入れたとき以上の赤身のうまみが口に広がった。
『うまい』
3人の言葉が重なった。レモンバターをつけて食べてみる。やっつけで作った割にはいい塩梅になっていた。肉自体にほとんど脂身がない分、バターの脂分がいい補完になっている。3人はあっという間にステーキを井の中に収めた。
「いや、うまかった。こんなにうまい肉を食べたのは初めてかもしれん。それもうちが出しているような肉で」
「正直、食い足りないという不満はあるが、味はうまかった」
「僕の料理は自己流ですから、ジョナンドさんの腕ならもっとうまい肉に代わりますよ。きっと」
キヅカは自分の料理の出来に満足しながら、一方ではジョナンドへのおべっかも忘れない。
「本当はこれからこの肉に関して語らいたいのだが、残念ながらもう店を開く時間だ。明日の朝、もう一度教えてくれんか」
「もちろん」
キヅカはにこりと笑って答えた。
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