第5章 昔を思い出す味 ②
<追記>
祝宴までたどり着けませんでした。それに伴って、章のタイトルを変更しています。
キヅカはジョナンドの突然の訪問に驚いた。店を休んでまで王都に来た、というジョナンドに対し、表向きは店の心配をしたが、心の奥では心底ほっとしてた。
この世界に飛ばされて1ヶ月半。自分の居場所を見つけ、ようやく慣れてきたころに今度は王都に向かった。自分とは縁のない「王宮」という場所、さらにはそこでの「祝宴」という大役を任された。そのときはあまり深く考えていなかったが、ハバネルにボーネルとアーネル夫婦が営む小さな店で食事をしたとき、改めて事の重大さを感じた。
店はこじんまりとしながら、一方で接客も行き届いていた。おそらく、2人で十分な接客ができる広さに抑えた、というほうが正しいだろう。そこで味わった料理もきめ細やかな心配りがされていた。それは料理を運んできてくれたアーネルがすべて応えてくれた。
同時にキヅカはその日の昼食にハバネルに出した料理を思い出していた。もちろん、手を抜いたつもりは一切ない。だが、街中にある小さなレストランで食べた食事と比べると「おままごと」であったことを否が応でも知らされた。
それと同時に「自分はシェフではない」という言い訳をしている自分に気が付いた。それはハバネルにも透けていたのだろう。だからこそ、ハバネルはあの店に連れて行ったのだ。規模こそ小さくても「おもてなし」の心を持つあの店に。
その日からキヅカは必死に考えた。料理のことはもちろん、料理を出す相手や接客など。特に厨房の協力は得られない。1人でどのようにするか。しかも、今回は巷では「食い詰め者が食べる者」として評判が低いエビルプルッアを使うのだ。口をつけてさえもらえればその良さはわかってもらえると思うが、最初からエビルプルッアだとバレてしまっては、絶対に口をつけてもらえないだろう。
徐々に高まる重圧と、徐々に迫った祝宴を前に、メニューが白紙である焦り。その極限に達し、逃げてしまいたいところに、ジョナンドが来てくれた。これほど安心したことはない。ジョナンドに食事に誘われ、その道中に今の不安をぶちまけてしまったが、少しだけ楽になった気がして、自然と涙が浮かんできた。もっとも、それをどこからか現れたテンコに見られたことは誤算だったが。
3人で食事をすることになり、向かった先はハバネルに連れられたようなかしこまったレストランではなく、まさに大衆食堂のようなところであった。中に入ると、様々な料理の乗った皿がカウンターに並んでおり、客が自らのトレイに皿を取って最後に料金を払うシステムのようだ。
そこに至って、キヅカはある重大なことを思い出した。
「そういえば僕、お金がないです」
もちろん、1ヶ月半もかけて溜めた給料と、さらには王都に来る直前にジョナンドからもらった餞別があったのだが、それは王都に着いた2日目にすべて使って市場にある野菜や魚の味を確かめるために買い込んでいた。その後は幸い、ハバネルの行為で屋敷で過ごしており、食事も出ていたので忘れていたが、そういう理由でキヅカには手持ちがほとんど残されていないのだった。
「お前・・・ふつうそんなことはできんぞ。ハバネルが泊めてくれなかったらどうするつもりだったんだ」
素直に打ち明けると、ジョナンドにはあきれられた。
「馬鹿」
テンコは、というと憐みの目でキヅカを見ながら、一言だけきっぱりといった。さすがのキヅカも少し落ち込んだ。
とりあえず、この店の支払いはジョナンドがすることになった。ちゃっかり、テンコの分まで支払うことになり、もともと大食いのテンコは所狭しと皿をトレイに乗せていた。ジョナンドはため息をつきながら支払い、その姿を見てキヅカはますます申し訳なくなった。
キヅカは、というとシチューだけを皿にのせて会計に向かおうとしたところ、ジョナンドに「もっと食え」と言われ、サラダとバーラーの乗った皿をトレイに乗せ、さらにテンコがフライや果物を乗せた。もっとも、テンコの場合はキヅカを慮ったわけではなく、自分の皿に乗らない分を乗せただけだと思うが。
とにかく、トレイいっぱいに乗った料理の会計を済ませて3人はテーブルに腰を掛けた。
キヅカは心の中で「いただきます」と手を合わせ、サラダを口に運んだ。オリーブオイルと似たような油と塩のみのドレッシングがシンプルだがうまい。野菜はみずみずしく、シャキシャキとした食感が楽しい。
続いてシチューに口をつける。具は様々な野菜が入っているが、その味は非常に薄い。
キヅカもこの国の料理の特徴がわかってきている。基本的な野菜や肉など、素材の質はいい。だが、味付けが薄い。特に煮込み料理に関してはほとんど味がしないともいえる。
「いつか、煮込み料理をしたいな」
そう呟きながらスープを口に運ぶ。薄い塩味を飲み込み、顔を上げた。目の前ではトレイいっぱいに並べた皿の料理を次から次へと片付け、口に運んでは次の皿を手にするテンコと、それに対してあきれながらゆっくり食べるようにたしなめるジョナンドがいた。
その様子を見てキヅカは自然と笑みが出た。
部活の合宿でカレーを作り、ルーの量で軽い口喧嘩をしていたのを思い出した。野球自体は嫌いではなかったが、試合に出て結果も出なかったこともあり、練習よりも裏方に回るほうが好きだった。特に料理を作ったあとの仲間の笑顔が好きだった。
ふと思い返せば、この世界に来てから料理で楽しんで作った記憶はなかった。自分で生きていくのに必死だった。だが、目の前の光景を見ると、その時の楽しい思い出がよみがえり、自然と笑顔になった。
「どうした?いきなり笑って。気持ち悪いぞ」
怪訝な顔でジョナンドはキヅカの顔を見た。テンコはちらりとキヅカを一瞥し、再び料理と対決する。
「あ、いや。食事って楽しいなって」
そういった時、周りの喧騒が耳に入ってきた。そして、その時、初めてこの店の様子が目に入ってきた。筋骨隆々な冒険者と思われる若い男性集団、夫婦と思われる老夫婦、若いカップルなど、様々な人たちが料理を囲んで笑いあっている。カウンターの向こうでは数人の料理人が鍋を振り、中年の女性が盛り付けと会計を行っている。
思い返してみると、フービ・ジョナで働いているときも、ほとんどのお客さんの顔も覚えていなければ、どれほどの活気があったのかも、正直思い出せない。もしかしたらこの世界に来て、初めて「周りを見る」ということができたのかもしれない。
「楽しい?」
テンコが初めて手を止めてつぶやいたので、キヅカは少し驚いた。
「うん。暖かい料理を囲んで、みんな笑って。その楽しい空間を作り出しているのが、料理なんだなって」
「そうだな。料理は楽しいもんだ。お前みたいに小難しい顔して考えるようなもんじゃない。気楽に考えればいいさ。な?テンコ」
ジョナンドは何故か隣のテンコに笑いかけた。テンコはその言葉を無視したが、口元はやや笑っているように見えた。
「さ、キヅカがそれを気付いたのなら問題ない。さっさと食って、宿に向かうぞ」
「さっきはゆっくり食べろと言ったのに」
テンコの顔は元の無愛想なものに戻っていたが、若干、柔らかさが見えた。キヅカはその表情には気づかず、「楽しく作れる料理は何か」を考えていた。
食事を終えた一行は、テンコがとったという宿に向かい、その一室に入った。その部屋はキヅカの部屋よりやや小さい程度の1人用の個室だった。そこに置かれたリュックには、山盛りのエビルプルッアが入っていた。リュックの紐を開けると、僅かに漂っていた甘い香りが部屋全体に広がった。
「さて、ご注文のエビルプルッアは持ってきたが、お前は本当にこれを使うのか?」
ジョナンドが半信半疑で聞いた。エビルプルッアのうまさはジョナンド自身も知るところであるが、しかし、「食い詰め者の食べ物」として知られるエビルプルッアを祝宴の席でだそうとは、あいつに追い出されても当然である。おそらく、自分が同じ立場でも同じことをするだろう。たとえ、その美味しさを知っていても。
「ええ」
そう言って、キヅカはルーツから聞いたシリウス姫の持っているキャラクターを説明した。おてんば姫というイメージがある彼女だが、それは姉を引き立たせるための作ったキャラクター。その本性は本が好きでお淑やかな姿であること。そして、それを知ってるのは数少ない人物のみであろうということ。
「それをエビルプルッアで表現しようというのか。今までとは違う姿であるということを」
ジョナンドは感心したようで、腕を組んで深く頷いた。テンコは話に飽きたのか満腹なのか、座りながら器用に船を漕いでいる。
「そうです。もっとも、個人的にはそんなことは二の次で、できればエビルプルッアの養殖というか、栽培をコントロールしてくれないかなーと。安定供給されれば、わざわざ取りに行く必要も減りますからね」
「なるほどな。個人的な思惑はともかく、いい考えかもしれん」
「でしょう?」
キヅカは自信満々に胸を張ったが、ジョナンドの意図はそこではなかった。
「実は俺もシリウス姫に関しては何度かお目にかかっている。騎士長の仕事柄、だが。その過程で噂はどうしても耳に入る。概ね、お前の話と一致するが、そんな姫が国益になるような話を持って帰ってみろ。おそらく、姫に対する評価が一変するぞ」
「なるほど。それはいいんですかね」
「いいことに決まってるさ。ルーツ様の株も上がり、国同士の結束力も強くなる。婚約者も鼻高いだろう。唯一の心配はほかの2兄弟だが、まぁ無難にやり過ごすだろうから問題はないだろう」
「ならいいんですけど」
キヅカは下を向いた。キヅカのエビルプルッア栽培の提案自体は「うまく量産できたらいいな」くらいの気持ちであったが、流石に外交問題に発展するとややこしい。さらに言えばお家騒動に巻き込まれかねない。非常に厄介だ。
「お前の心配は分からんでもない。ルーツ様にお願いしておこう」
キヅカの心を見透かすように、ジョナンドが言った。
「で、どんな料理を出すんだ?まず、食べてくれないことには話にならんだろう。まさか、いきなり名前を出すわけではあるまい」
「その辺りはこれから考えます」
ジョナンドと再会したときとは違い、キヅカは自信ありげに応えた。
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