第4章 食感を楽しむ味 ④
キヅカが圧倒されるような豪華なダイニング、いや饗宴会の会場のような部屋の一番奥に、ハバネルが座っていた。
「お待たせしました。グリーンサラダとラタのムニエルです」
ハバネルは置かれたナイフとフォークを使って料理を口に運んでいく。
ハバネルの前に作った料理を出す。カムシロフがハバネルのそばに立っているので、キヅカも彼の隣に立ってハバネルが食事をするところを見ていた。
ハバネルは黙々と料理を口に運び、最後に残ったバーラーを口に入れて、食事は終了となった。
「キヅカ、君はこんな料理を出す気かね?」
「いえ、先ほども言った通り、不完全というか完成形ではないというか・・・」
「・・・わかった。今晩、私に付き合ってはくれないか。カムシロフ、いつもの連絡を頼む。最低ランクでいい」
「かしこまりました」
何が何だかわからないが、しかし、キヅカも断れる雰囲気ではない。ハバネルが立ち去ったあと、キヅカとカムシロフは食器をもって厨房まで帰っていった。
「ハバネルさんは何か不満そうでしたが、味の問題でしょうか」
キヅカは皿を洗いながらカムシロフに聞いた。
「さて、どうでしょうか。私が想像するに、あまり問題ではなさそうでしたが、人の好みもありますので。ただ、私はハバネル様の真意はわかりかねますが、おそらく、キヅカ様のお役に立つことではあると思います」
しかし、カムシロフの返答はキヅカが求めていたものではなかった。正直、キヅカはハバネルに全幅の信頼を置いているわけではない。しかし、王宮の厨房からの協力を得られない以上、ハバネルに頼らざるを得ないのもまた事実だ。それに、肉やエビルプルッアがない今、やれることも限られている。いったんハバネルを信頼し、そして流れに身をゆだねてみようと、キヅカは思った。
夕方までハバネルの屋敷にいていいということであったので、部屋を借りて昼食までにさらに祝宴のメニューを考える。問題はエビルプルッアの輸送と、厨房での立ち回りだ。約50人の祝宴、さらには国を挙げての儀式だ。キヅカ1人でどうにかなるとは、到底思えない。
メニューと立ち回りをうんうんうなっているころ、カムシロフがノックをして部屋に入ってきた。ハバネルが言っていた夕方、というにはちょっと早い時間帯だ。
「キヅカ様、お時間よろしいでしょうか」
「はい。何かありましたか」
「キヅカ様は代わりの服をお持ちでしょうか」
「ええ。といってもほとんど今、着ている服と変わりはないのですが」
「それは困りましたね。急いで服を仕立てましょう」
そういって有無を言わさずにキヅカを立たせ、採寸を済ますカムシロフ。「しばらくお待ちください」といって部屋を出ていった。あっという間の出来事であり、キヅカには何が何やらわからなかった。今の服も日常生活では決して目立たない。その辺の店に入っても、決して違和感はないだろう。しかし、それではだめだ、というのだ。つまり、ドレスコードが必要ということだろう。
「どうしようか。ドレスコードが必要な店なんて、いったことがないぞ」
ドレスコードのある食事なんて、高校の友人の結婚式に参加したときくらいだ。ただ、脳死でスーツを着ていけばいいのが男の楽な点である。
ただ、この点に関しては悩んでいても仕方ない。再度、うんうんうなりながらメニューの考案に励む。頭の中が煮詰まってきて、半ば投げやりにメニューを決めたころで、再度コンコンとノックの音が響いた。そのころにはだいぶ日も傾いていた。
「お待たせしました。キヅカ様。服が出来上がりましたので、お持ちしました」
そういって、出来立てほやほやの服を掲げる。見た目はいわゆるワイシャツとスーツのズボンのようだ。キヅカはさっそく着替えてみた。パリッと仕立て上げられた服は気持ちよく、緊張感が増した。
「よくお似合いです」
カムシロフがほめてくれた。
「わざわざありがとうございます。でも、こんな服を作ってもらって、恐縮なのですが、お金がないんですけども」
キヅカが申し訳なさそうに言った。正直、ここまで手持ちのお金のほとんどは昼の市場で使ってしまっていた。王都の宿の相場がわからないが、安宿でなんとか1週間、といったところだろう。それで足りなければ野宿だ。
「ハバネル様より、お代はいただかなくても結構、との伝言を承っております」
「そうですか。ありがとうございます。ですが、申し訳ないので、いつか必ずお返しします、とお伝えください」
直接言えばいいのだが、なんとなく、カムシロフに伝言を頼む形で言う。
「かしこまりました。必ずお伝えいたします。それでは参りましょう」
おそらくカムシロフも「直接言えばいいのに」と思ってそうだが、そのようなことはおくびにも出さない。洗練された執事の態度であった。
キヅカはカムシロフに案内されて馬車に乗る。王都に来たときよりも小型の馬車だ。カムシロフも一緒に乗るものだと思っていたが、キヅカを客室に乗せると、カムシロフは御者台に向かった。
「カムシロフさんは馬車もひけるのんですか」
驚きの声をかけるキヅカに対して、カムシロフはちらりとキヅカを見ていった。
「ちょっとかじった程度ですが、王都内をゆっくり流す程度ですよ。本職ではございませんので、乗り心地が悪いかもしれませんが、ご了承ください」
そういってカムシロフは馬を進めた。街中で速度も出ていないとはいえ、本人の言葉とは裏腹に快適な乗り心地であった。
わずかな時間を経て、馬車は停止した。徐々に陽が落ち始め、街灯に灯りが灯ってた。その灯りは薄暗く人通りは少ないが、治安の悪さは感じなかった。キヅカが馬車から降りると、1件の小さな店が街灯とは対照的に煌々とした灯りをともしていた。その店の扉の前に、ハバネルが立って出迎えてくれた。
「ハバネル様。遅れてしまって申し訳ございません」
「いやいや。僕もたった今、到着したところさ。それよりもキヅカ殿を連れてきてくれてありがとう。キヅカ、着心地はどうだ」
「ハバネルさん。服を準備していただいてありがとうございます。今はお金はありませんが、必ずお返しします」
「お金はどうだっていいんだ。よく似合ってるよ。さ、入ろう」
まるでデートをするかのようにハバネルはキヅカをエスコートしてくれた。
中に入ると狭い店内にいくつかのテーブルが並んでいた。テーブルはオレンジのテーブルクロスがかけられ、鴬色のプレースマットがよく映えていた。
「お待ちしておりました。ハバネル様」
2人が中に入ると、初老の男性が姿を現した。コックコートを身にまとっており、この店の主人であろうということが容易に想像できた。その隣には同じ年代の女性が、こちらはカジュアルながらしっかりとした服をまとって立っていた。
「ボール、それにアーネル。いきなりすまないね。今日はノルプスクエからの客人だ」
「初めまして、キヅカと申します」
「それはそれは。遠いところからよくお越しくださいました。しがない料理屋を営んでいるボールとアーネルと申します。本日は短い時間かとは思いますが、お楽しみくださいませ」
店の主人であるボールがそういってキッチンに下がっていき、代わりにアーネルが2人を席に案内してくれた。2人以外の客はおらず、貸切状態であった。
「キヅカ殿は酒はどうかね」
ハバネルが席に着くなりそう聞いてきた。
「まあ、たしなむ程度には」
そこまで酒に強いわけではないが、下戸、というわけでもない。粗相をしない程度に自制すれば大丈夫であろう。
「わかった。アーネル、いつものやつで頼むよ」
「かしこまりました」
アーネルはそういってキッチンにオーダーを届けにいった。その後、しばらくしてワイングラスとボトルをもって2人の元に帰ってきた。
「こちらはモナセラ国産のワインだよ。すっきりとした味わいで、特徴がないのが特徴ね。食事の初めにはいいと思うわ」
フランクなアーネルの説明に、キヅカは思わず、「ワインはそのままかい!」というツッコミが喉の先まで出かかったが、なんとか耐える。落ち着いた店の雰囲気に、その大声は似合わない。
テイスティングをハバネルが行う。そしていつもの微笑みをアーネルに返した。テイスティングはほとんど儀式のようなものと聞いたことがあるのだが、この店ではきっちりと行っている。店の規模は小さく、内装も派手さはないから油断していたが、落ち着いた雰囲気も相まって、キヅカは徐々に緊張をしてきた。
「さて、キヅカ殿との出会いにでも乾杯しようか」
ハバネルが軽くグラスを挙げる。苦笑いをしながらキヅカもそれに応じ、軽くワインに口をつける。
紫がかった赤色の液体は、アーネルのいう通りすっきりとした味わいで、わずかな酸味を残しながら簡単に喉の奥へと入っていく。ワイン、というものをほとんど口にしたことがなキヅカであったが、抵抗なく口にすることができた。
「ハバネルさんはこの店によく来られるのですか」
しばらくの沈黙ののち、それに耐えきれなくなったキヅカが口を開いた。
「まあね。僕が商売を始めて、概ね軌道に乗ったときにこの店を見つけたんだよ。値段と味のバランスがいい意味でかけ離れていてね。こんな店だが、きちんと仕事をする、いい店だよ」
「こんな店で悪かったわね。はい、まずは魚介類のサラダだよ」
アーネルは笑いながら料理の乗った皿を2人の前に置いた。
皿の中にはほうれん草や紫キャベツのような葉物と白身魚がドレッシングで和えられているようだ。ミニトメイトもある。
「これはなんという野菜と魚を使っているのですか」
キヅカは見たことがない野菜や魚を目の前にし、思わずアーネルに尋ねた。
「野菜はサニータレスとレンホウソウ、それに紫色の野菜はビトレスね。食感の違いを楽しんでね。魚はオツカを使っているわ。こっちも野菜とは違う食感を楽しんでね」
一つ一つ丁寧に説明してくれるアーネルに対して、キヅカは礼を言い、そして料理に手を伸ばす。
新鮮なシャキシャキとしたビトレスとサニータレス、そこにレンホウソウの苦みが加わる。オツカはねっとりしとしており、その名の通りカツオによく似ていたが、キヅカが知っているカツオよりも幾分、癖がないように思えた。いずれにせよ、野菜とは異なった食感で、確かに食感の違いが楽しい1皿になっていた。ドレッシングはおそらく植物油とモンレ、塩コショウなどのシンプルな味付けとなっており、味もさることながら食感を際立たせるものであった。
その後、キヅカはトメイトのポタージュ、タイ(この世界ではイタ、というらしい)のポワレ、最後はモナセラ国産フービモーのステーキ、そしてデザートとフルコースを堪能した。その都度、アーネルに食材の名前や調理方法を聞き、アーネルは嫌な顔一つせずに応えてくれた。
最後のデザートを平らげ、食後の紅茶を楽しんでいると、奥からアーネルとボールも顔を出してきた。
「いかがだったでしょうか。キヅカ様」
「非常においしかったです。大満足でした。それに、僕のぶしつけな質問に答えてくださり、感謝しています」
「ご満足いただけて何よりです」
ボールはにっこりと笑って応えた。
「さて、キヅカ殿。なぜ僕がこの店に連れてきたか、わかるかい?」
「・・・というと?」
うすうすは気づいていたのだが、キヅカはあえてとぼけた。
「まあ、わかってもわからなくても、僕も君もやることは変わらない。そうだろう?」
ハバネルはいつもの笑みを浮かべて、いった。その瞳の奥に隠れる本心は、キヅカにはいまだに見えなかった。
ハバネルに連れられて店で食事を楽しんだキヅカ。彼はこの食事から何を感じたのか。また、ハバネルの真意やいかに。次回はいよいよ祝宴です。
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