第1章 素敵なステーキの味 ①
何の因果か、異世界に飛ばされてしまった一般大学生・木塚良平。
この世界で彼はどのように生きる術を見つけることができるのだろうか。
いよいよ本格的に物語がスタートです。
思ったよりも簡単に街は見つかった。昼前から歩き出して、すでに日が落ちかけていた。河原は途中から崖になったため、木塚は森の中を歩く羽目になった。森を抜けると街道がすぐに見つかり、さらにそこから街が近かったのはラッキーだった。夕方近くであったためか、街道には人通りはなかった。
そもそも、スニーカーは長距離の歩行に向いている靴ではない。しかも、河原や崖の上を長距離、歩くには最も適していない靴の一つだろう。重力ハンデがあり、多少体力がかさましされているとはいえ、木塚は疲労困憊だった。
だが、ここからも問題だ。
「さて、言い訳が通るやろか?」
持ち物はゼロ。身分証明はなし。衣服も森の中の木々でボロボロ。おそらくいでたちは異質だろう。
「ま、なるようになるべ。流石に殺されることはないやろ」
すでに一度死んだようなもの、と腹を括って村に向かって歩くと、案の定、門番らしき男に止められた。
「そこのお前、身分を明かせ」
木塚より一回りも大きい男だったが、ひるむことなく、木塚は用意していた言葉を発する。
「俺はキヅカって言いますねん。オオサカ国っていうあまり交流のないところから来てんけど、途中で魔物に襲われて命からがら逃げてきたんや。持ち物も全部置いてきてもうて、この身一つやが、なんとか通してもらえないでっしゃろか」
俺は用意してた言葉をそのまま述べた。言葉の壁、というのは案の定なさそうだが、何が起こるかわからない世界だ。あえて訛りを強くし、外国人であることをアピールしてみる。
「ふむ。オオサカ国とは聞いたことがないが…」
あまりにスラスラ言いすぎたかと思ったが、強い訛りが効いたのか門番の男はそこには気を止めず、オオサカ国のことを考え始めた。
「ちょっと待っとれ。町長に確認を取る」
そういうと門番の男は近くにいた村人に言伝を頼んだあと、キヅカに尋問を始めた。
「キヅカとやら。お前さんはどうやってここまできたんだ?オオサカ国ってどの辺にある?」
「へい。オオサカ国はかなり遠いところです。近隣の国とも交流がなく、閉鎖的な国なんでご存じないかいと。俺はおとんが死んでもうて、独り身やし、やることがなくなったから旅に出たんですわ。詳しい場所に関してはすんまへんけど、言えんのです。一度国を捨てた人間は絶対戻ることはでけへんけど、その国のことを言うのも本当はあかんので・・・ただ、俺は今、身分を示すものを持ってへんから正直なことを言うしかないんです」
誇張はしているが、たった百年前までは鎖国をしていた国から来たのだ。おそらく、元の世界に帰る手段もないだろうし、本当のことを言っても信じてはくれないだろう。概ね嘘は言ってない。
「ふむ。その喋り方は訛りか?」
「ええ。聞きにくいやろうけどすんまへん。旅をしててもなかなか治らんのです」
俺は頭をかきながら言った。我ながらなかなかの演技だと思う。
そんなやりとりをしてるうちに村人が帰ってきた。門番の男に耳打ちをしている。
「キヅカ。お前を町長のところに案内する。その前に身体検査をさせてくれ」
「俺にはやましいところは何もあらへん。ケツの穴の中までみてもええで」
実際にお尻の穴の中を弄られるのはごめん被るが、これも信用してもらうため。最初から信用してもらえるとは思っておらず、裸になるくらいの覚悟はあった。
しかし、流石に言いすぎたらしい。門番の男は「お、おう」と若干引きながら、近くの小屋に案内してくれた。
アーッな展開が起こるわけでもなく、普通に裸にされただけで検査は終わった。仲間を呼ぶ笛や武器になるようなものはないと判断され、俺は服を着て村に入ることを許可された。
街の中は思ったよりも栄えていた。街道沿いにあったし、旅人や商人がよく通るようだ。オオサカ国のように電車が通っていたり狼に襲われずに街を移動できるわけではなさそうだから、街道沿いの街は重要だ。
門番の男に連れられて歩く、この世界では奇妙ないでたちのキヅカは、すれ違う人から奇異な目で見られた。キヅカは試しににこりと笑いかけてみるが、ほとんどの者がその瞬間に目をそらした。
しばらく歩くと一際大きい家が現れた。これが町長の家ということは容易に想像がついた。門番に続いて中に通され、応接室と思しき部屋に案内された。中には小柄な爺さんが座っていた。お年は召されてるようだが、しゃんとしている。爺さんに勧められ、俺は爺さんの向かいのソファに座った。案内してくれた門番はそのまま俺の横に立つ。変なことをしないか、見張っておくためだろう。
「ワシはこの街の長をやってるフランという。お主、名は何と言う?」
「キヅカ、と言います」
「オオサカ国、とやらから来たとのことだが、ワシにはどうも聞き覚えがない。どこをどうやってきたのだ?」
門番と同じような話し方をしようかとも思ったが、流石に失礼かと思い、言い直すことにした。それでもイントネーションは訛りをいれた。
「先程、門番の方にもお伝えしたんですけど、オオサカ国は非常に閉鎖的な国です。ご存知ないのは当然かと。俺はおとん・・・やなくて、父が亡くなって身寄りもなく、単に一人で暮らすのが嫌になって飛び出したんです」
「ふむ、では、どうやってここまで来たんじゃ?」
「幸い、人よりちょっとだけ狩りが上手いみたいで、それを頼りに細々と稼ぎながら来たんです。ただ、今日はちょっと油断して休憩中に犬みたいな魔物3体に襲われて、思わず逃げてきたんです。なので身一つになってしまうて…」
キヅカは先ほどと同じように恥ずかしそうに頭をかいた。しかし、村長はそんな仕草を気にせず、驚きの表情を浮かべた。
「いぬ…?ヌイのことか?しかし、この辺りでヌイのような魔物といえば…まさか…」
町長が首を傾げている。
犬といえばこどもでもわかる動物の一種だが、町長は言い直した。ここは異世界。普通に言葉が通じるのでキヅカも忘れていたが、固有名詞はほとんど通じないと考えても良さそうだ。
「お前、まさかシルバールウフから逃げてきたのか。しかも3体から?」
「あのヌイ?のことをシルバールウフ?と言うのかはわかりませんけど、ヌイ?を一回りほど大きくした四足動物のことなら、そうです」
どうしても慣れない言い方で変なイントネーションになってしまうが、2人にとっては驚きの方が大きいらしい。あまり気にはしてない様子だった。
「どうやって逃げたんだ?あいつは素人が出会ったが最後、命はないレベルだぞ。しかも3体となると腕の立つものでも食われる可能性が高いんだ」
心なしか、門番の声が震えている。
そんなに恐ろしいやつやったんか。
改めてキヅカはその時の状況をを思い出し、身震いした。
「どうやった、と言っても、適当に足元の石を投げたらたまたま1匹の眼に当たって、それで向こうが逃げていったんです」
「そういうことか。それはお主、ラッキーだったな。シルバールウフはエイモンドの言う通り、恐ろしい魔物だ。素人が出会ってどうにかできるもんでもない。苦し紛れとはいえ、ラッキーだった」
村長が納得したように頷いた。どうやら、キヅカの発言を信じてもらえたようだ。まさか「異世界転生してきましてん」と言って通じるとは思えないし、バレたらどうなるか。オオサカ国ですら頭がおかしいと思われて終わりだろう。監禁だけでも勘弁だが、最悪、殺されるかもしれない。でも、監禁されるよりあっさり殺された方がマシなのかのかもしれん。
堂々巡りに陥りかけたキヅカだったが、村長の一声で我に帰った。
「よし。お主の滞在を許可する」
「本当ですか!?」
あまりにあっさりと認められ、キヅカは驚きの声をあげる。服はボロボロでおかしな話し方をするキヅカを、こんなにあっさりと受け入れてくれるとは思いもよらなかった。
「ああ。ただ、無一文のお主を街に放り出しても変わらんだろう。1週間、村の経費でお主の生活を保障しよう」
「そこまでしてくれるんですか!?」
「魔物や野党に襲われた者を助けるのは、この国の決まり事でもあるからな。もっとも、大抵は野垂れ死ぬか野盗や魔物にやられることも多い。お主は運が良かったのだよ」
村長は立ち上がるとキヅカの肩をポンと叩いた。
「と言っても、あまり使いすぎても困る。それに1人だけで生活を立て直すのも困難だろう。エイモンドにお主の見張りとこの街の案内をしてもらう。それにエイモンドがいれば店の支払いも信用に足るだろう」
1週間とはいえ、この村の滞在許可だけじゃなく、生活費の世話、それに案内もしてくれるとは。至れり尽せりである。流石に何もわからない状態で仕事を見つけるなど、不可能に近い。
「得体の知れない自分にそこまでしてくれるなんて…感謝します!おおきに!!」
キヅカはオオサカ国の定番の挨拶をし、心の底から感謝の意を示した。
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