016-温もり
各々ペアで固まり、質問内容と回答について打ち合わせをしていく。楽と涼葉も例に漏れず、楽の席にて打ち合わせ(?)を行っていた。
「それで、クラスはまとめれそうか?」
「う〜ん…クラスをまとめるって難しいね。みんな、それぞれ思惑があって、私一人じゃ全然進まない感じがする…」
「当たり前だ。お前が一つの考えを持っていても、この部屋には全部で三十五個の考えが渦巻いてるんだぞ。思いつかなくなるぐらい考えればいい。お前が選んだ道だろ」
「なんなら俺を諦めるか?」と、煽り気味に言う。こいつは俺が居なくても恐らく同じか、もしくは、似たようなポジションにはいたはずだ。それに乗っかっている俺もそうだが、結局はこのクラスにはリーダーという存在が無ければ確実に他のクラスとの差は広がるばかりだ。
クラスメイトは全員が全員消極的ではなく、どちらかと言えば先頭きって進むタイプが多そうに見える。だが、ただの学校のクラス委員長とは違い、責任の度合いが違う。ましてや、クラスメイトではあるものの後に敵になりうるのだ。それならば自分を優先するのは普通の考えだろう。
「諦めないよ。絶対に」
藤宮の目からは、強い決意と揺るぎない信念がにじみ出ていた。その瞳は、どんな困難にも立ち向かう覚悟を物語っているようだった。
その思いの先がクラスメイトだけに向けられたものではないことに、楽は気づいていなかったようだ。
「そうか…なら、解決すべき問題はいくつもあるんだ。精々頑張ってくれ、リーダーさん」
「そうだね…」
藤宮は俯きながら返事をした。俺が言った通り、問題は山積みだ。現状、協力しているように見える女子グループも、実際には藤宮の考えに賛同しながらも不安を隠せないクラスメイトたち、そして反発している男子グループがいる。
おそらく、イントロダクションの期間中に全員をまとめ上げるのは、ほぼ不可能だろう。藤宮がどこまで取捨選択できるかが問われる。どれだけのクラスメイトが藤宮についていくのか、そして彼女がどれだけ拾い上げられるかが鍵になる。
他のクラスの動向は知らないが、きっと同じような状況だろう。もし違うとすれば、とてつもないリーダーシップを持った生徒がいるくらいだろうか。俺には入手できる情報源がある。現状は必要ないだろうが、深町が知っているクラスの状況を教えてもらおう。
そんなこんなでこの会も一時間が過ぎようとしていた。机をトントンと鳴らして時計の方向に視線を向けて藤宮に合図をする。
「あ、もうこんなに時間が経ったんだ」
素早く椅子から立ち上がり、教卓に上がる。クラスメイトもそれに気づいたのか次第に静かになっていった。
「今日の会はこれで終わりにしたいと思います。各自解散で大丈夫です」
その言葉が合図となり、各々荷物を片づけて教室を出ていく。かく言う俺も席を立ってドアへと向かった。藤宮の方に視線を向けると、彼女の視線も俺の方を見ているようだ。何故だか分からないが、悪寒がしたので足早に教室を出て帰路へ向かった。
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部屋に着くが、今日は藤宮の襲撃は無さそうだ。教室で俺を見ていたのが気になったが、帰宅途中に視線は感じられず、前回のようなことは無いのだと安堵した。
風呂に入り、いつものようにカップラーメンを食べようとした時、玄関のチャイムが鳴った。
「…まさかな」
ドアを開くと、そこには大きい買い物袋を持った私服姿の藤宮が立っていた。
「…はぁ、どうした」
「楽君…ちょっと相談と、一緒に晩飯でもどうかなって…」
「あまり関わるなって言ったはずだが?」
もう忘れたのか?さすがにそんなことはないと信じたいが…まぁ、今日だけなら許しても良いか。
苦い顔をしながら藤宮を部屋に招き…たくないが入れる。どうやら大きい買い物袋の中には料理で使う調理器具も一式入っており、部屋に併設されているキッチンに置いていく。よくもまぁ、わざわざ持ってくる気になるものだ。
「やっぱり、ちゃんと栄養取ってなさそうな食事ばっかり…というか、朝飯と夕食って寮の食堂で食べれた気がするけど、そっちで食べないの?」
「わざわざ一階に降りるなら、お湯を温めるだけの方が楽でいい」
寮の食堂で食べれる料理は基本学園持ちなので、無料というこの上ない待遇ではあるものの、この部屋が五階という微妙に遠い距離という点から、利用することを辞めた。幸いにも電気ケトルと電子レンジが部屋に常備されていたので、食事は基本それらを使うことにした。
因みに、調理器具も藤宮が持ってきた程ではないが、軽く料理できる器具が付属しており、その器具はまっさらな状態で物置状態となっている。
「それで、相談っていうのは?」
「夕食を食べながらで良いかな?先にパパっと作っちゃうから」
「分かった」
開きかけていたカップラーメンを閉じ、電気ケトルと一緒に元の場所へと片づける。その間、藤宮は持ってきた買い物袋から食材と調味料を取り出し、エプロンを着てからテキパキと準備を始めていく。
俺はというと、手持ち無沙汰になったので椅子に座り、読書をしながら料理が出来上がるのを待っていた。
読書に集中していたが、いつもの部屋からは到底、想像できないような香りが充満していた。
「なんだか…懐かしい気がするな」
そんな言葉を零した。まるで存在してなかったかのように深く眠っていた記憶が、ゆっくりと呼び起こされる。ただし、すべての景色や人物は黒い靄のようなものに覆われ、誰なのかは判然としない。唯一はっきりと分かるのは、俺の隣にいた『妹』の顔…藤宮と双子だと言われても疑う余地がないほど似ている、ただひとりの『かつて大切だった』人物だ。
…これ以上思い出すのも面倒だ。
「楽君、出来たよ!」
「…美味そうだな」
気がつけばテーブルに料理が広がっていた。手料理なんてここ数年食ったことがなかった俺には稀有な光景だ。藤宮を冷たく接してきた俺でも称賛する程には、多少興奮していたのかもしれない。
「それじゃあ座って、いただきます」
「いただきます」
二人は手を合わせて、静かに食事を始めた。湯気の立つ料理がテーブルに並び、食べ物の香りが空気を満たす。
楽の心にもほんの僅かだが、温かい場所が生まれた。それは、自分でも気づかないほど小さなもので、すぐに消えてしまいそうな儚い感覚だった。それでも、その温かさは確かに彼の中に存在し、冷たく閉ざされていた心の奥底に微かな光りを灯していた。
「……」
一瞬、楽はその気持ちを口にしようとしたが、言葉にはしなかった。ただ、その温もりを心の片隅に留めたまま、静かに視線を外す。そして、またいつものように冷静を装い、目の前の現実に戻った。
それでも、その温かさが彼をほんの少しだけ優しくしていることに、誰も気づいてはいなかった。




