010-Ex.藤宮涼葉は約束する
気がつくと、私はどこか分からない暗闇の中に立っていた。目を開いているはずなのに、視界には何も映らない。それでも、何故かその暗闇が不思議と心地良いことだけは分かった。もしかして、まだ夢の中なのかな?
身体が熱い……まるで全身が燃えているかのように。これは熱病?それとも風邪?意識は確かにあるのに、目が覚めていないような違和感。まるで迷子になった子供のように、自分が今どこにいるのかさえ分からない不安が押し寄せる。
一瞬まばたきをしたその瞬間、暗闇が炎に変わった。私の周囲が、まるで私の内側から生まれたかのような炎に包まれている。芯から燃え、すべてを喰い尽くすような、逃れることを許さない強烈な炎だ。
私はもう、諦めるしかないのだろうか……?
炎に包まれて、体の芯から焦がされていく感覚に私は呑み込まれていく。炎はまるで生きているかのように私をじわじわと侵食し、逃げ場はどこにもない。選択肢なんて最初から存在しない。私はただ、じっとこの炎が私を飲み込むのを待つだけしかできない。
「……獄炎……」
前触れもなく思いついた言葉を放ったその瞬間、時が止まったかのようにすべての動きが止まる。私の身体も、そして侵食し続けていた炎さえも。その一言が、まるで目覚めを告げる鐘の音のように、周りの空間すら静止させた。
そして、再び時間が動き出すと、炎が徐々に集まり、一か所に凝縮されていく。形が歪み、うねりながら、次第に何かの姿へと変わっていく。その光景に私は息を飲んだ。
そこに現れたのは、私が幼い頃に一緒にいた男の子……と、三つの頭を持つ冥界の番犬、ケルベロス。ケルベロスは、先ほどまで私を包んでいた炎を纏い、凄まじい威圧感を放っている。男の子はそのリードを握りしめ、私の目をじっと見据えている。
!?
ケルベロスの頭の一つが、ゆっくりと私に近づく。恐ろしげな見た目とは裏腹に、その頭から放たれる炎は、優しく暖かい。私は本能的に恐怖を感じたが、その炎が身体に触れると、逆に落ち着きを取り戻していく。
その瞬間、私の目の前に別の風景が広がった。そこは、今まで見たことのない場所。だが、心のどこかで知っている感覚があった。そこに映し出されているのは、ケルベロスの手綱を握っていた男の子の…記憶?
小さな男の子が、一人で庭に座り込んでいた。周りには家族や友達はいない。その姿は寂しげで、何かを恐れているようだった。そして、次の瞬間、楽の小さな手からとてつもない爆炎が溢れ出し、周囲の草や木々を焼き尽くす
炎はあまりにも強烈で、彼自身でさえ制御できなかったのだろう。彼の周りには誰もいなくなっていた。周囲の人々は、彼を恐れ、忌み嫌い、距離を取るようになった。家族すらも、彼に近づくことを避けるようになった。
「ギフトなんて、なければよかった……」
男の子の幼い声が虚しく響く。
その言葉には、深い悲しみと後悔が込められていた。周りを守りたいという純粋な思いとは裏腹に、ギフトによって孤独を味わい続けた男の子の記憶が、藤宮の目の前に展開されていく。
「どうして……こんなことに……」
藤宮の心が締め付けられる。
そして、映し出されていた景色は薄れていき、私に絡んでいた炎も次第に消えていった。
記憶の中にもいた男の子は、ケルベロスの頭の上でじっと私を見つめており、私も彼を見つめ返し、しばらくの間、無言のまま時間が過ぎていった。彼はふっと笑い、口を開いた。
「我の主は……もう報われても良いはずだと思わないか?」
「……え?」
「我の主は……十分に苦しんだ。失い、壊されて、もうこれ以上はないほどに。お前には関係のない話かもしれないが……」
「……誰のことを言ってるの?」
「この姿は、お前の記憶から呼び起こされたイメージだ。我の名は……獄炎」
獄炎? ギフトが……意志を持って話しているっていうの? じゃあ、その主って……もしかして?
「お前なら、『あの時会っていた』お前ならば、我の主をこの地獄から救うことができるかもしれない。だから……どうか、どうか……我の主を『真実』から解放してやってくれないか?」
獄炎の姿が、薄れていく。それと同時に、どこからか涼しくて心地良い風が流れ込み、私を包む。体にこびりついていた熱を、そっと剥ぎ取っていくようなその風の中で、私は久しぶりに光を感じる。
獄炎はその姿を完全に消す寸前で、私は叫ぶように問いかけた。
「最後に、あなたの主の名前は何!? 教えて!」
「……東…雲……ら………く」
……やっぱり、そうなんだ。
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私は目を覚ました。ここが先ほどまでの暗闇ではなく、現実の世界であることはすぐに理解できた。ただ、何故だろう……ここがとても安心できる場所に感じる。まるで、長い時間を経て、ようやく家に帰った時のような感覚。
「目が覚めたか?」
「う…うぅん」
まだ寝惚けているのか、答えが曖昧になってしまう。目をしっかりと開けてみると、目の前にいるのは……今、私が一番話したいと思っていた人だった。夢の中で出会った『獄炎』の主、東雲楽。私が救わなければならない相手。彼の姿がそこにあることが、私を不思議な安心感で満たす。
救わなければいけない……その考えに、少しの疑念もなかった。むしろ、彼を助けたいという気持ちが心の奥底から溢れ出してくる。
その後、東雲君と話をした。彼は私の記憶を消すと言っていたけれど、それだけは絶対に嫌だ。もし記憶を消されてしまえば、あの夢のことも忘れてしまうし、彼を救う手がかりさえ失ってしまうから。そんなことを思うと、自然と涙が溢れてしまった。
女の子の泣き顔を使ってしまった……申し訳ない。でも、東雲君を助けたいんだ。
そこに学園長が現れ、彼に何か説得をしてくれた。楽君は、しぶしぶではあったけれど、私の記憶を消さないこと、楽君の傍に居ることを納得してくれた。私は胸の中に抱いていた緊張がほぐれ、ほっとして自然と笑みがこぼれた。楽君を助けられる、そのことが私をこんなにも喜ばせるなんて。
しばらくして、楽君と学園長は保健室を出ていった。楽君は何か怒っているようだったけれど、きっと急に誰かに近づかれるのが苦手なんだろうな。
二人が去った後、私は自分自身に問いかけてみた。
「本当に…助けられるかな?」
すぐに、私は自分で答えを出す。今まで、私は何度だって諦めずにやってきたじゃない。今回だって、諦めなければきっと大丈夫だよ。
「楽君、迷惑じゃないかな?」
不安になる気持ちもあったけれど、楽君ならきっとそのうち慣れてくれる。私がそばにいることで、少しでも心が軽くなるなら、それでいい。
「どうやって彼を救えばいいんだろう?」
あの夢の中で、獄炎が教えてくれたように、彼を過去の苦しみから解放してあげること。それが私の役目なんだろう。例えば、彼に家族の温もりを思い出させることができたら、少しは楽になるのかもしれない。
そして、最後に自分に問いかけた。
「私は、楽君にとって何だったんだろう?」
その答えが、ふわりと心の中に浮かぶ。獄炎も言っていた。『あの時会っていた』…と。私と楽君の間には、確かに何かがあったんだ。
「……そうなんだ」
私は改めて、楽君を助けることを固く決意した。私の温もりを、楽君に……
「絶対にあげるよ」




