4話 運命的出会い
「それからさ、そのあとさ、こないだウチの会社にきた宿谷さんっていたでしょ?あのちょっと強面なおっちゃん」
「あ、はい、たしかあのすっごく気さくで面白い人ですよね?」
「そうそう、あのおっちゃんに今うちの会社で使ってる材料教えてもらったんだよね。あのおっちゃん、初対面なのに気さくすぎて最初は胡散臭かったけどほんとあの人のおかげで今のうちの会社があるようなもんだよ」
「あ、そうだ。本当は明日の夜さ、宿谷さんから発注した物を受け取りに行く予定だったんだけど、いきなり今日行ってみようかなと思うんだよ。あのおっちゃん寂しがり屋だからいきなり行っても大丈夫でしょ。宮内さん、一緒に来る?」
本来、約束をした日時と場所にきちんと行くのが当たり前なのだが、こんな調子で大丈夫なのだろうか?と楓は少し思ったがまあ社長とあの気さくな染料屋さんの関係もあるし、いきなり行っても問題ないのだろう
「はい、是非ご一緒させてください!もう社長の話聞いてこれは是非伺いたいなと思ったんです」
社長と楓は会計を済まし店を出ると車に乗り込んだ。宿谷さんがやっている会社まで行くためだ。それにしてもこんな夜中にいきなり行っても大丈夫なのだろうか?
社長は車を運転し、会社にたどり着く。そこは一戸建てで30坪くらいしかないだろうか?普通の一軒家だった。ただ、福井のお店にしては珍しく、周りに広い駐車場などなかった
そして家の前に看板があり、こう書かれていた
「宿谷直染料店」
「こんばんはー、宿谷さん、夜分遅くにすいません、先日発注した材料受け取りに来ましたー。」
社長は突然ドアをノックしてそう言った。ドアが開いて中からあの気さくで面白い宿谷さんが出てきた
「ああ、加藤さん、わざわざきてくれたのかい?いやーすまんね。いまさ、見積書書いてたんだけどちょうど終わったところでこれから晩飯食おうと思ってたんだけどよかったら中でお茶でもどう?ん?そちらの子は?」
「あ、どうもはじめまして。加藤社長のもとで働かせていただいております、宮内と申します。よろしくお願いします」
楓は緊張しながらもペコリとお辞儀をした。楓を見ると宿谷さんは急に笑顔になり
「ああ、よくきたね。加藤さんが連れてくるってことはうちの工場に見学に来たのかな?ささ、とりあえず二人とも中に入って」
二人は宿谷さんに招き入れられると中に入った。そこは小さな工場であたりそこらに薬品が散乱していて様々な匂いがする。どうやら薬品を試行錯誤で混ぜて色々なものを開発してるようだ
奥の部屋に案内されると、そこは客間だった。そしてお茶を出されると、楓はそのままお茶を飲んだ。美味しい、これは福井県産の黒豆茶だ
「で、加藤さん、こんな遅くになんの用かな?そんな若い子まで連れてきてさ、何か聞きたいことあったんでしょう?」
宿谷さんは何かを悟ったように社長に話しかけた。なるほど、長い付き合いだからこそわかるのうだろうきっと。発注したものを受け取りに来ただけではない。それを見抜いていた
「いやはや見抜かれてましたか。さすがですね。いや実はね、この子に昔話をしててそのままもりあがちゃってさ、当時のこと話したくなっちゃって」
「ああ、あの頃は加藤さんも全然うちの薬品使いこなせなかったからね。いやはやあの研修は大変だったよねー」
え?いまうちで使っているあの薬品を社長が扱えなかった?そんな時期があったのか?
「そうなんだよねー、宮内さん、あのさ、宿谷さんに出会う前の講習で学んだのは絵の具と同じチューブタイプのアクリルを水で薄めて使う程度だったから、当時宿谷さんの薬品を一通り買って自分で使ってみたけど使えば使うほど訳が分からなくてね、いやはやまいったよ。だからさ、その後宿谷さんにうちの会社に来てもらって、そこで直接使い方を教えてもらうことにしたんだよね」
「そうそう、当時私は名古屋に会社を持ってたんだけど、研修のために福井に来たら加藤さんとビジネスでもうまくやれそうだし、気があっちゃってさ、もともと小さい会社だったしそのまま福井に越してきたんだ。」
当時のことを楽しそうに語る二人。さぞかし苦労したのだろうがこれだけ苦労もすればその苦労も楽しい思い出に変わるのだろう。楓は二人の話を聞き入っていた
「それでさ、宿谷さんに教えてもらったおかげでどうにか薬品は使いこなせるようになったんだけど、どうしてもレザーの製造工程を一から見てみたいとおもってたからさ、宿谷さんに頼んで、なかなか見学することが出来なかったレザーの製造工場の見学をすることが出来たんだよね」
「ああー、当時の加藤さんの熱意は凄かったね。あそこまで必死ならこちらも断れないしさ、特別だよって感じで受け入れたよ」
こうして滅多にできないレザー工場の見学に潜り込むことができた加藤社長。そしてここから本格的にレザー作りの工程を学びゆく事になるのであった