2話 自分の胸に聞いてみる
「ああっといけない、もうこんな時間か」社長の話を夢中になって聞いていた楓。気がついたらお昼休みである60分もそろそろ終わりに近づいていた
二人は慌てて8番ラーメンを食べ終え職場に戻る。楓はまだ社長の話を聞きたかったのだが、お昼休みももう終わりなので仕方がない
「ああ、宮内さんごめんね長ったらしく一人で語っちゃって。なんか当時のこと思い出して目頭が熱くなっちゃってさ」
「あ、いえいえ。とっても楽しかったです。今度またお話聞かせてください!」二人はそう話し、現場に戻っていった。そして仕事を再開した。楓はまだ社長の話が耳に残っていて上の空だった
(もう少し話聞きたかったな)
楓は作業していた手を止め、社長の方をチラリとみた。社長はパソコンで作業をしていて、必死になっていた
「ほら、宮内さん、手が止まってるよ!仕事仕事」
「あ、はい、すいません!」
上の空だった楓は先輩の大八木さんに注意され、ハッと我に帰る。とりあえずその日の午後はどうにかやり過ごし、仕事を終えた
退社時間になって帰ろうとするが、楓は社長をじーっと見つめていた。社長はまだパソコンをカタカタしている。どうやらまだ仕事が終わらないようだ
(明日また、話してくれるかな?)
楓はもやもやした気持ちを抱えながら会社を後にした。そして家に着くとベットにゴロンと寝転び天井を見上げ、すぐに携帯をとりだし電話をかけた
「あ、もしもし葵?元気?今電話平気?」
「あー楓!久しぶりじゃん!元気元気!どう?今福井でしょ?どう?そっちの生活は慣れた?」
渡辺葵、東京のアニメ制作会社の社員
楓と同じ多摩美術大学の同級生ででアニメ業界を志し、見事アニメ会社に就職が決まり、色彩設定の仕事についていた
「うん、葵、久しぶり。仕事、どう?」
楓にとって葵は一番の親友だ。楓が就職活動もろくにせず、卒業制作ばかりしていた時、きちんと就職活動をしていたが、楓のことを心配し、厳しい言葉も投げかけてくれたり、一緒に就職先を見てくれた心優しい友達だった
「いやまあアンタさ、フィギュア製作の造形師になるってずっと言ってたのにカバンや財布の修復の会社、しかもわざわざ福井まで行くことにしたってほんとびっくりだよ。まあアンタみたいに後先考えず突っ走るのもいいっちゃいいけどさ、それでさ、どうしたの?本題は何?」
たわいない話をしたのちに葵が切り出す。大学4年間の付き合いだったが、一番の親友である彼女は楓の心境を見抜いていた。どうせ何かまた悩みか何か心配事があってかけてきたのだと。楓はそういう性格なのだと
「あ、うん実はね」
楓は今日あったことの一部始終を葵に話した。社長から聞いた生い立ちを聞いて、自分はこんなものでいいのかと。そして葵はどうしているのかと
「へーその社長さんすごい人だね!まあ今はネットの時代だからね。東京に拠点構えなくっても他にない専門分野があれば地方でもやっていけるよね。まあさ、楓は楓だしさ、その人はその人、あたしはあたし!それでいいんじゃない?」
「けどさ、楓、確かにあんた学生時代あたしがいくら注意しても勝手なことばっかりやってつとめ果たさなかったよね。それでさ、その社長の話聞いてもやもやするのはしょうがないよ。もうあんたはいくら悔やんだって過去には戻れないんだから」「
その人だって自分で何度も苦しみながら試行錯誤して今の会社立ち上げたんでしょ?あたしだって同じだよ。まだ入社して半年くらいしか経ってないけど、失敗ばっかで、けどそこからどうにか試行錯誤してさ、今は結構できるようになってきたしさ。楓だって同じでしょ?」
「そうやってもやもやする気持ちあるのよくわかるけどさ、今はとにかく努力して過去の自分が失ったって思えるものを取り戻していくしかないんじゃないかな?」
葵にそう言われ、自分の後ろめたさがちいさいことだと気づく楓。やっぱり一番の友達っていうのは違う
「うん、わかった!葵ありがとね。また明日から仕事頑張るよ。またさ、社長から色々話聞けたらいいんだけどね。葵も頑張ってね」
そう言って電話をきる楓。自分の中にあったもやもやが少し薄くなった。そうだな。今はとにかく会社で頑張って働くしかないな。けどまた社長は話聞かせてくれるかな?楓はそう決心し、夕飯を食べに外にでた。
そして何を思い立ったのか、お昼に社長と食べた8番ラーメン屋に再び向かうのだった