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1話 最初は失敗からのスタート


「宮内さーん、お昼行こう」


社長にそう言われて、楓は作業をやめ、机の道具を整理した。建物から出ると、外で社長が待っていた


「あ、社長、お疲れ様です。えと、お一人ですか?」


「ああ、今日はみんなまだ忙しいみたいだからね。宮内さん何が食べたい?」


「あ、じゃあ8番ラーメン食べたいです。あそこおいしくて」


「オッケー、じゃあそこにしよう」


福井の名物ともいえる8番ラーメンで昼食をとる楓。今日は初めて社長と二人だけでのランチだ


「宮内さん、仕事どう?慣れた?」


「あ、はい!とても楽しいです!」


「そっか。宮内さんすごく楽しそうに仕事してるもんね。みんな驚いてるよ!色作りもすごく上手だし!」


「あ、ありがとうございます!はい!色作りは得意なんです!」


楓がこの仕事についてから3ヶ月ほど経過していた。


最初は右も左もわからない福井でのスタートだったが、もともとクリエイターを目指している楓にとって、この仕事は何よりも魅力的な仕事だった。


「あれ?宮内さんてさ、美大の造詣学部出身なんだよね?将来、クリエイターになりたいんだっけ?」


「あ、はい!あの、私アニメが好きでもともとフィギュア造形の会社に入りたかったんです!」


「そうなんだ!アニメの需要もすごいしね!いいねえ、自分の好きなものがあるって!宮内さんはどんなアニメが好きなの?」


社長が楓にそう話しかけると、楓は目を輝かせて生き生きしながらアニメや美大の造詣について語った。自分の好きで好きで仕方ないことを語る時、人は1番生き生きするものだ。


社長は楓の楽しそうに語る姿にうんうんとうなずいて聞いた。楓にとって、同じアニメ好きな人でもないのにただ自分の話を聞いてくれるこの懐の深い社長と話をするのがとても幸せだった


「そういえば社長はなんでこの仕事についたんですか?社長も美大とかの出身だったんですか?」


そういえばまだこちらに来て社長の生い立ちを聞いたことがなかった。楓は若いこともあり、いつも色々な話をしたが聞いてもらえてばかりで人の話を聞くことが少なかった


「ああ、僕はね、もともとクリーニング屋の息子だったんだよ。それから色々あってね」


「クリーニング屋?クリーニング屋さんからレザーリペアの会社に入ったんですか?」


楓が間髪入れずに社長に聞き返す。そうすると、社長は今までの生い立ちを静かに楓に話始めるのだった


「クリーニング屋っていってもさ、大手クリーニングのようにチェーン展開しているような規模じゃなく、町のクリーニング屋だったんだ。けど染み抜きや使用する加工剤にこだわりすぎて、規模を大きくすることができなくてねえ」


「宮内さんはお母さんの直した鞄を見て感動してうちに来てくれたんだっけ?」


「あ、はい!美大出てから就職が決まってなくて、もともとフィギュア造形師になりたくて、けど卒業制作ばかりしてて全然就活してなくていいところ入れなかったんです。そんな時、お母さんがここで頼んで直したバッグをみて感動して、絶対ここで働きたいって思ったんです!」


楓がそういうと、社長はにっこりと笑ってこう返した。


「それは嬉しいね。僕も同じだよ。当時さ、東京の修理工房ってところでバッグの角スレが直せることを知ってすぐに研修を受けたんだ」


「けど数百万もする受講料を払って直し方を教わって、お客さんに喜んでもらえると思って必死に取り組んで来たんだけど全然うまくいかなくてねえ」


「え?受講料にそんなにかかったんですか?それってぼったくりじゃ・・・。」


「そう、それでいてクレームも相次いでねえ。もうほんと大変だったよ。」


「『財布の内側を普通に塗ってお客様に送ったら、張り付いてしまった・・・。』

『靴を履いたら甲の部分がひび割れた・・・。』

『シミを隠すために、顔料の濃度を少し濃くしたら、すぐに割れた・・・。』

もうこんなことばっかでさ。当時、お客さんに喜んでもらえるために取得した技術なのに、なんでだろう?ってね」


「それでさ、クレームの原因になった症状のことを修理工房の社長に聞いても、ちゃんとした返事もなくて、『自分の店舗には、そんなひどい状態で依頼してくる人はいない』って言われるだけでさ。途方にくれたし、研修を受講したことを後悔して、もうレザーの修復の仕事をやめてしまおうかと何度も本気で考えたよ。」


「けどさ、ここで腐ったら負けだと思って。補色に使う配合剤とかさ、色んなメーカーから取り寄せてすごく工夫したんだけど思うような成果が出なくて悩み苦しんでたよ。当時は」


社長の生い立ちと経緯を聞き、唖然とする楓。ここまで直せるようになるのにそんな熾烈な道のりがあったとは


「そんな状態になって、辛かったんだけど、とりあえず今自分にできることを踏まえて出来ることのハードルを下げたよ。お客さんからお問い合わせをもらっても状態の悪いものはきれいに直せる自信がなくてね、メンテナンス断ることが増えたよ。」


「お客様に喜んでいただきたいと始めたレザーの修理なのに、悔しくて悔しくて、毎日イライラがつのるばっかりだったね、あの時は本当に」


「そんなある日さ、地元の社労士さんのススメで、【ランチェスター経営】っていうのを勉強したんだよね」


「ランチェスター経営?それなんですか?」


美大しか出ていなかった楓には知らない言葉だった。楓にとって経済や経営は苦手な分野であまり詳しく説明されてもわからなかったのだが、話の流れで聞く必要はあった


「ランチェスター経営っていうのは簡単にいうと企業が販売競争に勝ち残るための理論だよ。当時はさ、技術面では苦戦したけど、こういう経営のことも学ぼうと思って勉強したんだ」


「それがきっかけでレザー修理をもっともっと追求することを決意してさ、父親のクリーリング屋をやめてレザー製品の染め直しに真剣に取り組むことに決めたんだ」


楓は今までこの社長がここまでの話を聞いて開いた口が塞がらなかった。自分が生きてきた人生感とまるで違う。自分は就職活動もろくにしてこず、学生の務めを果たさなかった。そして自分の好きなことばかりをやって生きてきた人間だった。そして確信したのだ。成功している人はみな、このような逆境を乗り越えてここまできたのだと


美大で造形をしていた楓にとって未知の世界だったレザーリペア。そしてその後も、社長は今までの経緯を楓に話し続けた。楓は社長の話をお昼休みということもわすれ、ただただ没頭して聞き入っていた


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