2.規格外の存在。
「アイルぅ! 魔法が発動しないの、助けてぇ!?」
「レナ。お前はいつになったら、魔法をまともに使えるようになるんだ」
――勇者パーティーにいた頃。
仲間の一人であり、魔法使いのレナはよく俺に泣きついてきた。
というのも、適性は魔法使いだとされたにもかかわらず、基礎の基礎すらまともに使うことができなかったから。そのため本来、治癒術師として同行した俺が、その手ほどきをすることになっていた。
「えへへ。でも、天才のアイルがいれば大丈夫だもん!」
「………………」
なにが大丈夫だというのか。
俺はレナに魔法を教えるために徹夜をし、その過程でついには上級魔法を一通り修めるに至ってしまった。その努力を無視したような発言に、思わず苛立つ。
この少女は、自分から学ぶつもりが一切ないのだ。
今になって思う。
レナの存在は間違いなく、俺が離脱を選択した一因であった、と。
◆
「すべてを凍り付かせろ――【ブライニクル】!」
キーラがそう唱えると、上空から氷の柱が降ってくる。
そして目の前の魔物を貫き氷と変えた。俺はそれを見守って、思う。
あぁ、この魔法使い普通に戦えている!! ――と。
思わず泣きだしそうになるほどに、感動した。
キーラという魔法使いは、他人の補助を必要とせずに上級魔法を使いこなしてみせたのだから。レナのアレとは、それこそ雲泥の差であった。
いいや、比べるのもキーラに悪い。
改めて俺は、自分が異常な環境にいたのだと理解した。
「どうだい、アイゼン。私の魔法は!」
「……素晴らしい。素晴らしい!」
「なにを泣いているんだ……?」
得意げな表情を浮かべていた彼女に、称賛を送る。
すると、あまりに感極まっていたのを不審がられてしまった。
俺は無意識に流れる涙を拭いながら、今後の方針について話すことにする。
「これなら、後ろは任せられるな。今後は俺が前衛として戦おう」
「……前衛?」
そう言うと、キーラはなぜか首を傾げた。
そして俺の腰にある剣を指さして、こう続ける。
「まさかキミは、魔法使いでありながら剣術もできるのかい?」――と。
その言葉に、こちらは少し考えてから。
「あぁ、実は少しばかり――」
――覚えがあって、と。
そう答えようとした、その時だった。
「……これは、少し想定外だな」
「え?」
周囲に異常な気配を感じたのは。
俺が声のトーンを下げると、キーラは驚いたように周囲を見回した。そうしてようやく、彼女も自分が置かれている状況を察する。
「そ、そんな!?」
ダンジョンの下層。
そこにおいて、魔法使いが絶対に出会いたくない存在と遭遇した。
「ダークハーピィ、だって!?」
漆黒の翼で宙を舞う、女性の姿形をした魔物。
人に対して友好的だと呼ばれる、ハーピィの反転した存在。
そして、魔法というものが一切通用しない、悪魔のような存在だった。
「囲まれている、な」
それが、俺たちの周囲に十数体。
まるで逃げ場を塞ぐようにして取り囲んでいた。
「ど、どうする。アイゼン!」
「仕方ないな、キーラは下がっていろ」
「な、こんな数を一人で相手にするというのか!?」
俺の言葉に、キーラは驚愕する。
しかし、こちらは至って冷静にこう答えるのだった。
「心配するな。俺はこれでも――」
ほんの少し、唇を舐めながら。
「剣術には、自信があるからな」――と。
◆
キーラは目を疑った。
昨日のヒュドラ戦でも、たしかに彼は剣を使っていた。それを見た。
しかし、このような桁違いの動きはあり得ない。
「な、なんなんだ。この男は……!?」
宙を縦横無尽に飛び回るダークハーピィ。
しかし一息に距離を詰めると、アイゼンはその魔物を一刀両断とする。目にも止まらない速度で、呼吸を忘れるような美しさで。
一切の無駄なく、流れるような剣技をもってして。
彼は、十数体の強敵を瞬く間に屠ってみせた。
「ふぅ……」
そして、すべてを終えた後に。
アイゼンは小さく息を吐いてから、キーラの方を肩越しに振り返った。
「大丈夫だったか、キーラ?」
口にしたのは、どうということはない、という言葉。
それを聞いた瞬間に、彼女は思ったのだ。
このアイゼンという男は、桁違いの存在だ――と。
宙に魔素の欠片が舞う。
その煌めきの中、その規格外の男は小さく笑うのだった。