似鳥凛 1
最初に盗られたのは、僕の願いだった。
よくある話だったと思うよ? だって、他の人間は何とも思ってないみたいだったから、それがふつうなんじゃないかな。
でも、僕にはとても大事だった。
ルールは守る。誰もが出来て当然で、それをみんなが良心的に守るから、回るのが社会。
僕はそう教わったし、たぶん、みんなもそれは理解してるんじゃないかな。
だってこの世界はたくさんの人がルールを守って生きてるんでしょ?
だったら、ルールを守るって大切だもん。僕だってそれはとってもよくわかる。他人が不快に思うことはやっちゃいけない。そんなの、子供でも分かるよね。
守らない人がどうなったって、誰も文句は言わないもん。
父さんも母さんも、ルールが嫌いだったみたいだけど。
ああ、でも……。
最近は気分が良いんだ。誰もが安心して、ルールを守って暮らしてる。
幸せに暮らせるのは、誰だって願う事だからね。僕だってそう。
幸せに、文句なく。ルールを守って生活する。
健全な人間が守るべきルールを守って、自分が暮らしやすい場所を作っていく。
当然のルールだよね。
いたっ……。ああ、また電車の横入りだよ。
ルールを守らないやつだな。あの人はどんな人だろうか。
ん、男の人だ。年齢は……、30代かな。暑いわけでも寒いわけでもないのにイライラしてそう。
会社員。事務員。受付。役員。それとも社長だろうか。この時間に僕にぶつかるってことは、自営業かもしれない。それとも詐欺師?
たくさんの人に愚痴りながら歩ている。ああ、一人暮らしなんだ。へぇ、他人と接点も良くないみたい。もしかして独り身なのかな。この数週間。一人も彼が喋っている人もいないし、気にかける人もいないんだ。仕事場でも煙たがられてそう。当たり前か、ルールを守ってないんだし。
あ、一人になった。こんな時間にこんな場所に行くなんて不用心だなあ。
まあ、誰だっていいか。だって、僕の幸せの邪魔をするんだもの。同じ目にあうのは当然だよね。
ああでも、良かった。
ルールを等しく守らないってことは、ルールを守られなくても文句は言えないってことだもんね。
これでまた幸せに暮らせるよ。
ね、君もそう思うでしょ?