アベルとラヴィエルの約束
宿に入ってすぐに眠りについたナオは、不思議な夢を見た。
夢の中で見た自分にそっくりな神アベル。戦場に行こうとするアベルを必死に説得する、サヨに似た神ラヴィエル。
『空白の書』をめぐってのプルートという組織との戦い。
そしてアベルの言った『アベルとラヴィエルの約束』。
この不思議な夢が物語っている事とは・・・
「おーい!起きろってば!」
ガツッ!!
「ってえなぁ!何だよサヨ!」
オレの寝ているベッドの前には、オレを殴った本人が立っている。
朝っぱらから後頭部を殴られるのは結構きつい。
「・・・あれ?ここどこ?」
今オレは見知らぬ部屋の中のベッドの上にいる。
「まだ寝ぼけてんの?宿よ、宿。ナオったら昨日、宿に入ってすぐ寝ちゃったんだよ。」
ああ、思いだした。昨日は確か、白い本を触って、この世界に来たんだ。それから、協会だとか、無限界だとか説明されたけど、いまいち理解出来なかったんだよなぁ。
サヨは軽く笑いながら、カーテンを開けた。
オレンジ色の日差しが、小さなガラス窓から入ってくる。
「ところで今何時なんだ?」
「4時よ。夕方。」
「夕方!?」
「そうだよ。あのあとずっと寝てたんだから。よっぽど疲れてたの?それとも、時差ぼけみたいなもの?」
「さあね。・・・ただ、長い夢を見たんだ。長くて不思議な夢。」
「夢?」
「ああ。どうもオレには、ただの夢には思えないんだ。それくらいリアルで、不思議な感じがした夢だったんだ。」
サヨとキーナには言った方がいいと思った。もしかしたら何か知っているかもしれない。
それに遅かれ早かれ、アベルとの約束を果たすためにも伝えなければならない。
「とりあえず食堂に行こう。そこで説明してくれない?キーナにもね。」
そういえば飯も食ってなかったんだな。あの夢があまりにも印象に残りすぎて、まだ夢の中にいるようだ。
サヨにそう言われ階段を下りていくと、すぐ食堂があった。
窓際の席にキーナは座っている。
「あら、ずいぶんと遅いお目覚めのようね。」
キーナは笑いながら言う。
何で2人とも早く起きれるのだろうか・・・。
「おかげさまで。」
それぞれ席に着き、食事が運ばれてきたところで、オレは不思議な夢について話し始めた。
「うそ・・・そんなことが・・・。」
キーナもサヨも、驚きを隠せないようだ。
話の間、ずっと黙っていたサヨが沈黙をやぶった。
「あのね・・・アタシも、似たような夢を見たの。アベルって人、やっぱりナオにそっくりで、ラヴィエルって人もアタシにそっくりだった。ラヴィエルも、協会本部にあるストーンのことを言ってた。」
サヨは他の客に邪魔にならない程度の声で驚く。
キーナは自分の朝食の盛られた皿を見つめている。
「まさか、2人が生き返ったなんて・・・。」
微かに震える唇が、確かにそう言った。
「キーナ?」
心配そうに、サヨがキーナの顔をのぞき込む。
だが、キーナはずっと下を向いたままだ。
「大丈夫か?」
「えぇ、ごめんなさい。ちょっと思いだしたの。800年前のあの日のこと・・・。」
「話してもらえる?」
キーナは、ゆっくり呼吸を整え、顔を上げた。
気のせいだろうか、キーナの目には涙が浮かんでいるようだ。
「そう、800年前のあの日。あの日は、たくさんのものが失われた日だった。」
キーナはそういうと、窓の外を見た。
オレたち2人もつられて窓の外を見る。
窓からは、昨日オレたちがいた大きな屋敷が見える。
「私もアダムたちと同じで、800年前あの屋敷にいた。」
「800年前?」
「800年前、ここは神の世界だった。といっても、神だけではなく、人間に似た住人たちもいた。その住人たちはクロム族といって、姿形は人間と似ているけど、不死だというところが違っていた。だからって神とも違い、不思議な力を使えるものは、神から許されたものだけだった。私たち協会の人間は、みんな力を使えるクロム族なの。」
不死という言葉が気にかかった。神もクロムも不死なのに、なぜアベルは死んだのだろうか。力を失うというのは、不死という事実を覆すほどの事なのだろうか。
「あなた達が見た夢は、800年前にあった本当のこと。そしてあの日、アベルとラヴィエルは死んでしまった。」
「ラヴィエルまで・・・?」
「力を失えば神は死ぬ。それはあなた達も知っているのよね。」
「ええ。」
「ここ神界クリスティアと、冥界からきたプルートという集団は、空白の書をめぐって、100年間にわたって戦争を続けてきていた。」
「100年も・・・。」
「そしてあの日、もっともやりたくない作戦を、アベルは実行してしまった。それは、神の力を大量につかってしまう作戦だった。」
それって、夢の中でアベルが言っていた事だろうか・・・。
「プルートを冥界に封印し、それも何百年も続けることは、神ですら命がけでやらなければならないくらい、危険な事。ましてや、無限界を作ったばかりのアベルには力が残っていなかったから、封印をすることは死ぬのも同然。」
「でも、それをアベルはやったのね?」
「アベルだけではなく、ラヴィエルもよ。」
「えぇっ!?」
ラヴィエルはあの時、屋敷に残ったんじゃなかったのか?それに、もしついて行ったとしても、アベルが止めただろう。
「アベル1人では、封印はできなかったの。だから、ラヴィエルに力を借りるしかなかったわ。アベルはだめだと言ったけど、ラヴィエルは力を失ってもかまわないと行ったの。」
「それで2人とも・・・。」
封印をできる神は2人しかいなかったのだろうか。他に手段は無かったのだろうか。
どんなに悔やんだとしても、過ぎた事を変えることは出来ない。
「死ぬ前2人とも約束をした。必ずまたこの世界で再会するって、屋敷でね。」
「それが、アベルが言っていた『アベルとラヴィエルの約束』なのか?」
「そういうことよ。」
気がつけば、すっかり暗くなっていた。
食堂には、オレたち以外には誰もいない。
他の客は部屋に帰ってしまったのだろうか。
すっかり空っぽになった部屋を見回しながら、キーナは問う。
「あなた達の世界に、不思議な現象がおこるところは無いかしら?」
「不思議な現象だって?」
「あっそういえば、樹海があるよね?」
「あぁ。あの有名な心霊スポットの。」
不思議な現象が起こるところなんて、数え切れないくらいある。
その中でも有名なのが、樹海である。
「私たちの世界にも、静寂の森というところがあって、それぞれの世界でのそういう所は、800年前の封印の影響により、時間が止まってしまった場所よ。」
「時間が止ってる場所?」
「ええ。封印の時、プルートも力を使ったため、大きな力がぶつかり合った。その衝撃で、世界の一部に何らかの影響が出てしまったの。そしてそこには、神と協会の者と、守護者しか入ることを許されないのよ。そして、その静寂の森には協会本部があるわ。」
「なら、そこへ行けばいいんだな?」
「ええ。」
そういうと、キーナは1本のペンを取りだし、空中に四角の枠を書いた。
すると、その光の枠は1枚の地図となって、テーブルの上にヒラリと落ちた。
地図には、『神界クリスティア』と書いてあった。
「私たちが今いるのは、シュロル村で、静寂の森までは5日かかるわ。」
「そうとなったら、明日から出発ね。」
「ああ。そうしよう。」
「それじゃあ今日はもう休みましょう。」
それからオレたちは、それぞれの部屋に入った。
けれどオレは当然寝ることが出来なくて、ベランダから夜空を見ていた。
人間界とは違い、月がすごく近くに見える。
人間界か・・・。
つい昨日までふつうに生活していたことが、嘘のように思えてくる。
こうなることがまるで運命だったかのように、時間は当たり前に過ぎていく。
元の世界には戻れないのだろうか。
もしかしたら、あのトビラを通れば戻れるかもしれない。
明日キーナに聞いてみるか・・・。
フウッっとため息をついた。
「眠れないの?」
「うわっ!」
「どうしたの?」
考え事をしていた分、余計に驚いた。
隣のベランダでも同じように、キーナが星を見ている。
「なあ。オレたち、トビラを使って元の世界に帰れないのか?」
「それね、ナオが寝てる間に、サヨと確かめに行ったの。でも、トビラが通してくれなかったのよ。」
「通してくれなかった?」
「ええ。通路をどれだけ進んでも、屋敷の所のトビラにしか出て来れないの。」
「まだ、こっちの世界でやることがあるっていう事か・・・。」
「きっと何か方法があるはずよ。」
「ああ。そうだな。」
それからは、それぞれ部屋に戻り、眠りについた。