儚い銀
書のある部屋へと急ぐキーナを止めるのは、一人の幼い少年だった。少年は深青の衣に身を包み、恐ろしい微笑みを浮かべていた。
そんな中、ナオたちの前に立ちはだかるのは…
「あんた何者なの!?」
見る限りは、自分よりも幼い少年。
キーナの問いに、少年は静かに微笑む。
「誰って・・・見て分からない?深青のマント。お姉ちゃんなら分かるでしょう?」
やはりプルートか・・・。
一度剣を離し、間合いを取る。
剣を構えてはみるものの、微塵の隙も見せてはくれない。
少年の覇気は、深く濃い青と紫が混じり合っていて、大きさもかなりのものだ。
すぐには書のもとへは行けないな・・・。
「僕はシエル。ちょうどヒマしてたんだ。だから遊ぼうよ、オネエチャン?」
「あれ?キーナは?」
そういえば、キーナの姿は見あたらない。
キーナなら真っ先にここに来ると思ってたんだけどな。
「とりあえず行こう。書の安全を確保するのが先!」
アリーの言葉で、止まっていたオレたちの歩みは、また始まった。
キーナのことも心配だが、今はアリーの言うとおり書の方を優先させなければいけない。
再び階段を上り始めたオレたちだったが、部屋の前についたところで止まることになる。
「おや、お客さんですカ?」
「誰っ!?」
書の置いてある部屋の前、揺れる影が1つだけ。
その影は深く、青い色をしている。
ゆらりと揺れ、オレたちの方へ少しだけ影は近づく。
「見たことのない顔ですねエ。それにそこの2人は・・・珍しいですネ、人間なんて。」
そういいながら、その影はかぶっていたフードを取る。
「あっ・・・あんたは!」
アリーはその青年の顔を見て叫んだ。
フードの下から現れたのは、銀髪に銀目で眼鏡をかけた青年だった。
「あなた知ってるんですカ?私のコト。」
「忘れるわけない!あんたが・・・あんたが全て奪ったんだ!何もかも全部っ!」
星呪文無しに、アリーの覇気が爆発的にふくれあがった。
力を暴走させているというのが一目で分かる。
「落ち着けよアリー!!」
「でもっ!」
「レニの死を無駄にするのか?」
静かだが力強い問いに、アリーは黙り込む。
「レニって・・・?」
「アリーの・・・妹だ」
それはまだ、ギルとアリーが10歳の頃。
両親のいないギルと、流行病で両親を亡くしたアリーは、小さな村にある孤児院で生活をしていた。
そこには、アリーの2つ下の妹、レニ=マーティンも暮らしていた。
貧しいながらにも、楽しく幸せに暮らしていた。
院長先生はとても優しかった。孤児院のみんなの、存在自体が温かかった。幸せだった。
けれど、幸せは永遠では無かった。
当時、あちこちであっていた『村消し』という事件。
ギルやアリーたちの孤児院も、その被害にあった。
その事件を起こしていた集団の長。まだ幼い少年の顔を、ギルとアリーは今でもはっきりと覚えている。
「レニ!逃げてぇ!!」
「お姉ちゃん!」
幼い2人の少女の悲鳴が響き渡る。
街に買い出しに行っていたギルは、目の前に広がる光景が信じられなかった。
真っ赤な炎に包まれた、孤児院のようなもの。建物が崩れる音。泣き叫ぶ人々。もう動かなくなった人の姿。
「お姉ちゃん!!」
レニの悲鳴で我に返る。
思った異常にレニは近くにいた。レニの見つめる先には、炎に包まれた孤児院。
ギルは急いでレニの元へ駆け寄る。
「レニ!アリー・・・アリーは!?」
ギルの問いに、レニはすっと手を出し、孤児院を指す。その指は震えている。
「あ・・・あそこ・・・」
「そんな・・・」
人がいるのかも分からない位に燃える孤児院。その中にアリーが・・・?
「レニ・・・ここにいるんだ!」
井戸の水をかぶり、ギルは孤児院の中に飛び込んだ。
「アリー!アマリアー!!」
「・・・ギ・・・ル?」
「あっ!」
入ってすぐの所にアリーはいた。
「アリー、怪我は?」
「あ・・・足が」
アリーの足は血に染まっていた。
「とりあえず出よう。村に行こう」
そう言ってギルはアリーを背負う。
「もう・・・いない」
歩き出そうとしていたギルの足は、アリーのか細い声で止まる。
「みんな殺された。男の子に。・・・だから孤児院の奥にレニと隠れてたの」
「何だって!」
やばい!レニはまだあそこに・・・。
ギルはレニの方を見る。
レニは木の下に座って、こちらを見ている。
「急ごう」
呼吸が荒くなってきたアリーを背負い直し、ギルはレニのもとへと向かう。
もしその男の子がいるのなら、急がなければ・・・。
思った以上に足は思い。煙のせいか目がかすむ。
やっと孤児院から抜け出したギルは、その場に倒れ込んだ。
「レニ・・・?」
顔を上げてレニを見た。
が、遅かった。
「え・・・?」
動かないレニ。握った手は冷たい。揺すっても動かない。
「いや・・・いや・・・」
振り返ると、アリーは何かを見上げながら、後ずさりをしている。
アリーの視線を追って見る。
「お前は・・・」
血に染まったローブを脱ぎ、少年の顔が炎に照らし出された。
それは、真っ赤な世界には眩しすぎるほどの銀。
微笑む少年の顔は、あまりにも恐ろしすぎた。
逃げなければいけない。分かっているけれど、体は止まっている。少年の目線だけで動かなくなった。
「ギルバート=ヘイリーにアマリア=マーティンですね?」
「なんで?」
「君たちはいずれ私にとって必要な存在になる。逃がしてあげましょう」
瞬間、ギルの体は呪縛が解けたように動き出した。
ギルはすぐに、抵抗するアリーを抱え上げ、その場から走り出した。
「待って・・・レニ、レニが!」
「アリー、・・・レニは・・・レニはもう死んでた!」
「そんな・・・嘘よ、嘘!」
「アリー!」
その言葉で、アリーは抵抗をやめた。
少し離れた森の中。2人は倒れ込んだ。
これからどうすればいいんだ?全部失ってしまった。何もかも全て。
何か出来なかったのか?もう少し警戒することは出来なかったのか?街から協会の人を呼んで、守ってもらうことは出来なかったのか?
もっと強ければ・・・力があれば・・・
後悔ばかりが、馬鹿みたいに押し上げてくる。
涙すら出ない。
それは悲しすぎるのではなく、現実を理解できないせいだと思う。
ふと、小さな震えに気付く。
震える方を見ると、アリーがギルにしがみついていた。
アリーは声を押し殺して泣いていた。
ギルは何も言わず、服を破ってアリーの足の傷口に巻く。
方をさすってやっても、震えは治まらない。
「泣いていいんだ、アリー。泣いていいんだよ」
「う・・・うわぁぁん!!」
炎は朝に近づくにつれ、次第に弱まり、やがて消えた。
朝が来た村は、何もなかった。
その日、地図から村の名前が消えた。