片翼の黒いツバサ
ついに動き出すプルートたち。
そしてシャマールの口から明かされた『人間が不死でない理由』。
何故人間は死ぬのか。何故人間界だけがストーンを持たないのかが明かされた今、ナオの運命はもっと残酷な、哀れなものになっていく。
シャマールの右手の甲には・・・。
「これは・・・刺青?」
右手の甲には真っ黒な羽が書いてある。
「この刺青は、歪みのトビラから抜け出した証。莫大な力と魔力を与えてくれるのだ。」
「じゃあシャマールは・・・。」
シャマールは右手に手袋をはめ、またサンドイッチを食べ始めた。
オレも少し冷めたスープの皿を手に取る。
「私は幼い頃、王城の庭に現れた歪みのトビラに入ってしまった事があった。」
まだほんのり暖かいスープが喉を通っていくのが分かる。
気付いたら、レストランに残っている客は少なくなっている。
シャマールはサンドイッチを食べ終え、コーヒーを手に取った。
「歪みのトビラの中は、普段私が暮らしている王城と何ら変わりない所だった。」
「え?」
「だがそこには誰もいない。私1人だった。怖くなった私は、王城の中を探し回った。誰か居ないか、何か変えるための手がかりはないか。そして私の部屋にたどり着いたとき、そこで出会ったのだ。歪んだ空間の主に。」
シャマールは、コーヒーに映った自分の顔を見て、哀しく笑った。
「そいつは・・・私の姿をしていた。だが背中には黒い翼が片方だけあった。」
「片方だけ?」
「ああ。私はそいつに頼まれたのだ。もう片方の翼を捜して欲しいと。」
「あなたは誰?」
「ワタシはワタシよ。名前なんて無い。」
黒い翼を持った少女は答える。
「どうして名前がないの?」
「ワタシはアナタを映す『鏡』だから。本当の姿はダレも知らないわ。」
少女は窓の外の景色を見つめながら答えた。
だがすぐにシャマールの方を向き、片方だけの翼を撫でながらシャマールに問いかける。
「アナタに頼み事があるの。聞いてくれる?」
「ええ。」
「ワタシのもう片方の翼を探して欲しいの。そのためには、向こうの世界で黒い羽をたくさん集めなくちゃいけないわ。」
そういうと少女はすっと立ち上がり、落ちていた黒い羽を拾い上げた。
「そうすればワタシはここから出られる。自由になれるわ。」
拾い上げた羽を、シャマールの右手にのせて握りしめる。
「待っているわ。リベラ。」
「どうして私の名前を!?」
くすっと笑い、少女は片方だけの翼でシャマールを包み込んだ。
「ワタシはアナタを映す『鏡』。アナタのことなら分かる。アナタがリベラという名前を嫌っていることも、シャマールという偽名を使っていることもね。」
黒い翼が徐々に2人を包んでいく。
しばらくすると、周りの景色が見えなくなるくらいに翼に覆われた。
「ねえ、あなたのことリベラって呼んでもいい?」
シャマールは静かに目を閉じてから、少女に問いかけた。
「どうして?リベラはアナタでしょう?」
少女は変わらず微笑みながら問う。
「いいえ。私はリベラではなくシャマールよ。リベラって言う名前はあなたにあげる。」
この少女は、私ではないワタシ。私には無いワタシを持っている。
「あなたは私で、私はあなた。それでいいじゃない?」
くすっとリベラが笑う。それにつられてシャマールも笑う。
「この羽あげるわ。アナタがワタシである証。」
「羽?」
シャマールの右手にある黒い羽を見つめた。
「また会えるといいわね。シャマール。」
「そのあとどうなったかは分からない。だが気が付いたら元の王城に戻っていた。私が歪みのトビラに入ってから一週間が経っていたそうだ。そして右手にはこの刺青が残っていたのだ。」
「そんなことが・・・。」
それがシャマールの強さの真相なのだろうか。
怒りで狂ったように暴れ出したキーナを、シャマールはたった一仰ぎで押さえ込んだ。
その黒い羽の刺青は、一体どれほどの力を持っているのだろうか。
シャマールの全力を見たことのないオレには分からないことだ。
「さあ、もう行きましょう。昼の訓練が始まるわ。」
言葉遣いが丁寧になったシャマールにせかされて、急いでギルバートを迎えに行った。
「アリー、早く行こう!」
「待ってよ。」
昼食を食べ終わったサヨとアマリアは、武術錬成区にある闘技場へ向かった。
2階へ向かう間、いろんな部屋から武器の弾き合う音などが聞こえた。
入り口の前に立ったとき、見覚えのある人物が居ることに気が付いた。
その人物は、開いたままの扉の前に立って闘技場の中を見ている。
「シャマールさん!」
サヨとアマリアは急いでシャマールの元へ駆け寄った。
「やっと来たわね2人とも。すぐに始まるわよ。」
「ええっ!?」
2人は急いで闘技場の中へ入った。
もうすでにナオとギルバートは闘技場の真ん中で構えている。
「遅いぜ?お嬢さんたち。」
「うっさいギル!」
アマリアの鋭い目線をギルバートは軽く受け流す。
「まっ、お嬢さんたちが来たからにはカッコワルイ所見せられないでしょ。」
「それはオレも同じ。」
ギルバートはツインライフルを、オレはルビーブレイドを構える。
それとほぼ同時に、開始のブザーが鳴り響く。
「手加減しねえから。」
「望むところ!」
ナオは大剣を下段に構える。
「はあっ!」
目の前にいるギルバートに向かって下段から上段へ斬る。
だが大剣はギルバートには当たらず空を切った。
「まだ甘い。」
飛び上がっていたギルバートは、天井付近の壁を蹴って素早くオレの後ろに回り込んだ。
ガガガガガガッ!
構えた拳銃で容赦なくナオの背を撃つ。
だがすぐにギルはその場から飛び退いた。
「お前、いつの間に・・・?」
オレの背中には傷どころか砂埃1つ付いていない。
「オレだって遊んでたわけじゃない。」
オレが使った技は、プロテクトキューブの変化系技『結界変形』という技だ。
プロテクトキューブ1枚を薄い板状の物にし、何枚も重ねることで結界の強度を増すという技だ。
念のため体にも一枚張ってあるが、それだけでは持たないのが現状である。
そこで、ここ2、3日の間、夜キーナに教えてもらっていたのだ。
「らあっ!」
大剣を横に振って、ギルバートを投げ飛ばす。
飛ばされたギルバートは、何とか体制を立て直し、少し離れたところに着地した。
「っと、危ねぇな!」
そう言うとギルバートは素早く拳銃をしまい、星呪文を唱えた。
「時には命を与え、時には命を奪う水。蒼き波を操りしは青玉の力。」
それと共に、ギルバートの星剣は形を変えて現れた。
遠距離系砲。それがギルバートの星剣のもう一つの姿。
「やっかいな・・・。」
近距離系のオレにとっては、ギルバートのバズーカは苦手なタイプだ。
「だったらオレも・・・。」
まだやったことはないが、試すなら今だろう。
「燃え上がる炎は絶えることなく。紅き炎を操りしは紅玉の力。」
星呪文を唱えるのと同時に、オレの大剣が形を変える。
「これは・・・?」
1本だった剣が2本になった。
さっきまでの大剣とは違い、刀身はオレの腕の長さしかない。やはりルビーがはめ込まれていて、白銀の刃をしている。
「これで五分五分だな。」
「もちろん。」
ギルバートがにやりと笑った。
「行くぜ!」
ズガンッ!ズガンッ!
ギルバートはいきなり地面に向けて打ち出した。
「うわっ!」
おそらくオレを狙っているのではない。ただ闘技場内の地面に向かってバズーカを打つ。
打たれたところからは土煙が舞い上がる。
「・・・まさか!」
気付いたときにはもう遅かった。
オレの周り・・・いや、闘技場全体が土煙で覆われている。
自分のすぐ近く以外は何も見えない。
「ヘイリー家秘術、超視力。」
どこかは分からないけれど、どこからかギルバートの声がする。
「くそっ!どこに・・・。」
土煙は晴れることはない。
星呪文を唱えていても、覇気がつかめない。
「カウントダウン開始!10・・・9・・・8・・・。」
ギルバートが楽しそうな声で試合終了までのカウントダウンを開始する。
「3・・・2・・・1・・・。時間だ。」
後ろだ・・・!
気付いた時にはもう遅かった。オレの背中には銃口があった。
「まいった。」
キューブアートが間に合わない。完璧に負けだ。
「はい、掃除確定!」
そこで試合終了のブザーが鳴り響いた。