禍罪の童子と願いの宝箱
協会区の中で迷ってしまったナオは、近くにあった吹き抜けでシャマールがキリクという青年と話しているところに出くわしてしまった。
キリクという青年の口からは『陛下』という言葉が・・・
シャマールが語り出す自らの正体。
そして少しずつ明らかになっていく、人間が不死ではない理由。
カツン・・・カツン・・・。
真っ暗な通路に、足音が響く。
所々にロウソクがあるが、どれも消えそうなくらいに短くなっている。
「ふん、相変わらずボロいな。」
「仕方ないデショ?こういうトコしか残ってないんだカラ。」
ブツブツと文句を言う大男を、細身な青年がなだめる。
2人は深青のローブに身を包んでいる。
顔の上半分は、模様のない真っ黒な仮面で隠されている。
2人の歩く通路の先には、赤い扉があった。
細身の青年が扉を開けると、薄汚れた通路からは想像できないくらい綺麗な空間が広がっていた。
綺麗で豪華に飾られている部屋のソファーには、深青のローブをまとっている人が3人座っていた。
「あっロディー!おかえりぃ!」
ソファーに座っている3人の内2人はまだ幼い子供だ。
もう1人は20歳ぐらいの女性だ。
2人の子供の内の1人が、細身な青年に飛びついた。
「ただいま、キティ。」
ロディーという細身の青年は、飛びついてきた幼い少女をキティと呼んだ。
「あのね、ロディー。シエルが意地悪ばっかりしてくるのよ。ひどいわ。シェナにはしないのよ?」
キティはロディーのローブを掴んだまま、シエルという少年を睨みつける。
しかし少年は、キティの目線を無視してクスクス笑っている。
「だって、キティをいじるの楽しいんだもん。」
その様子を、ソファーに座ったまま心配そうに女性は見ている。
その女性にロディーは問いかける。
「シェナさん?ケンカしないように見ていてって・・・僕言いましたよネ?」
少し怒っているが、あくまでもいつも通りの笑顔でシェナに問いかける。
「はっ、はいぃ!すいませんっ!」
「ま、いいですけどネ。」
ロディーの言葉に、シェナは小さく安堵のため息をつく。
ロディーさんは怒らせると怖いからなぁ・・・。
そう思いながらロディーの方を向くと、見慣れない人がいるのに気がついた。
「ロディーさん。この方は?」
シェナは扉の近くにいる大男を見ながらロディーに問う。
「ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたネェ。」
ロディーは、シエルにからかわれて涙目になっているキティを宥めながら言った。
「では改めて。僕はロディアス=マリエルと申しマス。『プルート』に入ってからは500年目デス。ロディーと呼んでくださいネ。」
ロディーは、部屋にいる全員に軽く会釈をしながら言う。
「こちらの方ワ、ヴォルディア=バルマスさん。この前冥界から来たばっかりの人デス。ディアと呼んであげてくださいネ。」
「よろしく・・・お願いします。」
シェナがディアにそう言うと、ディアは少し頷いたように見えた。
「私はシナトラ=エティアスといいます。『プルート』に入ってからは300年目です。シェナと呼んでください。」
ロディーに習って、シェナも軽く会釈をする。
「こちらの2人は、キャッティー=ルイスとシエル=フォーチュンといいます。」
シェナが2人を見ながら、ディアに紹介した。
「・・・シエルです。」
シエルはディアをじっと見つめながら呟いた。
キティは涙を拭ってから言う。
「キティって呼んでね。」
その言葉に少し頬をゆるめたディアにつられて、シェナも頬をゆるめた。
「さてさて、今日集まってもらったのは、我が主の下した命令のためデス。」
ロディーはシエルの横に腰掛けてから言った。
「命令って言うのは?」
ディアが言うと、ロディーは少し困ったように答えた。
「それがですネェ・・・『なるべく話し合いだけで書を奪ってこい』って言ったんですヨ?『どうしてもダメなら力ずく』でのことですが、どうしマス?」
「まあ、話し合いでは無理だろう。」
全員がディアの言葉に頷く。
全員ディアの意見に賛成のようだ。
「で、それはいつするの?」
キティをいじりながらシエルが聞いた。
「今夜・・・ですヨ。」
ロディーは怪しく微笑んだ。
「あの、お金は・・・。」
「いいのよ。お金なんて腐るほど余ってるし、ちょっとぐらい協会の資金を使ってもばれないわよ。」
シャマールは手をひらひらと振りながら、笑って言った。
ここはレストランの中にある、1番カウンターに近い席だ。
4人ごとに区切ってある空間には、オレとシャマールしかいない。
「それで、話さなきゃいけない事って?」
「まあ、まずは私の正体からでしょう?」
周りに聞こえないように、声を潜めてシャマールは話し出した。
「さっきナオが聞いていたとおり、私はこの国の女王、リベラ=テラ=アングレイ。普段は王城から抜け出して、シャマールとして生活しているわ。」
「女王・・・だって?」
少しだけ叫んでしまったが、途中で気付き声を小さくする。
「そのことはどうでもいいんだ。もう1つ言っていないことがある。」
・・・ん?また言葉遣いが変わった。
「あの、シャ・・・じゃなくて・・・。」
「シャマールでいい。」
「シャマール。時々言葉遣いが変わってる気がするのはオレの気のせいですか?」
「何だ、そのことか。」
シャマールは軽く笑って言った。
「元々はこういう話し方なのだが・・・私は、幼い頃から王城の女兵士たちに憧れ、言葉遣いまで真似するようになっていたのだ。普通王族は敬語を使うようしつけられるのだが、私だけは違っていた。」
違っていた・・・?
そう言ったシャマールは少し寂しげな目をしていた。
「違っていたって・・・?」
「それはまだ秘密だ。」
「えぇ?」
「覇気が見えるようになれば分かることだ。」
ククッと笑いながらシャマールは言った。
「話を戻すが、言っていない事というのは・・・。」
シャマールは一瞬黙り込んだが、すぐにまた話し出す。
「何故人間が不死じゃないか、だ。」
確かに・・・。
そこはオレも聞こうと思っていたことだ。
神界クリスティアや冥界の人は皆不死だ。だがそれは完全な不死ではない。他界の者には殺すことが出来るという決まり事があるからだ。
無限界は全て、クリスティアを基準にして創ってある。不死でないことは有り得ないはず。
じゃあ何故人間は・・・?
「空白の書をめぐった戦いは、今から800年前だ。空白の書や無限界が創られたのは、それよりももっと昔だと言われている。今から言う話は、私が実際に見たことではないが、限りなく真実に近い言い伝えだと、王家では言われている。」
「貴方はどうしてそこまで望むの?」
膝の辺りまである長い赤髪を揺らしながら、小さな少女は『ニンゲン』という生物に問う。
「私は・・・気付いてしまったのだ。不死と言うことがどれだけ哀しいことかを。」
その男は呟くように、だがしっかりとした声で言った。
「この世界を不死じゃなくするなんて、大変な事よ。それなりの代価が必要となるの。」
仕方がない。仕方がないことなんだ・・・。
男は何度も何度も、自分に言い聞かせるように心の中でそう言い続ける。
「貴方は私に何をくれるの?」
今はこの少女の愛らしい微笑みですら恐怖に感じる。
男と少女は今、この世界を見渡せる程高い塔の上にいる。
男は振り返り、世界を見回した。
「・・・この世界の人間を。」
そう言いながら、男は拳を強く握りしめた。
「貴方は酷いわ。きっと誰よりも残酷で冷徹で、どこまでも情というものに無関心なのね。」
仕方がないんだ。
不死というのは、他から見れば聞こえはいいのかもしれないが、逆に言うと『不幸』からの逃げ道を消し去ることになる。
終わり、そして新しく生まれ変わることの出来ない・・・哀れな種族。
「さあ箱を開けて。」
少女は変わらず微笑みながら、男の前に箱を差し出す。
「これが・・・。」
願いの宝箱。代価を捧げれば、いかなる願いも叶う箱。
そしてこの少女は・・・禍罪の童子。
確かな人格と容姿を持ち、様々な言葉で箱の使用者を惑わす、箱に付く魂。
「さあ早く!さあ!」
少女にせかされて、男は箱を開けた。
瞬間、世界からニンゲンが消えた。男を残したまま。
さらに建物や木、海や空までもが・・・。
全て、無に変わった。
男がいた塔も消えてしまった。だが、男は浮いている。塔があった場所に浮いている。
そして少女も・・・。
ただ真っ白な世界。
どこからが空だったのか。どこからが陸だったのかも、今では分からない。
「ふふっ、綺麗ね。とっても素敵。」
「こんな・・・。」
男は力無く呟いた。
ただ不死という事実を消し去りたかっただけなのに・・・なのに・・・。
「どうして・・・。」
こんなこと、望んではいない。望むわけがない。
「さあ、新しいのを創らなきゃ。」
クスクスッと笑い、少女はふわりと舞った。
「ここが地面ね。ここは空。星と月も置いて、海も創らなきゃ。それから・・・」
少女が言うと同時に、世界が色づいていく。
「さあ、完成よ。」
少女の手によって作り直された世界には、ニンゲンが作った者が1つもない。
あるのは森林と海や川、湖に草原。何処にでも見るような『自然』だけ。
「こんなこと・・・。」
声を振り絞って呟いた。自分では出したつもりでも、なかなか声にはならない。
出来上がった世界の上で、少女は楽しそうに踊る。
男はただ呆然とする。
目の前にある事実を信じられない。何が起こったと言うんだ?
「これは貴方が望んだことでしょう?」
「違う!私は・・・私はっ!」
「あら?残念。そう言えば貴方はまだ不死のままだったわね。」
そういえば・・・。自分が不死になってないではないか。
それでも・・・。
「私はどうでもいいんだ。それより・・・。」
「どうでも良くないわ。不死ならばここにはいられないから。」
その瞬間、黒い無数の腕が男を掴んだ。
「なっ・・・!?」
男の足下に大きな黒い穴が開いていた。
黒い腕は、男を穴の中へ引きずり込もうとする。
「不死ならばここには居れないわ。」
「やめろ・・・やめろ・・・。」
男の叫びは少女に届くことはない。少女はただ微笑み、男を見ている。
が、すっと少女の微笑みが消え、興味のない物を見るような目で男を見た。
「貴方のやったことは誰にも変えられないわ。それでも貴方は間違っていた。考え方じゃなく方法をよ。」
「まさか・・・歪みのトビラに!?」
少女の顔に再び笑みが戻った。
「歪んだ空間の中で悔いなさい。己の犯した禍罪を身も心も記憶も新しくなり、違うニンゲンとして生きれる日まで。」
黒い歪んだ闇に引きずり込まれる。
そこで男の意識は途絶えた。
「そこで人間界は生まれ変わった。パンドラは人間界から、『魔力』『不死』『トビラ』を奪い去った。今人間界に生息している動物は魔力を失ったモンスターの末裔。人も動物も植物も、全てが魔力と不死を失ったから、今の人間界がある。」
運ばれてきたサンドイッチを頬張りながら、シャマールは話した。
ならばその男が、昔の人間界を滅ぼし、今の人間界を創った存在ということなのか?
それともその存在はパンドラという少女なのか?
「私たちとて深いことは分からない。だが今はその男を探している。私たち協会が欲している物を、彼が持っている可能性があるからだ。」
協会が・・・欲している物?
「欲している物?それはどういう物ですか?」
シャマールは食べかけのサンドイッチを皿に置いて、右手を差し出し手袋を取った。
「これだ。」