狂獣を狩りし者
いよいよ始まった部隊内対抗戦。
第一試合目は光の守護者サヨと、森の守護者アマリア。
星呪文を唱えたアマリアの前に、サヨは手も足も出ず勝敗はついた。
次はいよいよ炎の守護者ナオと、水の守護者ギルバートだが・・・。
「よし、俺たちも行くか!」
ギルバートの声で、オレは闘技場の真ん中へと歩いていった。
お互いに2メートル程距離を取ったところで、それぞれ星剣を復元した。
「メモリー01、ルビーブレイド。」
大きな白銀の大剣。柄の部分にルビーがはめられているルビーブレイド、オレの星剣。
闘技場のライトの光が反射し、オレの目を突く。
「近距離型ねぇ・・・。ルビーがはめられてるって事は、炎神セウスの直系子孫ってとこか?・・・なるほど。俺の方がちょっと有利かな?」
ギルバートがルビーブレイドを見ながらにやりと笑い、自分の星剣を復元させる。
「メモリー01、二丁拳銃」
現れたのは、深い藍色をした2つの銃。
「俺はモンスターとの戦闘以外では、極力弾丸を使わないようにしてる。代わりに使うのは・・・。」
そのとき、闘技場内に呼び出しのアナウンスが響いた。
「連絡します。第八番部隊のギルバート=ヘイリー君。至急、任務報告窓口まで来てください。」
若い女の人の声が響く。
試合開始目前だったオレたちは一時構えを解き、アナウンスを聴いた。
「ギルバート、何かしでかしたの?」
キーナの少々怒り気味の問いかけにあっさりと答える。
「・・・知らね。」
キーナの疲れ切ったため息には耳を傾けず、そのままギルバートはアナウンスを聴く。
「繰り返し連絡します。・・・えっ?駄目ですそんなこと!迷惑です・・・あっ!」
誰かが女性からマイクを奪い取ったようだ。
「ギルバートっ!アンタまた依頼報告書出してないわね!狩猟者としての役目をわすれたの!?今すぐ持ってきなさいっ!」
振動が伝わって来るほどの大きな声で、マイクを奪い取った女性は叫んだ。
「うわぁやべえ!またカロ姉を怒らしちまった!」
そう言うとギルバートはあわてて、闘技場から飛び出していった。
「やれやれ・・・。」
キーナは首を振りながら呟く。
オレは武器を戻し、キーナたちの元へといった。
「あれ?シャマールは?」
さっきまでいたはずのシャマールの姿がなかった。
「仕事だそうよ。」
答えたのはキーナではなく、アマリアだった。
「この調子じゃ当分ギルバートも帰ってこないだろうし、午前中の残りは部隊について説明しましょうか。みんな隊長室に行くわよ。」
そう言うとキーナは闘技場の外へと出た。オレたちもキーナについて外に出る。
そのまま塔から出て、オレたちの部屋がある住居区へと向かった。
まだ迷いはするが、だいぶ慣れた気がする。
この協会本部には、主にハンターへの依頼や仕事、魔ばらいの儀式などをするための協会区、オレたちの部屋や各部隊の隊長室がある住居区。それにアリーナや闘技場がある武術錬成区がある。
オレたちは今、住居区にある第八番部隊の隊長室へ続く通路を歩いている。
ここは協会区ではないため、忙しく動き回る協会の職員の人たちはいない。他のハンターの人たちは訓練中なのだろう。ほとんどの人は武術錬成区にいるようだ。
「なあキーナ。さっきの放送してた人、誰なんだ?」
「あれはカロールよ。ほら、ここに来たばかりの時いたでしょ?シャマールの部屋に。」
キーナにそう言われてやっと思いだした。
あの日アベルとラヴィエルのストーンを持ってきた人だ。
腰まである長い茶色の髪を縦に巻いている綺麗な女性だった。
「カロールは狩猟者全体の責任者なの。」
「狩猟者?」
話をしているオレとキーナを残し、サヨとアマリアはずいぶん先まで行っていた。
「ハンターのこと。一般的には狩猟者と呼ぶの。まあここから先は中で話すわ。」
話をしているうちに、隊長室がある建物に着いた。サヨたちは先に中に入っていた。
中に入り、一階にある第八番部隊と書かれたプレートが下がっている部屋に入る。
オレたちの部屋よりは少し狭いが、それなりに使いやすい部屋だ。
部屋の左右には窓があり、右の窓の近くには隊長の席らしい広い机と椅子が置いてある。
部屋の中央には、長机が1つとそれを囲むようにソファーが置いてある。
オレはサヨとアマリアと向かい合った形で座った。
「ギルバートには後から説明するわ。まずは部隊対抗戦の事についてよ。」
キーナは机にあったいくつかの資料をもってきた。
「部隊対抗戦は1日に1試合。場所は武術錬成区にあるアリーナよ。私たちは2日目に三番部隊と対戦よ。」
そう言ってキーナは机の上に対戦表を置いた。
「試合内容は簡単よ。アリーナ全体を使って戦うの。自分たち側の隊長が倒れると負け。逆に相手側の隊長を倒すと勝ちよ。」
対戦表には、対戦相手と日時、それぞれの隊の隊長名と隊員名が書いてある。
「部隊対抗戦については以上よ。まあ、やってみればわかるわよ。」
大丈夫かな?確かにキーナは強いと思う。けれどキーナ以上に強い人が居ないなんて考えられない。
「はーい。質問。」
「何?サヨ。」
サヨが手を挙げて質問する。
「ある程度はわかったけど、さっきギルが呼ばれたとき、カロールさんが言ったよね?狩猟者としての役目を忘れたのかって。それって何なの?」
確かにそれはオレも疑問に思っていた所だった。依頼報告書を出していないって言っていたけど、それも関係があるのだろうか。
アマリアはじっと対戦表を見つめている。
「狩猟者には、狂獣という狂ったモンスターを退治してほしい、旅の護衛や荷物の輸送をしてほしい、事件を解決してほしいなどの依頼がくるのよ。その依頼を解決した事を依頼主に報告するのに必要なのが、依頼報告書なの。それを出さないと報酬がもらえないし、出すのが遅くなると評判が落ちてしまう。」
つまり、依頼を解決したとしても報告しないなら金にはならないし、評判も悪くなる。評判が良いほど、より多くのやりがいのある依頼が来るってことか。
「それをギルはやってなかったんだな?」
「ええ、いつもの事よ。」
オレの言葉にキーナはため息をついて言った。
いつもの事とは言っていても、すごく疲れた顔をしている。
「だからカロールがあんなふうに怒鳴るのもいつもの事よ。」
・・・協会もずいぶんと騒がしいもんだな。
「・・・大変そうね。」
サヨもため息をこぼした。
「ああ、それと・・・。」
キーナは何か思いだし、対戦表の下にあった写真付きの資料を取り出した。
資料にある写真には、深い藍色をしたマントに身を包み、同じ色のフードをかぶり、鼻より上を仮面で隠した人が数人写っている。
「これは・・・?」
「プルートよ。」
そう言ったキーナの顔には、隠しきれない怒りが見えた。
サヨの横にいるアマリアは、じっと写真をにらみつけている。
「2冊の『空白の書』のうち1冊は行方不明。もう1冊は協会で管理してあるわ。そしてその行方不明の1冊をめぐって、近いうちにプルートと戦いが起きるかもしれないわ。最悪の場合、すでにプルートが書を手にしているって事もありえるわ。その時は、おそらくここに攻めてくるはずよ。」
やはり戦いは避けられない。分かっていたけど実感できなかった事実。
戦わなければいけないという事は分かっていた。
けれど、もしかしたら・・・なんて思っていた。実感できなかった。
「でもクリスティアの人たちは、不死なんだから大丈夫でしょう?死んだりしないんだからさ。」
そう言われてみればそうだ。オレたちはともかく、クリスティアの人たちは不死だ。
それに、例え大きな傷を負ったとしても回復魔法がある。プロテクトキューブだってあるのだ。死ぬはずがない。
だが、キーナは困った顔をしてサヨの問いに答える。
「それが・・・他の世界から来た者には、不死なんて通用しないのよ。プロテクトキューブも衝撃を和らげることしかできないし、回復魔法だって限界がある。だから、800年前の戦いでは、たくさんの神やクロムの人たちが亡くなったわ。」
キーナの顔からは、まだ怒りが消えていない。
何かを見つめるわけでもなく、ただ呆然と何かを思いだしているかのようにしながら、キーナは話を続ける。
「私たちは不死だなんて言われているけど、実際は自分たちでは死ぬことの出来ない愚かな一族。だからこの世界には『殺人』という言葉は無い。『平和』に見えるかもしれないけれど、本当は『不幸』な世界なのよ。」
悲しい瞳。まるでここには居ない誰かに語りかけているかのように話すキーナの瞳は、何も映さない濁った泉のように、暗く寂しく見えた。
その寂しそうな瞳に、キーナは今まで何を映してきたのだろう。
セウスさんに聞いたキーナの過去。両親を目の前で殺される悲しみ。プルートから逃げたのびたときの孤独と恐怖。アベルとラヴィエルを失った800年前のあの日の絶望感。
きっとオレには一生かけても分からないだろう感情。
それをキーナは今まで、1人で抱え込んできたのだろうか。
そう考えていた時、一瞬だがキーナの顔が悲しみで歪んだように見えた。
が、すぐに元の表情に戻った。
オレとサヨとアマリアは、何も言う事ができずにうつむいていた。
はっと我に返ったキーナは、オレたちの顔色をうかがいながら話し出した。
「・・・情けないとこ見せてゴメンね。話を戻すわ。」
サヨとアマリアは安堵のため息をついたが、オレはどうしてもキーナのさっきの表情が忘れられなかった。
気のせいだった、ということにしよう。
わずかだが頬のゆるんだキーナを見ることで、そういう風に思いこむことにした。
「対プルート戦へ向けて、この前の隊長会議で部隊の編成が求められたのよ。」
「編成?減らすのか?」
「逆よ。増やすの。」
「はあ?」
キーナの言葉に、アマリアは目を見開いた。
「一部隊の最低人数が6人になったの。今の第八番部隊は5人。最低でもあと1人は入れなければいけないのよ。」
あと1人か・・・。
「第八番隊のバランスを考えると、遠距離攻撃が出来る人がいいんじゃないのか?」
「そうよね・・・。」
オレの意見にアマリアもサヨもうなずく。
「そう言うと思って、あらかじめ調べておいたわ。」
「さすがキーナ!」
「でもね・・・。」
そういうとキーナは、写真の付いた資料を2つだけ持ってきた。
「十分な戦力になりそうな人はみんな、他の隊に持っていかれちゃってて・・・。」
キーナは申し訳なさそうに言うと、2つの資料を広げた。
「この2人の変わり者だけだったのよ。」
キーナが言う2人の変わり者のうち、1人は緑色の髪に青い瞳をした、無表情で写っている青年だ。年齢は、オレたちより何歳か上に見える。
もう1人は、銀色の髪に緑色の瞳をした、笑顔で写っている少女だ。歳はオレたちより少し年下に見える。
「あっ!この2人は!」