異形のクロム
シャマールの頼みにより、狂ったモンスター『狂獣』を退治することになったナオとサヨ。
そこで、ラヴィエルの指導の元、特訓が始まった。
その特訓とは、ナオとサヨの2人でキーナを倒すというものだった。
「行くわよ。」
その言葉を合図に、オレたちは互いに後ろに跳躍し、距離を取った。
武器を構えたまま、じりじりと距離を詰めていく。
その場で動かずに立っているキーナは、いくら武器を持っていると言っても、鞭だけじゃあまりにも無防備だ。
よし、今だっ・・・!
「はああああっ!」
オレはおおきく振りかぶり、キーナに斬りかかった。
が、そこにはキーナの残像だけが残り、キーナの姿は完全に消えた。
「甘いわよっ!」
その声はオレの頭上から聞こえた。
「うらあっ!」
少しふらついたが、すぐに体勢を立て直し即座に一振り。
だが、その一撃をも軽くかわして、キーナはもう一度高く飛んだ。
「はあっ!」
キーナの鞭はオレの剣の柄をとらえ、軽々と投げ飛ばしてしまった。
「くっ!」
まずい!この距離はさすがにまずい!
キーナの一撃を右に転がってかわしたが、2発目がよけきれない!
くそっ・・・!
「光力神技、閃光弾!」
オレを飛び越え、鋭いサヨのパンチがキーナに向かって飛んでいった。
「うらあああっ!」
なんて威力だろうか。男子顔負けのパワーだ。
「やったか!」
サヨの一撃は、キーナに当たったかと思ったが、キーナは片手で軽く受け止めていた。
「なかなかいいわね。でも次はどうかしら?」
キーナは微笑み、鞭を空にかかげた。すると、鞭は風に溶けてしまった。
「何をするんだ?」
「・・・さあ?」
オレとサヨはお互い目を合わせ、首をかしげた。
「まあ見てろって。こっからはキーナにしかできないことだ。」
「キーナにしかできないこと?」
「ああ、2つ目のメモリーだ。」
「2つめ?」
「実際3つ持ってるんだがな。」
1つのメモリーを使うだけでも、あんなにたくさんの力を使ったのに・・・。
「メモリー02(ツー)、ツインダガー。」
風が集まり、今度はキーナの両手で2本の短剣になった。
「うん、やっぱりコレがいいわ。」
慣れた手つきでくるくるとダガーを回し、使い心地を確かめている。
さっきのキーナの戦い方を見る限り、かなり戦いには慣れているようだ。
圧倒的な力の差を見せつけられてしまった。
「すごいわね。800年前はまだ1つだったのに・・・。」
結界の外で、ラヴィエルが感心したように呟いた。
「キーナが異例なだけよ。」
「異例?」
シャマールの言葉に、オレとサヨはキーナを見ながら反応する。
「キーナは異形のクロムといわれていて、普通大人でもメモリーは1つだけだった。それに、クロムの中でストーンを使える者は、守護者と星剣を持つ者以外いなかったわ。けれどキーナはストーンを使い、わずか10歳の時、すでにメモリーを2つ持っていたのよ。」
異形のクロム・・・。もしかしたら、セウスさんの言ったキーナの過去が何か関係するのだろうか・・・。
って、今はそれどころじゃなかったな。
「しっかりついてくるのよ。」
その瞬間、キーナは高く跳躍しダガーを構えた。
「キイィィィンッ!」
「うっ!」
危ういところで、反射的に剣でガードした。
それを見計らったかのように、サヨがオレの肩を蹴って跳び、キーナに回し蹴り。
キーナはそれを軽くかわし、サヨに蹴り返す。
それをサヨは両手でしっかりとおさえ、しゃがんだ。
そこにオレがキーナめがけて一振り。
「おらあっ!」
またもかわされたかと思ったが、キーナの服を少しかすめた。
「あっ・・・。」
「やったあ!」
キーナはダガーをしまい、服の破れた部分に手を当てた。
うっすらと手が光り、服の傷を治してしまった。
「よくもやってくれたわね・・・。」
キーナの声が怒りに震えているのがわかった。
「ナオ、ちょっとやばくない?」
「ああ、オレもそう思う・・・。」
明らかに尋常じゃないほどの殺気と怒気がキーナから感じられる。
「まずいっ!」
結界の外にいる者で、1番に気付いたのはシャマールだった。
「アベル!今すぐナオとサヨにプロテクトキューブを!」
「えっ?どうして。」
「キーナの3つ目のメモリーは、レイピアよ!」
「くそっ!やっかいだな!」
あわててアベルは結界を張った。
オレたちに張られた結界は、オレたちの体に合わせて何重にも重ねてある。
「ナオ、サヨ!しっかりガードして、そこを動くなよ!」
「わかった!」
何がなんだかさっぱりわからないが、とりあえず・・・やばいって事だ。
オレたちは、言われたとおりにガードした。
「メモリー03(スリー)、レイピア。」
キーナは風を集め、細い刀身の剣、レイピアを手に握った。
「私に傷を付けておいて、生きて帰れると思っているの?そんなわけないわよね?」
ゆっくりこっちへ歩いてくるキーナは、まるで鬼のようだ。
「森力神技、カマイタチ。」
キーナの手に握られているレイピアの刀身が、風にながされ消えた。
残ったのは柄の部分だけで、奇妙な形になっている。
変な剣・・・。そう思ったときだった。
「ギイィィンッ!」
突然、風が闘技場全体に吹き荒れ、同時にオレの剣と風が交わり、激しい音がした。
「なっ・・・!」
激しく吹き荒れる風は、まるで無数の刃のように、容赦なくオレたちに斬りかかってくる。
繰り返し浴びせられる攻撃をガードするだけで精一杯だ。
「くそっ!いつまで続くんだ!?」
大声で叫んだつもりだったが、剣をはじく音にかき消されてしまった。
「うっ・・・。」
足下がふらつく。キーナの圧倒的な力を見せつけられて、立っているのがやっとだ。
はっとサヨの方を見ると、アベルの張った結界に、ひびが入っている。
やばいっ!そう思ったとき
「キーナ、もういいでしょ。服ぐらいならすぐに直せるから・・・。」
必死に立っているオレたちの前に現れたのは、シャマールだった。
「危ない・・・ですよ。・・・こんな。」
言いたくてもなかなか言葉が声にならない。
「大丈夫よ。私も一応、星剣を持つ者だし。」
「え?」
「メモリー01(ワン)、扇」
シャマールの両方の手には、50センチほどの扇が2つ握られていた。
キーナの猛攻撃の中でも、シャマールは平然と立っている。
一度たりともふらつくことなく、ただ平然と・・・。
「森力神技、静寂の旋律。」
ふらっと揺れたかと思うと、シャマールは静かにひと仰ぎ、キーナに向けて仰いだ。
すると強風がやみ、闘技場の中心に元の冷静さを取り戻したキーナの姿があった。
突然の出来事に、オレは目を見開き、サヨはまだガードしている。
アベルとラヴィエルが結界を解いたことで、やっと攻撃が止まった事に気がついた。
「ありがとう、シャマール。」
キーナは微笑みながら礼を言う。
今の笑顔ですら、まだ少し、さっきまでのキーナの残像が重なって見える。
「そうそう、シャマールがいなかったら、どうなっていたことか。」
アベルはキキッと笑った。
「いやいや、笑い事じゃないから!」
サヨの叫びに、全員が笑った。
今後一切、キーナを怒らせせることがないようにしなければ・・・。
オレは今日の一件からそう学んだ。