説得?交渉?いいえ脅迫です。
土埃が収まると視線の先にはやはりパンドラさんが居ました。
ぱっと見、驚いているように思えます。
まぁそれなりの自信を持って放ったであろう攻撃で傷1つつかなかったのですから当然と言えば当然ですか。
しかし野次馬の方も根性ありますね。
今の攻撃にはかなりの余波があったと思うのですが……まさか喜んでいるとは。
魔族ってのはあれですか?
闘いを見ると血が騒ぐタイプの人種ですか?
「これは驚いたわね。まさか上級魔法で傷一つつかないとは。爺を呼んできた方が良いのかしら?」
お褒めにあずかり恐縮なのですが……爺って誰です?
四天王の知り合いという時点でまともな相手ではなさそうですが……。
で、どうやって説得しましょうか。
私に攻撃が効かないというのは分かったでしょうし、現実世界に干渉出来ない存在だと主張してもある程度は納得してくれると思うのです。
ただ、だからといって敵対行動を止めてくれるかは……。
「で、あなたはここに何をしに来たの?まさか観光するために来ました、何て言わないわよね?人族のスパイ?それとも……。」
そのまさかなのですが。
異世界から転生してきたので何となく賑やかそうな都市に来ました……って言って信じてくれますかね?
どう考えても異世界から来たという事がネックになってしまいそうな。
それに不法侵入したのは事実ですし……。
とは言え話す他ないんでしょうね。
嘘を付いてもこの世界について詳しくない以上何処かでボロが出るでしょうし。
ま、信じてくれなかったらその時は別の手段を考えますか。
あまり好ましくないですがスケさんを頼るという手もありますし。
……でもあの人に頼れば事態がより悪化しそうな気もしないではないですよね。
「いえいえ、そんな者ではありません。私はただこの都市が気になったから来ただけです。つまりその……観光と言うべきですね。」
「で、観光するついでに四天王の様子を探ろうと?随分といい度胸をしているじゃない。」
ダメだこりゃ。
話を聞いてくれないパターンじゃないですか。
仕方がない。
本当はもう少し流れを作ってから言うつもりでしたが、転生したという事はもう明かしてしまいましょうか。
「……実を言うと私は転生者でして。「ちょっと何言っているか分からない。」と思うかもしれませんが一旦話を聞いて下さい。私はこことは違う世界に生まれて、そしてその世界で死んだ際に神と出会い……。」
「本当に何を言っているか分からないわね。で、本当のところは何をしに来たの?」
……説明をキャンセルしないで下さいな。
確かに突然異世界とか言い出す奴が前世にいれば頭を殴って正気に戻したくはなったでしょうが。
でも最後まで聞いてくれたって良いじゃないですか。
しかしどうしましょうか。
このままだと間違いなく説得できません。
もしも私に天才的なまでの対話能力があれば別かもしれませんが……一般人にそんな事を求められてもどうしようもありません。
ここは考え方を切り替えなければ……。
つまり説得は諦めなければならない。
そういう事ですね?
郷に入っては郷に従えという言葉もありますし現代社会風のやり方では駄目という事なのでしょうか。
そうは言っても実力行使は論外ですし交渉……いや、もしかして交渉ならばいけるのではないでしょうか?
相手がこちらに傷を付けられない以上優位にあるのは私……だと思います。
だから悪い手段ではないと思うのですが……。
ですがそれならば社会人になって交渉という物がどんな物かを知ってから転生したかったですね。
今更どうにもなりませんが。
しかし交渉をするとなればまずは落としどころを決めなくては。
この都市から出て行く事が攻撃しない条件、何て事になれば何故ここに来たのかも分かりませんし。
だからといって何をしても何処に行っても良い、という法外な条件を勝ち取るのは不可能でしょう。
とするならば私が魔族に敵対行動を取らない事を誓う代わりに魔族も私に敵対行動を取らず、また私が魔族にある程度協力する……そんな感じでどうでしょうか?
「コホン。パンドラさん。交渉をしましょう。私が魔族に敵対行動を取らない事を誓い、その代わりに魔族も私に敵対行動を取らない。それで手を打ってはいただけないですか?ある程度は協力もしますので。」
「……さっきと雰囲気が変わったわね。何か気持ちの変化でもあった?でもそれならば一考の余地はあるわね。ただ、それ以上でもそれ以下でもない。あなたが魔族に対する敵対行動を取らないと誓ったところでこちらの攻撃が効かない以上、敵対行動を取った時に直ぐには妨げられないのだからその気になればいくらでも誓いを破れるでしょう。『条約が有効なのは、私にとって有益な間だけだ。』という言葉を知っているかしら?それと同じ事をしない保証が何処にあるというの?。」
んーそうなりますか。
やっぱり即興で考えた物じゃダメですね。
でもこちらが幽霊である以上どんな条件を付けても一方的な物になってしまうような。
という事で説得に続いて交渉も不可能ですね。
変に無敵であるという事に足を引っ張られる事があるというのは想定外でした。
しかし他の手段って何があるのでしょうか?
説得、交渉、実力行使……脅迫?
あれ、脅迫は案外使えるのでは?
一方的な物で構いませんし、それにこちらの優位性も活かせるはずです。
こんな事ならば極道、もとい任侠団体にでも所属しておけば良かったですね。
「ゴホン。それは事実かもしれません。ですが私と敵対するというのであれば当然私も敵対行動を取りますよ。私はそれを好まないのでこの条件を持ち出しただけです。それを呑まないというのであれば……。」
「……震え声で言われてもねぇ。でもあなたを敵に回して諜報活動をされると面倒な事になるのも事実ね。とするならば……。」
あれ?
案外良い線行っていますか?
もしかして……。
「その脅しに乗るというのは選択肢としては無しではないわね。ただ、それは私の一存で決められるような事でもない。もし、協力するという言葉が真実ならば今から私に付いて来なさい。」
「断ればどうなりますか?」
「四天王の威信を賭けてあなたを滅ぼすわ。出来るかどうかは分からないけれど。」
ですよね。
これではどっちが脅しているのか分かりませんが多少は信用してもらえた……のでしょうか。
まぁ初めての割には良く出来たと思っておきましょう。
そうでないとメンタルが持ちません。
「じゃあ従います。それで一体どこへ行くのですか?」
「今あなたが知る必要があるかしら?魔族について何も知らないあなたに教えても仕方がないでしょう?」
それはそうですが、相手が魔王とかそういう格の人ならば心の準備というものが。
まあ流石にいきなり魔王は……ないですよね?
私のこれまでの凶運を考えれば無きにしも非ずと言えてしまうのが悲しいところですが。
突然死んで、転生に失敗して、訳の分からないところに飛ばされて、初めて会った人がスケルトンで、魔族の王都に入れば四天王と遭遇する。
我ながら凄まじい凶運です。
「では私に付いてきて。あ、それとヴァイスはこの……幽霊を後ろから見張って頂戴。」
ん?
ヴァイスって誰です?
パンドラさんに私を見張れと命令されるという事はパンドラさんの部下ではないかと思いますが……この近くにいたのですか?
ならばパンドラさんを止めて欲しかったのですが。
「私はもう兵士を引退した身なのですが。今からあなたのせいでバーの片づけをしないといけませんし……。」
ん?
返事が聞こえましたが……今の声が聞こえてきた方角ってバーの方ですよね。
そしてバーの辺りにいる者は……先程のマスターしかいないと。
つまり……ヴァイスとはバーのマスターの名前だったのですか?
確かにそれなりに親密な関係のようですが……一応一般人ですよね?
そんな人に私の監視をさせるってどうなのでしょうか。
「そんなこと言ったって他の兵士が誰も近づいて来ようとはしないのだから仕方がないでしょ?それに実力はいまだ健在な癖に。」
……マスターがパンドラさんの事を元上官と言っていましたから兵士である事は分かっていましたが……四天王の1人にある程度認められるほどの実力者だったのですか。
マスターってそんなに強かったんですね。
知っておいて得になるかは分かりませんが、とりあえずは覚えておきましょうか。
しかし退役しても元上司の一言で強制出勤とはマスターも大変ですね。
同情はしませんが。
先程パンドラさんを押し付けられた事はまだ当分忘れるつもりはありませんよ。