酔っ払った四天王が現れた
皆さんこんばんは。
幽霊の影山でございます。
雰囲気の良さそうなバーに入って夜までやり過ごすつもりでしたが、予想以上に疲れていたようで寝てしまったようです。
あ、寝ると言っても幽霊になってしまっているので体力が回復するわけではありません。
落ち着く以外の効果はあまりないです。
じゃあ何故寝たのかと言いますと……まあ気分ですね。
さて、バーは既に開店しているようで1人とはいえ客も来ているようですね。
このまま立ち去っても良いのですが……どうせなら現地の人の生の声でも聞いてみましょうか。
勿論盗み聞きですよ。
「たく、ほんとあのガキはムカつく!そりゃまぁこちらが年上とは言え階級は同じだから敬語を使わないのはまだ良いわよ。でも何の断りもなくこっちの部下を引き抜くのは論外でしょ。あいつの方が戦闘における才能はあるでしょうけど、有能な者を勝手に引き抜けばその穴を埋めるためにどれほどの労力と、そして場合によっては命が必要だと思っているのよ。同じ年下とはいえ魔王様のような可愛げは全くないし。」
うわ!
びっくりしました。
まさか盗み聞きを始めたのと同じタイミングでキレ出すとは……。
ガキと言われて一瞬私の事かと思ってしまいましたよ。
さて、落ち着いて状況を整理しますと客と思われる女性が酔っ払ってバーテンダーに話しかけているようです。
……つまりこれが俗に言うからみ酒というやつですか。
前世では大学生になる事なく人生を終えたので体験したことはなかったのでこれが初体験という事になりますが……全然嬉しくないですね。
しかし話の内容を聞いている限りでは客と思われる女性は兵士を指揮する立場にあるようですね。
それに魔王の事をそれなりに知っているようです。
もしかしたら結構上の立場の人かも知れませんね。
少し覗いてみましょうか。
なるほど。
今このバーにいるのは2人ですね。
清潔感のある服を着たスケルトンのバーテンダーと、闇と見紛うほどに真っ黒な服を着た女性が1人。
女性は長い金髪の持ち主で雪のように白い肌を持っています。
後ろ姿から判断すると魅力的な女性だと思うのですが……種族が分かりませんね。
ツノが生えていないので魔族ではないようですが人族というには少しおかしいような。
かと言ってエルフや獣人、ドワーフとも思えないのですよね。
実物とは会った事がないので確証は持てませんが。
人族、つまり私と比べると外見にはそこまでの違和感はないのですが……。
雰囲気が何かおかしいのですよね。
スケさんみたいに生気が感じられないのです。
さながら死人のように。
それにしてもこのバーの雰囲気は素晴らしいですよね。
カクテルを片手に緩やかな時間を楽しむ空間というのは如何にも大人の世界という感じで少し憧れます。
この女性のように他者に絡むようにはなりたくないですが。
「それはご苦労様です。ですがここでお酒を浴びるように飲んで八つ当たりするのはやめていただけないでしょうか。おかげで貴方が来る日は他のお客様にご遠慮していただいているのですよ?お金はその分もらっていますがそれでも限度という物があります。元上官だからといって容赦はしません。……少し話し過ぎましたか。ひとまずカクテルをどうぞ。フォーリン・エンジェルという名のカクテルです。」
バーテンダー、いやここはマスターとでも呼んだ方がそれっぽいですか?
ここのマスターは相当冷静な人のようですね。
今だってカクテルを振りながら表情を一切変えることもなく会話していましたから。
まぁ表情と言ってもスケルトンの表情なんて分かりにくくて仕方がない物なんですけれども。
「えー何でよ。週に1度ぐらいは良いじゃない。変に出世するとその分だけ色々あるのよ?そこで覗いているあなたもそう思うでしょ?」
そこのあなた?
はて、ここにはマスター以外の人は……あ、もしかして私ですか?
一度もこちらを見ていなかったと思うのですが……隠れている事がバレたと?
……そうでない可能性の方が低い気がしますがひとまず無視してみましょうか。
あまり人前に姿を晒したくはありませんし、もう少し様子を見ても……。
「で、思うか思わないかどっちなの?そこのあなた?」
……これ、あれです。
絶対バレているやつです。
ここは逃げるという選択肢も……。
「ねえ、聞いているの?黙ってないで出て来たら?」
問い掛けの間隔が段々と狭まって来ている事と声のトーンを考えると明らかに不機嫌ですね。
怒りが爆発する前に何か答えなければ。
とりあえずは……
「さっさと出て来いって言ってるんだよ!」
チュドーン
次の瞬間、隠れていた棚が木っ端微塵に砕け散りました。
それも明らかにおかしな音を立てて。
しかも女性が一度殴っただけで。
人は見かけによらないとはこういう事なのですかね。
女性が振り返ったので分かったのですがすごい美人です。
赤い瞳をしていて顔も体もバランスが取れています。
ただ、顔が紅潮している事から判断するとかなり酔っ払っているようです。
……って、さっさと目の前の問題に対処しないと。
「また物を壊しましたか……。これで88回目ですね。いい加減にして欲しい物です。後で請求書は送っておきますので悪しからず。」
……マスターさんも大変なんですね。
そのうんざりとした声から良く分かります。
というか87回物を壊しても出禁になっていなかったのですか。
ある意味すごいですね。
よほどの権力や金を持っているのか、それとも単にマスターが寛容なだけか。
少し気になる所ではあります。
それはひとまず置いておくとして、この女性をどうしましょうか?
……結構暴力的な女性、もしかするとお酒が入っていない時は違うのかも知れませんが、今現在は正に見敵必殺という感じなのですよね。
それに一度話してしまえば愚痴と八つ当たりがいつまでも続きそうです。
相手が美人でも嫌な物は嫌ですし……。
やはり無言で立ち去るとしましょうか。
「……」
「……逃がすとでも思った?人の会話を盗み聞きしておいてタダで帰れると?」
……怖いです。
シンプルに怖いです。
まるで蛇に睨まれた蛙のような気分です。
幽霊なので死ぬはずはないのですが命の危機を感じます。
そもそも身体がないので身体が震えて何も出来ないなどという事はありませんが、動こうとする意志が湧きません。
……ただ、やはり身体がないお陰で少しマシなのでしょう。
今みたいに考える余裕はあるのですから。
……しかしよくよく考えてみればここまでされる筋合いはありませんよね。
そりゃ何を会話しているか聞こうとはしましたが、そもそも同じバーの中にいた時点で会話の内容を聞かないというのはほとんど不可能でしょう。
ですので多少の盗み聞きぐらいは許してくださいませんか?
それにたかが盗み聞きで殺意を剥き出しにしなくても……。
声に出して言う勇気はないので伝わらないでしょうが。
って!
何で手の平にどす黒い魔力らしき物を集めているんです!?
しかも明らかに人を呑み込める程度の大きさはありますよね?
殺意が高過ぎませんか!
「こっちに来んかい!」
不味い!
早く外へ……
*
……何が起こったのでしょうか。
凄まじい土埃のお陰で目の前が全く見えません。
ただ、辺りには何かの残骸が飛び散っていますね。
例の女性が禍々しい魔力の塊を放ってきた所までは確実に覚えていますが……。
その際に何とか壁をすり抜けて無我夢中で逃げようとして、そして……間に合わなかったのですよね。
どう考えても魔法が放たれた時の私とあの女性の距離と魔法の速度を考えれば避けれたはずがないのです。
実際に視界が闇で覆いつくされましたし。
ですが魔法を喰らったというのに生きている。
それはつまり……私に魔法は効かない。
そういう事になりますか?
それはそうとしてこの埃の多さはあまりにも異常です。
これではまるで……竜巻が巻き起こった跡のような。
……まさかこれが先程の攻撃の影響だと?
という事はあの女性は私が返事をしなかったという理由で数十人まとめて殺せるレベルの魔法を放ったと?
それも都市のど真ん中で?
酔っているという理由で済ませられるレベルじゃないでしょう……。
私が相手でしたから大丈夫でしたが……もしかしてあのバーに客が来るたびに八つ当たりとしてこれをやっているのでしょうか?
だとすればあのバーに他の客が来ないのはこの魔法を喰らうかもしれないから。
そう考えると辻褄が合いますよね。
……あんな物を喰らえば命がいくつあっても足りませんから。
ああ、視界もだいぶ回復してきました。
とりあえずここが何処かを確認しなければ。
地面は小規模のクレーターのように凹んでいて石畳の欠片もないですね。
本当にエグイ魔法だったのでしょう。
その割には周囲には被害が及んでいませんが……ああ見えてもそこら辺は配慮していたのでしょうか?
それだけ配慮できるのであればまず私に魔法を放つ事を止めていただきたかったのですが。
で、目の前に見えるのは大穴があいた壁ですが……これは先程のバーでしょうか?
中の雰囲気はあまり変わっていないようですが……ああ、マスターは無事……というか平然と辺りに飛び散ったカクテルとガラスの破片の掃除をしていますね。
大胆というか何というか。
もう、こういった事には慣れてしまったのでしょうか?
「おお、パンドラ様だ。」
「パンドラ様!」
「サインをくださーい。」
……それにしても周りが少し騒がしいです。
魔法が放たれたので野次馬として辺りに集まって来る者がいるという事はまだ分かるのですが、それにしては彼らが興奮しすぎているような。
……流石にどこぞの江戸っ子みたいに喧嘩と火事は魔族の華なんてことはありませんよね?
それに彼らが先程から叫んでいるパンドラ様とは一体……。
「まさかさっきの攻撃を受けて平然としているとは驚いたわね。というか身体が透けて見える種族何て聞いたこともないのだけれど……あなた何者?」
何処から声が?
周りを見渡してもいませんし、バーの中にもいないようです。
かと言って先程の女性が野次馬の中に隠れるような性格とも思えません。
とするならば……上ですか!
……上を見るとそこには先程の女性がいました。
自分が襲われている真っただ中で言うのも何ですが非常に美しいです、はい。
前世で見たことがないほどには。
さて、そんな女性なのですが先程と変わった点が何点か。
1点目は瞳の色がさらに輝きを増しているという事です。
まるで吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えてしまう、それほどの輝きです。
2点目は酔いが完全に冷めてしまったようで私が逃げられるような隙が全くないという事。
そして3点目は……翼ですね。
大型のコウモリのような漆黒の翼が背に生えています。
ただ、コウモリのように不快感を抱かせる物ではなくむしろ女性の美しさを際立たせているような感じです。
どうやらあれで空を飛んでいるようですが……人間のような外見に黒い翼と赤い瞳。
そして生気がなく、されど美しい外見。
ああ、分かりました。
この女性は吸血鬼なのですね?
まさか異世界に来て化け物、アンデッドの代表格とも言われる吸血鬼、それもこれほどの美人の吸血鬼を拝めるとは……ってそんな事を考えている場合ではありませんね。
私が傷を負う事はないでしょうが……流石に何の釈明もしないでこの場を逃げるというのは不味いのでは?
一応不法侵入しちゃってるわけですし?
「返事がないという事はこのまま倒しても良いという事?まさか私の実力を知らない何て事はないのでしょう?」
このまま倒して良いも何も先程問答無用で攻撃して来たじゃないですか。
今更言われましても……。
それにこの都市に来たばかりなのにあなたの実力なんて知るわけないじゃないですか。
……と言いたいところですがもう少し丁寧に言わないと流石に不味そうですね。
ひとまず何かしら話さなくては。
「あーすみません。私は影山と申します。実はこの都市に来たばかりなのであなたの事を存じ上げてはいないのですが……。」
「……まじで?」
「……頭がおかしいのでは?」
「地獄に堕ちろ。」
あれ?
周りの野次馬の口から驚きの声、もとい暴言が漏れた気がするのですが。
まさかこの人がそれほどの有名人何てことあります?
バーで酔いつぶれていた人が?
「……では自己紹介をするわよ。私の名はパンドラ。魔軍四天王の1人よ。それであなたの種族は何なの?」
……いきなり四天王って。
せめてその副官ぐらいにしませんか?
普通に考えれば特殊なスキルを授かった元クラスメイト達が何人がかりかで倒そうとするレベルの強敵ですよね?
明らかに関わってはいけなさそうな名前ですし。
これ、下手を打つと魔族と仲良く共存する可能性が消えてしまうのでは?
でもまあ周りの群衆が興奮している理由は何となくわかりました。
憧れのスターが偶然目の前に現れたのと同じなのですね。
しかもそのスターが自分たちのために戦っている様を生で見れると。
……あれ、その場合だと私は遊園地等でやっているショーでヒーローにやられるモブ悪役みたいなポジションにいるのでしょうか?
普通に嫌ですね。
「……種族は幽霊です。大した者ではございませんのでお気になさらずに……。」
「そう。聞いた事がない種族ね。この都市にそんな特殊な種族が入って来たならば門兵から報告があるはずなのだけれど、どうしてないのかしら。ねえ?」
「……いや、壁をすり抜ける事が出来るので特に手続きを受ける必要もないかなーと。それに私が手続きを受けようとしてもお金は持てませんし署名も出来ませんからね。やるだけ無駄だと思ったのですよ。」
「……つまりこの都市への不法侵入をしたという事ね。覚悟は出来ているのかしら?」
……どこで答えを間違えたのでしょうか?
割と冷静に回答したつもりなのですが。
というか周囲の人々はこの人を止めてくれないのですか?
「お客様、申し訳ありませんがこうなってしまっては私如きには手の付けようがないので頑張って下さい。多分死にはしないので。」
いや、マスターさん、私の心を読みましたか?
随分と絶妙なタイミングで言いましたね。
ていうかしれっと私も客認定されているんですね。
私は未成年なので未成年者飲酒禁止法に引っかかり酒を飲んではならないというのに……あ、ステータス上では「?歳」でしたっけ。
それにこの世界にも未成年者飲酒禁止法何て物があるわけないですか。
つまりバーに行って酒を頼んでも何ら問題はないと。
肉体がないのでお酒を飲めない上に、お金も持てないので何の意味もないですが。
というかマスターさん。
知人の暴走を私に押し付けないで貰いたいですね。
ここは俺に任せて〜~、とか言って欲しかったです。
まあそう言った人々は大体死ぬらしいので言うわけがありませんか。
「請求書はパンドラ様の方に送っておきますので安心してください。」
……違う、そうじゃない。
いや、確かに助かるには助かりますけど、どちらかというと目の前の状況の方をどうにかしてくれませんか?
それに……
「じゃあ実力行使を開始するわよ。さっきの様子を見るに余程の魔法耐性があるようだから……ある程度本気を出しても死にはしないでしょう?」
あれ?
もしかして魔法が当たらないのではなく、魔法耐性が高いから傷を負わなかったのだと勘違いされています?
無意味だと教えた方が周囲に被害は及ばないのでしょうが……今現在敵対中の私が教えたとしてパンドラさんは信じますかね?
「殺すのは不味いでしょうしとりあえずは上級魔法でどうかしら。流石に傷くらいはつくでしょ?」
手の平に先程と同じように魔力が集まっているようですが……さっきの三倍ぐらいの大きさはありませんか、これ?
しかも色も闇とかそういうレベルじゃなくて深淵と表すしかないレベルにどす黒いのですが。
その上これでもまだ余力があると?
私の場合はあまり関係がありませんが……四天王って出鱈目過ぎませんか?
「じゃ、死んで。」
いや、ちょっと待ってください。
さっき殺すのは不味いって自ら言いませんでしたか?
ご自身の発言を……って、もう魔法が目前に迫っていますね。
何かもう避けるのが面倒になって来たのでこのまま何もしないで良いですか?
さすがに目を開けたままでいるのは怖いので瞑りますが。
頭の中でドラムを叩かれたような凄まじい音が鳴り響いて……やっぱり何ともありませんね、はい。
地面の方はそうではないようですが。
ただ、これで四天王でも私を殺せそうにないという事が分かりましたね。
私を殺すための研究でもしない限りは星が滅ぶレベルの事が起きなければ死ぬ事はなさそうな気がします。
それはさておき、この煙の向こうにいるであろうパンドラさんをどうしましょうか。
私が攻撃で死ぬという事はないと思うのですが、かと言って攻撃出来るわけではありませんので実力行使は無理ですが。
とするならば説得するか、もしくは……逃げるしかないですよね。
ひとまずは説得を試みますか。
逃げようと思えばいつでも逃げれますし。
それにこのまま逃げてしまうとかなり悪い印象を魔族に与えかねません。
ああ、もう土埃は収まってきましたか。
さすがに少しぐらいは話を聞いてくれますよね……ねぇ?