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生首  作者: ぼなぁら
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第6章 選択

 二階と三階の間の踊り場に差し掛かった時、僕はまたあのゴトリという音を聞いた。どうやらお化けは二階にいるらしい。

 僕は二階の廊下に出た。そこでは紅林くんが教室一つ一つを確認して回っているところだった。僕は息を整えながら、紅林くんに近づいた。

 「紅林くん。」

 「遅かったな。あいつなら、この教室だ。」

 それは、二年二組の教室だった。もしもあの子が事故に遭わなければ、おそらく進級していたであろうクラスだ。

 僕は紅林くんと並んで戸の窓から教室の中を覗き込んだ。そこには、相変わらず生首を自分に乗せているお化けの姿があった。

 「ここまで上がってきたんだね。」

 「ああ、一階の生首は全て試したんだろう。」

 このままのペースでいけば、六年二組にたどり着くのも時間の問題だ。

 「どうするの?」

 「そんなもん、殴ってみるに決まってんだろ。」

 そう言うと紅林くんは教室の戸を開いて中に飛び込んだ。傘を両手で思いっきり振り上げ、大声で叫びながらお化けに駆け寄る。対してお化けの方は気づいていないのか、何の反応もよこさない。

 お化けの背後までたどり着いた紅林くんは、奇声をあげながら傘を振り下ろした。傘はお化けの首を正確に捉え、バシンという大きな音が教室に響いた。お化けの体がかすかに震える。それを効いていると判断したのか、紅林くんはそのまま何度も傘を振り下ろした。

 しかし、紅林くんの攻勢もここまでだった。それまで震えるばかりだったお化けが突然振り返り、腕で紅林くんをなぎ払ったのだ。その力は凄まじく、紅林くんはあっさり吹き飛ばされ、後ろにあった机に直撃した。その衝撃で生首がいくつか机から落ちてきた。そのうちの一つが、僕の足元に転がってきた。紅林くんの持っていた傘も、教室の隅に飛んで行った。

 「紅林くん!」

 痛みで喋ることもできないのか、紅林くんは蹲ったまま動かない。そこへ、お化けがゆっくりと向かって行く。自らに向けられた敵意には反応するようだ。

 このままでは不味い。あんな力で襲われれば、僕や紅林くんなんてひとたまりもない。小学一年生のお化けだと甘く見ていた。早く何とかしなくては、紅林くんが殺されてしまう。

 「そうだ、生首!」

 僕は傘を捨て、足元の生首を拾い上げると、お化けの背後に回った。お化けは僕の動きには反応せず、紅林くんの方へまっすぐ進んでいる。紅林くんとの距離は、あと数メートルもない。僕は急いでお化けに近寄り、その首の上に生首を無造作に置いた。途端にお化けの動きが止まる。そして、またあの喜びの動きをし始めた。

 「紅林くん!」

 僕の声に呼応するかのように、紅林くんが動き出した。多少ふらついているが、歩くことは可能なようだ。紅林くんと僕は、お化けから離れて教室の隅で落ち合った。

 「紅林くん。大丈夫?」

 「ああ……、大丈夫だ……。」

 そう言いながらも、紅林くんは腰が抜けたように座り込んでしまった。僕は紅林くんに肩を貸した。

 「行こう。とにかく教室の外へ。」

 そして僕たちは、喜ぶお化けに警戒の目を向けながら、教室から飛び出した。

 後ろで、またしてもゴトリという音が聞こえた。

 「ふう、よかったあ……。」

 僕は廊下の壁を背にズルズルと座り込んだ。何とか間に合った。紅林くんを救うことができた。その喜びとともに、猛烈な疲労感がドッと押し寄せてきていた。

 「……武田。」

 「何?」

 「……ありがとう。」

 「いいよ、気にしないで。」

 「とりあえず、ここはまだ危険だ。いつあいつが来るかわからない。上に戻ろう。」

 「そうだね。」

 僕たちは何とか立ち上がると、またしても階段を上っていった。今日だけで、何回往復することになるのだろうか。

 教室に戻ると、再び紅林くんは教卓の上に座った。

 「殴ってどうにかなる相手じゃなかった。困ったな。」

 「あんなに強い力があるなんて、思ってもみなかったよ。」

 「まずいな……。」

 「やっぱり、まずいのかな。」

 「考えてもみろ。あいつはそれぞれの階で首を探しながら上って来る。だけど、首にくっつく生首なんてあるわけがない。だとすれば、最終的にあいつはどうなる?」

 「目的は達成されないわけだから、やっぱり、怒ったり嘆いたりするんじゃないかな。」

 「そうだ。何にしても、感情的な動きをするだろう。もしかしたら、暴れだすかもしれない。」

 「そんな、あんなのに暴れられたら……。」

 僕は唾を飲み込んだ。逃げ場のない学校で、怪力を持つお化けから逃げ惑う……。そんなことになれば、本当にどうしようもなくなってしまうだろう。

 「できるだけ、あいつがここに上がって来るまでに解決させないといけない。しかし、どうすれば……。」 

 紅林くんはそのまま考え込んでしまった。僕も考えてみよう。これまでにわかったことを踏まえて。

 少なくとも、正面からあいつを倒すのは無理だということがわかった。しかし、だからと言って、あいつに通用する変化球のあてもない。どうしたらいいのだろうか。やっぱり、生首を固定する以外に方法はないんじゃないだろうか。

 「ねえ、紅林くん。」

 「何だ?」

 「やっぱり、生首をあいつに乗せて固定するしかないと思う。」

 紅林くんはしばらく黙って考えていたが、かぶりを振った。

 「それはダメだ。全員が帰れる方法を考えないと。まだあるはずだ。あいつを倒すのだって、まだ他にやり方があるはず。例えば……。」

 「例えば? 何? 燃やすとか?」

 「燃やす……。それだ!」

 紅林くんは弾かれたように動きだすと、自分の机に向かった。

 「俺、ライターを持ってきていたんだった。」

 「何のために?」

 「何だっていいだろ。少なくともタバコではない。机の中に入っているはずだ。」

 そう言うと、紅林くんは机の中に手を突っ込んだ。その時、下の階でゴトリと言う音がしたような気がした。

 「もしかして、もう三階まできたのかな。」

 そう言って顔を上げた僕は顔を上げた。

 僕の生涯において、この瞬間ほど混乱したことはなかった。そこに待っていたのは、あまりにも絶望的な光景だった。

 だらりと開いた口に、そこから飛び出している紫の舌先。目は血走り、両目ともにひっくり返り白目を向いている。それは、それ自体は、他のものと大して変わらない、生首だった。違ったのは、さっきまで動いていたと言うことぐらいだろうか。

 「紅林くん?」

 僕は紅林くんの机に近寄った。信じたくなかった。そんなこと、あるわけがない、そう思いたかった。だけど、現実は残酷だった。そこに乗っていたのは、生気を失っているのは、紛れもなく紅林くんの生首だった。

 「そんな、どうして!」

 本当に、一瞬前までは普通に動いていたのに、僕と会話していたと言うのに。何が起きたと言うんだ。

 「紅林くん!」

 僕は紅林くんの生首を持ち上げ、語りかけた。しかし、いくら語りかけても、返事が帰って来ることはなかった。

 「紅林くん! 目を覚まして! お願いだから……。」

 僕は彼の机に突っ伏してしまった。どれだけ叫ぼうが結果は変わらない。なぜかはわからないが、紅林くんも他の子と同じように、生首になってしまったのだ。

 「僕を一人にしないで……。」

 初めからずっと一人なのと、二人を経験してからの一人とでは、意味合いが全く違う。僕の心に、とんでもなく強い恐怖と不安が押し寄せる。紅林くんがいたから、ここまでかろうじて落ち着いていられたのだ。次を考えたり行動したりできたのだ。それが、ああ、一人でまたどうにかしなくてはならなくなってしまった。こんなに怖いだなんて、胸が押しつぶされそうになるなんて。

 落ち着け、落ち着くんだ! 頭の中にいるもう一人の自分が懸命に声出しをしている。ここで僕が慌てふためいたって何にもならない。絶望に押しつぶされるのも後でいい。考えろ、考えるんだ。一体何が起きたと言うのだ。

 紅林くんは、机からライターを取り出そうとしていた。そして、僕が目を離した一瞬の間に、彼は生首になってしまった。

 その瞬間に起きたこと、机の中に手を突っ込んでいた。それが原因? だけど、そんなことで生首になるって言うのか?

 ……いや、よく考えてみろ。他の子たちが生首になったのはおそらく朝礼の時間、さらに言えば去年事故が起きた時刻だろう。本当に黙祷が捧げられたとしたら、その瞬間、みんなはどこにいた? 当然、それぞれの席に座っていただろう。つまり?

 「自分の机や椅子に触れていた人間は、生首になった……?」

 僕が教卓や紅林くんの机に触れた時は、何も起きなかった。と言うことは、やはり当人の席でないと、この呪いは発動しないと言うことなのだろうか。相沢先生が無事だったのも、きっと自分の机から離れていたからだろう。僕は、目の前にある自分の席から後ずさりした。さすがに、試してみることはできない。

 その時、小さな足音が聞こえてきた。ぽと、ぽと、ぽと。何かをこぼしているかのような音だが、このリズムは間違いない。歩いている。

 まさか、あいつがもうここまでやってきたというのか? そんな! 何の対策も立てられていないというのに。僕は紅林くんの机の中を覗き込む。そこには確かにライターがあった。

 「これで燃やせば……?」

 おそらくオイルライターと呼ばれるものだろう。それだけは見た目で理解できた。だが僕はライターには疎い。これ以上の知識はない。

 僕はライターを手に取ると、まず蓋を外してスイッチのようなものに指をかけた。そしてそれをカチッと……。

 「あれ……。」

 カチッと……。

 「点かない!」

 ライターはオイルが切れてしまっているのか、どれだけ点けようとしても、うんともすんとも言わなかった。

 どうする。どうするのが正解なんだ。お化けを放っておくわけにはいかない。だけど叩いても効果はなく、燃やそうにもライターがつかない。この状況で、僕にできることなんて、あるのか?

 ぽと、ぽと、ぽと。

 足音がどんどん近づいてくる。どうやら四階まで上がってきたらしい。その四階で二番目に訪れるであろう部屋が、この教室だ。そしてそれは、おそらく奴にとって最後の教室ということになる。つまり、ここが最後の砦なのだ。この教室の生首を試し終えた時、あいつがどうなるかはわからない。暴走して襲われたら、僕の命はおそらくないだろう。逃げられたとしても、この校舎から出られない限り状況は変わらない。とにかく、奴がすべての生首を試し終える前に、策を考えないといけない。

 策と言ったって、僕に何ができるというのだ。僕にできることなんて、適当な首を乗せてやることくらい。いや、ソーイングセットを使えば、多少固定することもできるかもしれない。逆に言えば、それ以外にできることはない。だけどそれをすれば今度は、その生首の生徒が犠牲になるかもしれない。

 その時、僕は気づいた。この学校の生徒に先生、彼らすべての生殺与奪権を、僕が握っているということに。

 誰でもいい。気にくわないやつの生首をお化けにくれてやればいい。そうすれば、僕は助かり、そいつを亡き者にできる。これは、夢にまで見た完全犯罪のチャンスなのではないか? 僕は今、岐路に立たされている。誰でも殺せる。だとすれば、誰を? 急いで考えなければならない。紅林くんは色々言ってくれたが、結局僕はこういう人間なのだ。このチャンスを逃す手はない。

 頭を捻る。叩く。色々やってみながら考える。僕が一番殺したいのは誰か。新見か、長居か、稲垣先生か、それともゆかりなのか。

 隣の教室で、ゴトリ、ゴトリと音が響いている。このペースでいけば、すぐにこちらにやってくるだろう。

 新見は大っ嫌いだ。死んで欲しいと心から思っている。こいつがいなければこんなにひどいいじめには遭わなかったはずなんだ。いつもいつも暴力を振るって、ニタニタと笑っている。それに、こいつの取り巻きどももだ。自分で状況を考える知能はなく。新見の機嫌を伺うだけの無能ども。できれば全員死んで欲しいが、今回は一人だけ。だとすれば、やはり新見か。

 稲垣先生も嫌い。結局先生は、生徒のことなんて全く見ていないのだ。理想的な授業を行なっているという妄想と遊んでいるだけ。だから、いじめを主張する僕が邪魔なのだ。おかしな話だ。理想的な授業がしたいなら、先生は問題児に指導をしなければならないはずなのに。ある意味、最大の敵はこの人なのかもしれない。

 長居も嫌いだ。死んで欲しい。僕からゆかりを奪った男。正義も何もない人物なのは、僕への対応から見ても明らかだ。ゆかりのことがなくても、死んだほうがいい人間である事実は変わらない。僕より優れた人間というわけでもないのに。どうして長居なんだ。どうして僕ではないのだ。

 これら三人を差し置いて、僕が一番憎んでいるのはゆかりだった。ゆかりに見捨てられたショックに比べれば、新見からの暴力なんて最早ないのと同じだった。両思いだと信じていたのに……。

 夢の中で、僕は何度もゆかりを殺した。何度も何度も何度も。服を剥ぎ取り、露わになった肌を何度も鞭打った。首を締めた。包丁を突き刺した。焼いた。潰した。想像上のゆかりは、最初は叫び声をあげていたが、すぐにおとなしくなった。そして動けなくなったゆかりを、僕は……。

 だが、僕の中にゆかりへの想いが残っているのも事実だった。その証拠に、教室で生首たちと対面した時、僕が心配したのはゆかりのことだった。そして、ゆかりの生首を見たときは目の前が真っ暗になりそうだった。それだけ、僕はゆかりを想っている。だからこそ、誰よりもゆかりを憎んでいる。

 ならば、僕はここでゆかりを殺すのか? この手で、彼女を死に追いやるのか? そうしたい、という思いが溢れてくる。僕の手でゆかりを殺すことこそが、僕の本当の望みなのではないか。頭の中で、ゆかりへの殺意が嵐のように巻き起こる。殺せ、殺せ、殺せ!

 落ち着け、落ち着くんだ。今日だけで何回感情に流されそうになった? 必要なのは、冷静な判断力だ。仮にゆかりを殺したとして、何か現状は変わるのか? いじめがなくなることはなく、僕はゆかりすらも完全に失って、失意の中を生きなければならなくなる。落ち着け。建設的に考えろ。これはチャンスなんだ。

 そうだ。新見を殺せば、いじめ自体がなくなるだろう。そうすれば、ゆかりだって帰ってくるかもしれない。こんないじめさえなくなれば、ゆかりが長居を選ぶ理由もなくなるのだから。そうすれば、僕は幸せに生きていける。

 とにかく、冷静さを失うな。自分にとって最大の利益を考えろ。自分の状況を振り返れ。ピンチはチャンスだと人はよく言う。だとすれば、チャンスはなんだ?

 僕が考え込んでいると、後ろでゆっくりと戸の開く音がした。ジリジリ、ジリジリと戸の擦れるような音が聞こえる。おかしい。ウチの学校の設備は決して古くはない。こんな音、するはずがないのに。

 振り返ると、やはりそこに奴がいた。歩くたびに、首から血液が溢れ出し、行く先々を赤く染めていく。一年生のお化けが、六年二組の教室に入ってきた。

 誰の首を選ぶ? 新見を選ぶのが正解なのか? もう考える時間はほとんど残されていない。お化けは、手前の席から試そうとしているようだ。終わるまで待っていることはできない。このお化けが首を探している間に、誰かの首を乗せて、ソーイングセットで固定しなければならない。

 新見? 稲垣先生? 長居? ゆかり? 

 そこに正解はあるのか?

 お化けの動きは下で見た時に比べはるかに早くなっていた。慣れてきたのだろう。この教室の生首も、次々とお化けの首に乗せられ、落ちていく。

 考えろ考えろ考えろ! 誰を選ぶべきか。選ぶべきでないかを。

 追い込まれているのは、一体誰かを。


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