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生首  作者: ぼなぁら
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第5章 友人

 僕は大きく深呼吸をした。長く息を吐き出し。深く吸い込む。そして、その息をまた吐き出しながら、紅林くんの目を見た。

 「……わかった。話せる限りのことを話すよ。」

 「ありがとう。」

 紅林くんはそう言いながら立ち上がった。

 「まず聞かせてくれ。本当に、全員が生首になってしまったのか?」

 「僕も全ての教室を見たわけじゃないから、もしかしたら生き残りがいるかもしれない。それと、職員室の前で相沢先生が伸びていると思う。なぜか先生だけは生首にならずに済んだみたい。」

 「伸びているっているのは?」

 「えっとね。他の先生の生首を見てショックを受けたみたいで、気絶しちゃったの。」

 「……まあ、仕方がないかもな。」

 紅林くんは一人頷いている。僕としては、ちょっと情けないと思うんだけど。

 「とりあえず無事なのは俺たちと相沢先生だけってことだな。それじゃ、次。さっき言っていたお化けっていうのはなんだ?」

 「それはね、去年事故があった教室があるでしょ。そこにいたんだ。首のない子供のお化けが。」

 「首のない?」

 「うん。首から上がなくて、血まみれなんだ。最初は首がないことに気付かなくて、生き残りかと思って話しかけたら、首が……。」

 思い出した瞬間、僕は身震いした。

 「怖くて逃げ出したから、その後どうなったかはわからない。」

 「そうか。首のないお化けね……。」

 紅林くんは顎に手を当てて考えている。

 「それで、お前は学校から逃げ出そうとしたんだよな。だけど、できなかった。」

 「そうなんだ。どれだけ校門に向かって歩いても、たどり着かないんだ。」

 「俺は普通に入れたから、出ることだけができなくなっている、と考えるのが妥当だな。」

 頷きながら教室を歩く紅林くんだったが、不意に立ち止まった。どういたのかと思っていると、紅林くんは床に落ちていた稲垣先生の生首に手を伸ばした。

 「……思ったほど冷たくないな。」

 「そうなんだ。まるでまだ生きているみたい。」

 「案外その通りなのかもしれないぞ。こんな風に首を切られたら血が流れてないとおかしいのに、その痕跡もない。それに、お前がここに来てから大分経つのに、首の温度も下がっていない。もしかしたら、まだ助かるかもしれない。」

 「本当に?」

 「こんな異常な状況なんだ。何があったっておかしくないだろう。多分だが、死んでいる人間は、こうはならない。」

 僕の心に、安堵の気持ちが湧いた。しかし、それと同時にどす黒い思いも抱いた。なんだ、まだ生きているのか、と。だが、それを紅林くんに悟られたくはなかった。

 「どうしたら、みんなを元に戻せるかな。」

 「それはまだわからない。」

 そう言いながら、紅林くんは黒板に向かった。白いチョークを手に取ると、何やら黒板に書き始める。

 「状況を整理しよう。まず、お前が学校に来たのが朝礼の時間。その時すでに学校中が生首だらけだった。」

 「うん。」

 「無事なのは俺たちと相沢先生。他にもいるかもしれないが、あまり期待はできないな。」

 「そうだね。」

 「そして、去年事故があった教室に、首のないお化けがいた。」

 「やっぱり、去年の事故と関係があるのかな。」

 「それはまだわからん。だが可能性はあるな。そして、俺たちはこの学校に閉じ込められている、と。」

 僕はゆっくりと頷いた。紅林くんは神妙な顔つきで、チョークを置いた。

 「何が起こっているのか、少しわかったかもしれない。」

 「本当に?」

 「ああ。それを確かめるためにも、そのお化けを見に行きたい。」

 「ええ!?」

 思わず大きな声が出てしまった。またあれのところに行かなければならないのか?

 「本当に行くの? すごいんだよ? あんなグロいもの、見たことがないってくらい。」

 「だからこそ、見に行かなきゃならないんだよ。」

 そう言いながら、紅林くんは教室の戸に向かって歩き始めた。僕は一瞬紅林くんを止めようと思ったが、僕の言葉で止まる彼ではないと思い直した。ここで一人待つのも怖い。だったらついて言った方がマシだ。

 階段を下りながら、僕は紅林くんに話しかけた。

 「ねえ。」

 「何だ?」

 「今日はどうして遅れて来たの?」

 「何だっていいだろ。」

 鮸膠も無い、という言葉がこれ以上適切な場面があるだろうか。心なしか、そっぽを向いてしまったようにも見える。だけど僕は、紅林くんについてもっとよく知りたかった。

 「今日だけじゃないよね。時々休むし遅刻もしてる。何か事情があるのかなって。」

 はあ、とはっきりため息の音が聞こえた。もしかして、怒らせてしまっただろうか。

 「ごめんね。ちょっとデリカシーが足りなかった。」

 「いや、別にいい。」

 そう言うと、紅林くんはこっちを向いた。

 「うちの母親が、今ちょっと大変なんだ。」

 「大変?」

 「俺の父方の叔母に、階段から突き落とされた。」

 「ええ!?」

 僕はまたしても大声をあげた。

 「大丈夫なの?」

 「大丈夫じゃない。腰の骨を折った。退院はできたがまだ俺の手が必要な場面がちょくちょくある。それで休んだり遅刻したりしているんだ。」

 「なんでそんなことに。」

 「知るか。叔母の頭がおかしいんだろう。そもそも仲が悪かったんだ。嫁と小姑ってやつ。だからって突き落とす意味がわからないけどな。」

 「あれ、本当に危ないんだよ。大人でもあんなことする奴がいるんだ。」

 紅林くんの顔が奇妙に歪んだ。

 「……大変だな。お前も。」

 「……うん。」

 それから先、僕たちは無言で歩き続けた。僕はその間考え続けた。大人にも、いじめはあるのだろうか。多分あるのだろう。だけど、そんなことする奴は本当に大人なのだろうか。残酷な子供のまま、体だけ大きくなったやつのことを大人と呼ぶのは抵抗がある。そんな奴に人生の先駆者面されたくない。

 「さて、一階まで来たわけだが、そのお化けはまだあの教室にいるのかな?」

 「どうだろう。もしかしたらどこかに……。」

 その時、ゴトリという音がした。何かが床に落ちたような音だった。小さな音だったが、静寂に包まれている校舎では些細な音でも耳に届く。

 「今の!」

 「俺も聞こえた。すぐ近くの教室だ!」

 僕たちは音の鳴った方向へと急いだ。その場所はすぐに明らかになった。一年一組の教室だった。僕たちが教室の戸に着いた時、もう一度ゴトリと聞こえた。それだけじゃない。廊下の奥から僕たちとは反対方向にある教室の戸まで、真っ赤な血の跡が続いていた。

 「ここだな。」

 紅林くんはそう言うと、教室の戸の窓から中を覗き込んだ。僕もそれに習う。

 そこには、やはりあいつがいた。

 「あれが、お前の言うお化けか。」

 お化けは、教室の窓際にいた。やはり首から上はなく、一歩歩くごとに大量の血液を撒き散らしている。

 「何をしているんだろう。」

 「予想はつくがな。」

 見ていると、お化けは机の上から生首を掴んで持ち上げた。そして、自分の首の上にそれを置いた。虚ろな目をした生首と血まみれのお化け。その組み合わせはとてつもなく奇妙で、グロデスクだった。

 「うええ……。」

 「我慢しろ。」

 お化けはまるで喜んでいるかのように、ゆらゆらと動いていた。当然ながら、生首は固定されていない。お化けが動くと、首はグラグラと動く。それを気にもとめず、お化けは歩き出した。両手を前に伸ばしながら、ゆっくり歩く。それに耐え切れず、生首はお化けから落ちてしまった。さっきも聞いた、ゴトリという音。そうか、この音だったんだ。

 その音にせいかはわからないが、お化けにも首が落ちたことはわかったらしい。嘆いているかのように、両手を挙げた。もしも頭があればかきむしっている位置だ。しかし、それも一瞬のことだった。すぐにお化けは動き出し、次の机に向かった。そして、机の上の生首を又しても持ち上げ、首の上に置いた。

 それからしばらくお化けを観察していたが、どうやら奴は同じことを繰り返しているらしい。生首を持ち上げ、自らの首の上に置き、落とす。ただそれだけを、延々と繰り返しているのだ。

 「どういうことなんだろう。あいつ、なんで生首を乗せて回っているのかな。」

 「多分だが、首が欲しいんだろう。」

 「どういうこと。」

 「それは戻ってから説明する。」

 そう言うと、紅林くんは教室の戸から離れた。

 「待って!」

 僕は慌てて紅林くんを追いかける。ああ、また階段を登らなければならないのか。正直に言うと、もう体力の限界なんだけど。


 教室に戻ると、紅林くんは教卓の上に座った。横に稲垣先生の首があるのだけど、紅林くんは気にしていないようだった。

 「そろそろ説明してくれてもいいんじゃないかな。紅林くん、何が置きているのかわかったんでしょう?」

 「まあな。確証はないが……。」

 紅林くんは腕を組むと、厳しい顔つきで話し始めた。

 「今日が何の日か、お前もわかっているよな。」

 「うん。あの事故が起きた日だ。」

 「そう。で、お前はあの事故についてどれだけ知っている?」

 「どれだけって、他の生徒と同じくらいしか知らないよ。」

 「具体的には?」

 具体的と言われても、僕は事故の当事者じゃないし、知っていることには限度があるんだけどな。そう考えながらも、僕は事故の概要を説明することにした。

 「ええっと、一年前の今日、グラウンドにヘリコプターが墜落したんだよね。確か、個人の保有しているヘリコプターだったって聞いたかな。それで、グラウンドに落ちたヘリコプターが爆発を起こした。当然操縦していた人は死亡。その時に飛び散ったヘリコプターの破片が当時の一年二組の教室に飛んで行って、生徒の一人に直撃して亡くなったんだよね。」

 「その通りだ。」

 紅林くんは深く頷いている。

 「それだけかな。僕の知っていることは。」

 「そうか。まあニュースになったのも大体その程度の話だったな。」

 「紅林くんは、もっと詳しく知っているの?」

 「もちろんだ。と言っても、又聞きした話でしかないがな。」

 そう言うと、紅林くんは教卓から飛び降りた。そして教壇の上を歩きながら、話を続けた。

 「ヘリコプターから飛んで来た破片は、とてつもなく鋭利なものだったらしい。それが生徒の首に直撃した。どうなったかはわかるな?」

 「それって……!」

 「ああ、首から上が胴体とサヨナラしたってわけだ。それから一年。その教室に首のないお化けが現れた。偶然とは思えないよな。」

 「やっぱり、アレは去年の事故にあった生徒のお化けなんだ。」

 「ほぼ間違いないだろう。そして、生首を自分の首に乗せて回っていた。」

 「それってやっぱり……。」

 「ああ。おそらく奴は、失った首の代わりを探しているんだ。だからみんなの首を乗せて回っている。」

 「だけど、代わりって言ったってどうやって選ぶつもりなのかな?」

 「さあな。何らかの条件があるのか、逆に誰のでも構わないのか。少なくともさっき見た限りでは、まだ見つけられていないようだ。」

 あいつは代わりの首を探している。もしそれを見つけたら、この現象も終わるのだろうか。そうなって欲しい。そのためには、今わかっていることは全て話し合わなければならない。

 そして僕には引っかかっていることがあった。あのお化けの態度である。

 「紅林くん。あいつ、首を乗せるたびに喜んでいたよね。」

 「えっ? そうか?」

 「そうだよ。それで、落とすたびに嘆いてた。」

 「……俺にはよくわからなかったな。それは、間違いないのか?」

 「多分。」

 紅林くんは教壇の上をぐるぐる歩き回りながら、ブツブツ呟き始めた。

 「首を乗せて、喜んでいた……。だけど、すぐに落としてしまう……。」

 「だったらさ、落ちなければいいんじゃないかな。」

 「どういうことだ?」

 「あいつが首を乗せた時、何らかの方法で固定されていれば、あいつは満足するんじゃないかな。そうすれば、この変な状況も元に戻るかも。」

 「……考え自体はあっているかもしれない。」

 「それじゃ、あいつのところに行って……。」

 「だが、もしもそれで元に戻ったとして、あいつに固定された生首の主はどうなるんだ?」

 「えっ?」

 そういえば、そこまで考えていなかった。

 「最悪の場合を考えろ。あいつが満足してそのまま消えてしまったら、その生首も失われてしまうんじゃないか? そうなれば、元に戻ってもそいつは……。」

 「死んじゃうってこと?」

 「それもあり得るって話だ。」

 重たい空気が辺りを支配する。僕たちは黙りこくってしまった。

 死んでしまう。確かにそれは良くないことだ。どんな人間だって、真っ当に生きる権利があって、それをこんな形で奪われてしまうなんてあってはならない。それは、わかる。

 だけど、他にどうしようもないじゃないか。それに、どうせこいつらはいじめに加担する人間のクズなのだ。一人くらい死んでしまったって構わないじゃないか。

 「武田の考えもわかる、とは言えないが、推し量ることはできる。」

 沈黙を破った紅林くんは、僕の正面に立った。

 「確かにこいつらはクソ野郎どもだ。誰もお前を守ろうとしないし、それどころかお前を傷つけている。死んだ方がマシだとか、むしろ死んでしまえとか、思っているんだろう?」

 「……大体はそんな感じ。」

 「だけど、俺はそのやり方を認めない。」

 「どうして?」

 「一つ目。誰かの犠牲で助かっても寝覚めが悪い。二つ目。こんなやり方で復讐して欲しくない。そんなところか。」

 一つ目は僕にもわからないではない。だが、二つ目はどう言うことなんだろう。

 「復讐して欲しくないっていうのは、僕のことだよね。」

 「そうだ。」

 「僕の復讐に顔を突っ込むの?」

 「そういうことになるな。」

 「どうして!」

 思わず声を荒げた僕に対し、紅林くんはどこまでも冷ややかな目でこちらを見つめている。

 「気に食わねえからだ。はっきり言おう。俺だって新見やその取り巻きには『死んでくれ』って思っているよ。毎日あのアホ面を見るたびにぶん殴りたくなる。」

 「それじゃあ、僕の気持ちもわかるでしょう?」

 「ああ、わかるとも。だからよ、武田。今度俺と一緒に、あいつらをぶん殴りに行かないか?」

 「えっ?」

 予想外の発言に、僕はたじろいだ。一緒に殴りに行く? 新見たちを?

 「俺は武田のことを買っているつもりだ。お前なら、あいつらにやり返していじめをやめさせることもできると思う。もちろん、真正面から殴り合えば負けるだろうが、お前の観察力があれば状況は覆せるはずだ。」

 「そんな、僕が、新見を?」

 できるわけがない。紅林くんが僕を評価してくれているのはありがたいけど、これは完全に過剰評価だ。

 「無理だよ。そんなの。」

 「ま、そう言っている間は無理だろうよ。だからってなあ、こんな反撃もできない相手を殺して復讐するなんて俺は認めない。反吐が出る。」

 「だけど、現実問題として僕たちはここに閉じ込められているんだよ。それなのに、どうしようって言うのさ。」

 「一つ考えがある。」

 「どんな?」

 「あのお化けを倒す。この状況を作ったのがあのお化けなら、根本を破ればどうにかなるかもしれん。」

 「お化けを倒すって言ったって、どうやってさ。」

 「知るかそんなもん。殴ったりぶっ飛ばしたり色々やってみればそのうち死ぬだろ。」

 すでに死んでいるお化けに物理攻撃は効くのだろうか。

 「さてと、武器になりそうなものは……。お、あれがあるじゃん。」

 紅林くんが目をつけたものは、教室の後ろにある傘立てだった。そこから、彼は適当な傘を引っ張り出した。

 「長さも重さも丁度いい。これで殴りに行くか。武田。お前もどれかもっていけ。」

 「う、うん。わかった。」

 僕は傘立てから自分の置き傘を取り出した。

 「持ったな? よし。行くぜ!」

 紅林くんは教室の戸を開け放つを、猛烈な勢いで走り出した。その走りっぷりは、まるでチーターのようだった。

 一瞬にして、紅林くんの後ろ姿が消える。当然ながら、追いつけそうにない。それでも、僕も急いで下に向かった。少し休んだおかげで、また走れるようになっている。無理は禁物だが、いざという時は全力で走ろう。


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