序章 事故
その日は、抜けるような秋の青空の広がる日だった。
S小学校の一年二組では、いつものように朝礼が行われようとしていた。メガネをかけた担任教師が、教壇に立って生徒たちに呼びかける。
「出席を取るぞ。みんな席について。」
他の先生の言うことはなかなか聞かない一年生たちであったが、この教師の言うことは素直に聞き、席についた。それは、この教師が他の教師よりも生徒たちから好かれている証左であった。
教師は出席簿を開くと、よく通る声で名前を読み上げ始めた。
「愛内くん。」
「はい。」
「伊澤くん。」
「はーい。」
「上野さん。」
「はい!」
名前を呼ばれた生徒たちが、元気よく手をあげながら答えていく。その度に、教師は笑顔で頷いた。
本当になんでもない、毎日繰り返されている朝の光景。しかし、異変はすでに始まっていた。
「田上くん。……田上くん?」
その生徒は、窓の外を見つめていた。
「田上くん、今日はお休みかな?」
おどけるように呼びかける教師であったが、それでも生徒は窓の外を見つめるばかり。その表情は妙に明るく、興奮しているようであった。
「田上くん。返事は?」
教師が生徒の元へと歩きだす。教師が目の前に来たことに気づいたのか、ようやく生徒は顔を教師の方へと向けた。
「先生! あれ!」
生徒は窓の外を指差した。それを見た教師も、窓の外に目を向ける。
「……えっ?」
そこにあったのは、ありえない光景だった。グラウンドに、本来ならいるはずのないものが存在していたのだ。
「ヘリポクターだよ!」
「違うよ。ヘリコプターだよ!」
すでに生徒たちは、窓の外に夢中になっていた。そこには、ヘリコプターがゆらゆらと揺れながら高度を下げる姿があった。
「なんでこんなところに……。」
教師の顔が、途端に青くなる。それも当然のことであった。教室からヘリコプターまでの距離は、せいぜい十数メートルしかない。ヘリコプターが高度を下げるごとに、その駆動音も増していった。
「すごい! こんなに近くで見たの、僕初めて!」
「グラウンドに降りるのかな。」
「せんせー。なんでヘリコプターが来たのー?」
生徒たちの声は教師に届いてはいなかった。
「様子がおかしい……。みんな、名前順に並んで。教室を出よう。」
生徒たちから不満の声が上がる。
「こんなに近くで見られるのに!」
「先生、僕も乗りたい。」
「ゆうくんも!」
「ダメだ! 危ないからここから離れよう。」
教師が大声をあげた、その時だった。ヘリコプターはそれまでかろうじて保っていたコントロールを完全に失い、真っ逆さまに地面へと墜落した。巨大な衝撃音。教室の窓ガラスが震える。
一切逃げる隙はなかった。教師と生徒たちは、その瞬間を待つことしかできなかった。ヘリコプターから漏れ出したオイルに、衝撃で起きた火花が引火した。耳をつんざくような爆音と共に、ヘリコプターの部品の一つが一年二組に襲い掛かった。窓ガラスが割れ、その部品は教室に飛び込んだ。
そして……。