起源
毎日、毎日、つまらない日常。
起きて、学校に行って、遊んで、帰って、勉強して、寝る。ただそれだけの、同じような日々の繰り返し。
うんざりだ。
大きな事件が起きたって何もできないし、全体から見ればただのモブだ。隅っこの方でしか生きられない一般群衆の中の1人だ。
……ずっとそう思っていた。
けれど、神が俺に力を与えた……!
俺の意志が奇跡を呼んだ……!
俺は地球という舞台で輝くことができるようになった。
だから俺は…………この世界の支配者になる
核兵器という概念が存在しないこの世界で事は起きた。
2120年、国内で人口爆発による食料不足・石油危機の原因により、資源を求めた先進国のアルカディア王国は隣国のカナレス国に宣戦布告。
この東西戦争においてそれは、兵器と魔法を使って戦う、いわゆる魔法戦争であった。
アルカディア王国の圧倒的人員・武力により敗北したカナレス国は支配を受け、権利を失った。
その1年後、アルカディア政府の立案により約8割の人口といえるカナレス数百万人を最低限の暮らしができるようにするための土地や施設が提供され、現地に送り込まされた。
しかし裏ではカナレス人を使って人体実験をするための罠であった。つまり強制収容所への監禁、そして虐殺が始まった。
その中の1人、両親と生き別れた青年ケイネス・リュークは、共に収容された親友ルーカス・アストレアが実験で殺されたことをきっかけに脱走を決意。
とある夜明けの日、彼の居た第三収容所で数十万人にわたる大脱走が開始され、成功者たちは他の収容所の救出。その結果、約7割の生存を確認。そして後の大反乱により、旧カナレス領の約5割の取り返しに成功。
この事態にアルカディア王国は再攻撃を試みるも、突如現れた謎の生命体『黒い龍』の一時出現により、カナレスは護られた。
2123年、カナレスの生き残りがアルカディア王国に反乱。
カナレス帝国はこの第二次東西戦争に備え、兵士の召集・武器の収集を進行。
親友ルーカス・アストレアの想いを胸に秘め、彼は反乱軍に加入したのであった。
1、
ルーカスが言った教訓を思い出した。
「『自分は主人公だ、特別な存在だ』 そんなことを思っているヤツは、前に進めないんだよ。お前はどうだ?ケイネス」
「それは関係ないだろ」
オレがルーカスに返した言葉だ。
そしたらルーカスはこう言ってきた。
「お前、下手すれば可哀想なヤツになっちまうぞ」
……これが案外、間違ってなかったんだよな。
訓練の時だってそうだった。指導者でもないただの訓練兵のくせに、リーダーぶって皆を奮い立たせた。相手がどう思っていようが。
オレがいるから皆団結できた。
オレがいるから皆強くなれた。
オレがいるから皆恐れず立ち向かう勇気ができた。
オレがいるから大丈夫…………
オレがいれば、アルカディアに勝て____
知らぬ内に、オレは自分が特別な存在だと思い込んでいた。
「見つけた…………!!」
現在、第二次東西戦争。
そう、今までのは単なる走馬灯だ。今この瞬間オレは意識が無くなったんだ。
それも、可哀想なくらいあっけなく。
戦場に立ち、仲間の死を見た、それだけだ。
オレは目を、心を、閉ざした。
『黒い龍』はもう一度来てくれないだろうか。どうか、アイツらを……
.
.
「待って!」
「マリア様!?」
「治癒魔法っ!! 皆も協力してこの人の手当を!」
「敵兵ですよ!?」
「いいから早く!」
2.
知らない天井、知らないベッド、知らない部屋。
…………どうして生きている!!?
「あ、良かった!目が覚めて!」
え??誰?
体を起こそうとすると激痛が走った。感じたことのない痛さに、オレは声を荒らげる。
「だめだよ!大ケガしているんだから動かないで。とりあえず水を飲んで」
とてもオレを心配している様子だった。
でもいったい、何があったんだ?そもそもここどこなんです?
「えーっと……僕はケイネス・リュークと申すんですけど……あなたは誰です…?」
「私はマリア・アントワネット、24歳だよ。あなたは?」
「僕も24歳です。同い年ですね」
「え!すっご~~~い!」
か、感情豊かだなぁ……
「ここはアルカディアの北西にあるバルバロッセという町よ。静かな田舎町でとてもいい場所なんだよ」
アルカディアと聞いて戸惑ったけれど、田舎町ということで少し安心した。それと彼女はアルカディア人だと分かった。メモメモ……って、メモはないけど。
アルカディアとカナレスは隣国同士だから、顔も言語も変わらないという点で区別がしずらい。
……いやそんなことより!!
「どうして僕こんなところにいるんですか!?いやもっと単純に、どうして僕生きてるんです!?」
「まだギリ生きてたから助けた☆☆」
「いや、そんなキラリッとした感じで言われても…。というかあそこ戦場ですよ!」
「ああ大丈夫、なんかキミ、簡単に拾ってこれた。誰も居なかったし」
スゲェ適当に言われているように聞こえるんですけど……
「はぁ……それで、僕をどうするつもりですか?拾ってきたってことはカナレス軍の制服を見た、つまり僕がカナレス人であることも分かっている訳ですよね」
ここが大事だ……!返事によっては、例えこんな可愛い女性でも、力ずくで殺すしか……
「ん?どうするって… もちろん君の進路が決まるまで私が保護するよ?それとも私じゃ信用できないってこと?」
は?
意味が分からない。逆にオレに何かするつもりなのか?
オレがカナレス人である時点でアウトなのに、今日出会った人と同居?アルカディアはこんな頭おかしい人が多いのか?
悪いけど、この人は信用できない。というより、なんか呆れた。
「僕はカナレス人ですよ?」
「誰がどこの人であろうと関係ないと私は思うよ。これは本音だよ」
……本心か分からないけど驚いた。カナレス人がアルカディア人を嫌うのと同じように、アルカディア人は皆カナレス人のことが嫌いだと思っていた。
「じゃあ決まりだね!」
だからなんでそうなるんだよ……
「けど、仲間たちが今危ない状況にいます。僕はもう一度行かなきゃいけない。そうすべきなんです」
マリアさんは少し黙った後に言った。
「気持ちはすごくわかる。けどもういいんじゃないかな……正直に言って、今ではどうやってもアルカディア王国に勝てないと思うよ…… 絶対に今、ここにいた方が幸せになれるよ。戦死したことにして、ここで暮らそ?あとキミ、弱そうだし」
「すみません最後の言葉いらないです、はい」
やっぱり何考えているか分からない。
しかし、彼女がそう言うと胸が熱くなった。
その言葉にありがたみを感じた。それと同時に、カナレス帝国の哀しさ・虚しさを感じた。多分、遠回しに諦めろと言ってるのだと思う。
遠回しかは微妙だけど……
そう思うと何だか泣きそうだ。
あれ……涙?
そっか、オレ泣いてんだ。はは……
「僕は無力な男です。2年前、親友と一緒に強制収容所に監禁されていました。あのときは苦しいことがあっても、互いに助け合おうと決めていました。僕が監視官に暴力を振るわれたときも彼はすぐさま前に出てきてかばってくれる、そんな勇敢で優しい人でした。
………でも、僕は違いました。
彼が連行されたとき、その監視官に歯向かおうとしました。……いざ前に出ると口も体も動きませんでした。抵抗すると、自分も実験台にされるかもしれないという恐怖心が芽生えたから。結局、我が身大事ってやつです。最後、彼に笑顔で「生きろよ」と言われたときは本当に心が痛みました。その後、脱走に成功して軍隊に入りました。彼を苦しめたアルカディアを1つ残らず叩き潰してやろうと思いました。
…………無知なくせに、自分がいれば何か変えられるという大きな勘違いしていました。主人公でも何でもないのに、勝手な妄想して、周りに緊張感を無くさせてしまって、ただの訓練兵のくせにいざ倒れたときは超絶望して、もう終わりだと諦める、そんなくだらない人です僕は……!
能力も心もちっぽけな、そんな僕でも、ここにいていいんです……か?」
過去を振り返るだけで涙が止まらなかった。
彼女は最後まで話をうんうんと頷きながら聞いていた。
「キミの悲しさ全部私が受け止めてあげる。困ったときも私がそばにいてあげる。だからケイネスくん、私を信用して」
なんなんだよ、この人は……
どうしてこんなにもオレを助けようと……
そんなこと言われたら無理にでも信じたくなるじゃないか……!
「確かに勘違いしてたかもしれない。でもキミは、優しさと勇気の塊には変わりないよ。世界最強と言われるアルカディア王国に最初から勝てると確信して立ち向かったことも、この状況で仲間を助けに行こうとすることも、それを行う意志があるのはもうこの世界にキミしかいない。キミの親友はキミの行いに、すでに笑顔で称えているよ。必ず天国で」
ああ…… そうか。
この人は、嘘も隠し事もしない本当にいい人なんだとやっと理解した。
気がつけば涙も止まっていた。
「そうかもしれませんね。わかりました、あなたを信用します。僕の道が決まるまでこれからはよろしくお願いします」
「じゃあ、互いに敬語なしにして私をマリアって呼んで!」
「……うん!わかったよマリア。オレのこともケイネスって呼んでくれ!」
こんな奇跡から始まった新たな生活。もうオレは今度こそ何も失わないようにしてやる。過去の悲劇、自分の弱さ、これらすべて忘れてしまおう。静かに暮らそう。そう決めた。
「そういえばマリア、1人暮らしなんだね。実家はどこ?」
「王都ブリュッセヒルデの中央宮殿だよ」
「えっ!?というかずっと思っていたけど、マリアって結局は何者!?教えてくれ!」
本当に何者だよ……さっきから色々不思議なことばっかだよ。オレを拾ってきたとか同居するとか……
「え~~どうしよっかな~~~?」
「じゃあ1人で旅立ってホームレスしてくるよ……もうカナレスも壊滅状態だし」
「ウソウソウソ!!教える教える!!いい?よく聞いてね」
もったいぶらず早く言ってくれよ……
「私はアルカディア王国第3代皇帝エドガー・アントワネットの娘でありながら、第4代皇帝への継承の座を自ら剥奪して田舎に逃げ込んだマリア・アントワネットだよ」
しかしオレは諦めたはずなのに、心の奥底ではまだ諦めていなかったことを後に気づかされたのだ。