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天野家を去る時に

 写真の更紗は少年のような短い髪にズボン姿で俺の知っている表情で微笑み、俺の知らなかった美しさで咲き誇っていた。

 相良が美緒子を誘拐して欲しいと願うのは、更紗の死の真相を彼女から聞き出したいだけであったのだ。


「あの欲深な馬鹿女よ。相続の話を聞けば飛びつくと思ったのだけど、事故で怪我をして以来家に閉じこもっているらしくてね。美しい顔が台無しになったそうよ。」


「それではあなたが訪問されては?」


 相良はハハハと女性らしくない笑い声を上げた。


「だからあなたでしょう。和泉は妻を隠しちゃったのよ。完全にね。妹殺しの醜い妻を隠すためでしょうね。和泉は元々の和泉建設以外の事業を全部売り払うと、妻と共に雲隠れしちゃったの。」


「それでは海外かもしれませんね。」


 相良はにんまりと悪そうに笑うと、日本よと、答えた。


「ちゃんと総監に直々に捜索させたのだから確かよ。海外に出た記録はない。あの二人は日本国内にいるの。そして、ようやく見つけたのよ。」


「それならば、私が誘拐する必要がないじゃないですか。美緒子は警察に任せてみてはいかがです?」


 俺にはこの茶番から逃げたい気持ちしかなかった。

 更紗が殺されたにしろ、心中をしたにしろ、彼女はもういないのだ。

 美緒子がその原因だと言うならば顔も見たくはない。

 真相を暴いたところで、そこで再び更紗の死に対面する事になるだけだ。


「その警察が更紗と従兄の天野あまの拓郎たくろうを心中と結論付けたのよ。今回あの女の居所を探させる事だっていくら使ったと思っているの。相続人だからって理由でようやくよ。」


 相良が昨年美緒子を相続人に指定して公表したのはそのためか。

 そこまでして更紗の死の真相を探りたいとは、あの子は彼女に何をしたのだろうなと思い、するとまた更紗との記憶が蘇った。


 今度は、俺があの天野家を去る時の事だ。


 俺と美緒子との縁談はありがたい事に流れた。

 俺の思惑通りである。

 美貌の姉よりも殆んど少年の外見の子供と遊び歩き、下品に大騒ぎして毎日泥まみれの上に、外見が傷と痣だらけの醜い男であるのだ。


 美緒子が逃げるのは当たり前だ。

 美緒子は避暑にその地に訪れていた和泉和匡と駆け落ちしたのである。

 九月の最初の日曜日にホテルで催していた俺との婚約披露パーティの真最中に。


「お前って、無能のろくでもない男だな。」


 車に荷物を詰め込んでいる時に、更紗の罵倒が俺の背中を打った。

 それも呆れた様な声音で。

 俺はそれでも更紗の声に喜んでいる自分に気がついた。


 姉が逃げた一昨日から俺に話しかけるどころか一切目線も合わせない彼女に俺は裏切られた気もしたが、彼女が俺の妹でなく美緒子の妹で有ったのだと、無視されてようやく俺は思い出した始末だ。


 姉が駆け落ちする羽目になった男は敵でしかないだろう。

 その上、美緒子の出奔により天野家は恥辱に塗れてしまったのだと、俺はようやく思い当たった大馬鹿者だ。


 俺に声をかけてきた甚平姿の少女に目をやると、更紗は大人のように左の眉毛をクイっと上げて、小馬鹿にしたように鼻で俺を笑った。

 俺は彼女のその表情に嬉しさしか湧かない。

 お前はひと夏の相棒だったよな、良いよ、詰ってくれ、君の思う存分に。

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