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竹ちゃんが隊長と呼ばれないのは

 東京に戻った数日後に、長谷が訪ねてきて、彼から報告を受けた。

 和泉はあれほど俺を雄弁に罵っていた癖に、連行された先の警察署の尋問室では、ただの小心者の実業家に変化したのだという。


 残念ながら彼は小賢しく、弁護士を雇うと自らの心身消耗を訴えつつ、殺人の罪は全て拓郎になすりつけたのだ。

 実際に更紗が目撃したのは、既に死んでいた美緒子に和泉が杭打ちの木槌で殴り、その後に燃やした場面だけである。


 更紗を誘拐しようとした女中と運転手の死に関しても証拠はない。


 結局妻の行状に神経衰弱をきたした可哀相な男が、妻の死体を見て異常行動を起こしただけと片付けられたのだそうだ。


「それでも、君はご機嫌なんだな。」


 悪党を追及し切れなくても、長谷はどこ吹く風だった。

 この悪徳警官め。


「当たり前ですよ。和泉は竹ちゃんと矢野に既に社会的抹殺を受けていますからね。僕としては別にかまいません。刑務所に行くより悲しいでしょ、金持ちの貧乏暮らしは。」


「本当に昔からやる事が陰険ですよね、隊長は。」


 長谷に茶菓子を出しながら、田辺が長谷に相槌を打った。


「陰険って酷いな。」


「陰険ですよ。あなたは和泉の会社を潰しちゃったでしょ。その上、欲しくない女を引き取ってくれて感謝しかなかった何て言い草、意地悪ですよ。」


「潰れるとは思っていなかったけどね。ちょっと会社を困った状況にして更紗にちょっかい出せないようにしたかっただけで。不可抗力だよ。」


 和泉が再起をかけたプロジェクトの建設許可と銀行の貸付が、俺の悪戯でストップしただけだ。

 会社を潰そうとまで意図したわけではない。

 ちょっとした意趣返しだ。

 銀行は父の名を出して和泉について調べ直すように忠告し、建設予定地には豚の骨をいくつか埋めて大騒ぎさせただけだ。

 豚の骨が人間の骨と間違えられるのは良くある事だし仕方が無い。


 まぁ、弟の家の虫も適当にくっつけてそれらしくしてやったが。


 弟の家の屋根裏と床下には、数年前に消えた筈の歳暮のミイラが放ってあった。

 後援会会長の藤枝と重鎮の外山に贈ったはずのものだ。

 俺を息子と思っている藤枝が今年は届いていないと俺に伝えてきて発覚し、あの母が頭を垂れて藤枝と外山に謝罪行脚をしたという、その時の行方知れずだった消えた歳暮である。


 実は母の方こそ美佐子にいびられていたのだろうか?


 茶請けの白い海老せんべいを齧りながら、「欲しくない女」云々は意地悪だと田辺に責められたことで、俺は彼を茶化してみたくなった。


「じゃあ、弟には同じ言葉を言っちゃ駄目か。あいつは未だに俺を気にしているから気楽にしてやりたいのだけどね。俺には婚約者も親父の跡目も欲しくは無かったよって。」


 田辺と長谷が仲良くむせた。


「幸次郎さんに絶対にそれ言っちゃ駄目ですよ!あんなギリギリな人、絶望して自殺してしまいますよ。大事な弟でしょ。兄としてもう少し思いやってあげましょうよ!」


「あんたのそういう所、本当に怖いわぁ。知ってた?隊員が竹ちゃんを隊長と呼べなかったのって、付いていくには怖過ぎるって引いてた所もあるからね。」


 ちゃんと隊長として見てくれたことは知れてうれしいが、怖くて引いたと、仲間と見てもらっていなかったと知った事には少々悲しかった。

 俺は面倒な男なのかもしれない。


「引くって酷いな。俺はいつも一生懸命だったでしょう。」


「あんた、俺の脹脛を笑顔で撃ち抜いたの忘れていないか?」


「笑顔じゃなかったでしょう。ねぇ、田辺軍曹。」


 田辺はすいっと、俺の視線から顔を逸らした。

 え?笑顔で俺は長谷を撃ってた?

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