ドライブは楽しい会話を
更紗と正造が矢野に連れられて応接間を出て行った後に、田辺と長谷が現れた。
長谷は未だに更紗の振る舞いに呆けている県警の刑事達に、俺達に事前に囚われていた男達の処遇を頼んでいる。
更紗の父は和泉に囚われ監視されて、この家に閉じ込められていたのだ。
俺が昨日訪問した際に、正造を監視していた二名の男が襲い掛かってきたのだが、俺には鉄の棒でしかない杖というとても頼りになる相棒が常にいる。
暴漢を返り討ちにした俺は、一先ず彼らを拘束して更紗の温室に転がすことにした。
温室に入って周りを見回すと、温室は修繕されており、更紗の完璧の池は静かに水を湛えていた。
ちゃぷんとした水音に中を覗くと、大きな出目金が池の中を優雅に泳いでいるではないか。
「え?何コレ。」
巨大過ぎる金魚に思わず声が出た。
「池には主様が必要でしょう。」
幼い更紗の声が蘇った。
俺が金魚は自然界にいないでしょと、完璧の池に必ず一匹は放たれる金魚について更紗に尋ねたのだ。
大きな目をギョロっとさせた彼女は、おどけてそう答えて、続けた。
「金魚は永遠に成長し続けるから。」
「はは、本当に主様になっているよ。」
巨大化しても不細工でしかない出目金に噴出して笑っていると、痩せこけた男が温室に入ってきた。
彼は俺の足元の自分の看守が転がっている事に驚き、俺の存在にようやく現実味を帯びたが、解放の喜びよりも悲しみの涙に暮れた。
「すまない。君が更紗を迎えに来てくれたのに、あの子は死んでしまったよ。」
彼は更紗を失ったと思い込まされて監禁されていた。
葬式もさせてもらえずに監禁されていた彼が、この温室を更紗の思い出として少しずつ修繕していったのだという。
温室の隅にはあの頃のまま茣蓙が敷かれて、更紗が研究日誌を書いていた書き物机がちょこんと置いてある。
机の上には一輪の花。
一輪でも騒々しく枝が張り、天辺にいくつもの紫色の小さな花、秋に咲く藤袴にもよく似た花をつけている郭公薊だ。
「正造さん、更紗は生きていますよ。」
「まさか!」
「俺が迎えに来たのは更紗でなくあなたです。まぁ、ちょっとすぐに連れ帰れない事情がありますが、いいですか?」
俺の話を聞いた彼は、更紗の為にならば何でも協力すると涙を流して更紗の無事を喜んでいた。
彼が和泉の言うがままに監禁されるに任せていたのは、娘を亡くしたと思い込んで生きる気力も失っていたからである。
そして、東京の和泉の手下の黒服軍団は、いつの間にか霧散していた。
「お前の忘れていたって、それか。」
ここに来るまでの車の中で、俺は殴りたかった矢野に大笑いしていた。
「それは違うけどね。まぁ、邪魔なものを潰すのは当たり前でしょ。ウチの若いの使ったから、あの黒服どもは一・二ヶ月は使えないね。潜入していた時に奴ら全員の身元は押さえておいたから、闇討ちするのは楽だったよ。」
ハンドルを握りながら矢野がちらと俺を伺うように見て、それから彼は意地の悪い声を出した。
「和泉の銀行の融資が止まったのはあんたの仕業だろ。」
知っていると云う事は、矢野も相良の力を使って同じ事をしようとしていたわけか。
「金がなくなれば力も失うからね。」
「違いない。」
和泉の手元には現在和泉建設しかないが、それは事業を売ったからではなく、不渡りで破産しかけて手放しただけだった。
拓郎に自分の隠し金を奪われて不渡りを出した和泉が急場を凌げたのは、拓郎が正造から奪った金だったというから皮肉この上ない。
よって、和泉建設しかない彼から和泉建設を潰せば、もはや和泉は丸裸になってしまうのだ。
和泉が更紗を連れ去ろうと急に動いたのは、力を失ってしまったからだ。
「俺の頑張りが惚れた女のためだと耀子が勘違いしていて困ったよ。こういうお遊びが久しぶりで楽しくて頑張っていただけなのにね。」
「お遊び?」
矢野はニンマリと微笑み答えた。
「大暴れは楽しいお遊びでしょ。あんたの悪戯と一緒でね。」
武道派の彼と彼を慕う相良の警備部門は、大はしゃぎで和泉建設の黒服軍団を夜な夜な襲撃していた模様である。
けれど和泉はそれを俺の仕業と思い込み、金でそこらのチンピラを雇っての昨日の襲撃だ。
シャッターの修理代は矢野に払わせられないだろうか。




