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完全なる世界がここにある

「大丈夫かい?やはり衝撃が大きすぎたね。そんな体で大好きな恭一郎さんの所に行けるほど君は厚顔ではないだろう。そんな汚れた女が嫁だと選挙区に知られたら、竹ノ塚のお父様にも泥を塗ってしまう。さぁ、君は言われたとおりに出来るよね。」


「出来ないわ。」


 私は大きく首を振り、そして、父から少し離れた。


「あぁ、恭一郎に黙っていればわからないと?美緒子と同様に自分が処女だと嘘をつくと?」


 私は思いっきり和泉を殴り飛ばした。


「この糞野郎が。お前かよ。あの三下のごろつき共を送ってきたのは。」


 彼はソファの背を超えて転がり、テーブルと椅子の間に嵌るように落ち込んだ。

 そのみっともない姿に私は笑い飛ばしていると、唖然とした和泉の手下の隙を付いて父が私のすぐ側に駆けつけた。


「更紗、大丈夫だよ。酷い事を広められて結婚が出来なくても、私が君が一人でも生きていけるようにするし、世界は広いから、どこにだって連れて行くからね。」


 父は私の生きたい様に生きさせ、私と共に悪評に塗れてもかまわないと覚悟しているのだと、私は胸に充足感が漲っていった。

 私が好き勝手に振舞えたのは、こんな父がいてこそだ。


「お父さん。私はお父さんという完璧な世界を持っていたんだね。」


 父は馴染み深いいつもの笑顔で私に答えた。


「君が私の完璧な世界なんだよ。」


 私は微笑み、そして、父をそっと自分から離した。

 これから私がなす事に、彼が巻き込まれないようにと。

 唇が裂けて、何が起こったのかわからない表情を浮かべて起き上がった和泉に言わねばならない事があるからだ。


 重いソファの端を持ち、ずいっと父が座っていた椅子の辺りに放り投げるように転がすと、ずしんとソファは重い音を響かせて横転した。

 手下二名は呆然と立ち尽くしたままだが、足止めの障害物は必要だろう。

 私にとって邪魔な障害物もいらない。


 ローテーブルに腕を着いて座り込んでいる和泉がソファが無くなった空間にぽつんといる。

 私は彼の前に一歩進み出ると私を見上げる彼を見下ろした。


「良い事を教えてやるよ。」


 ドカッと和泉の腹を軽く蹴り払い、腹を抱えて大げさに転がる和泉の足をガンと踏むと、華奢なだけだと思っていたサンダルのヒールが脚の柔らかい所、それも二本の骨の間に綺麗にぷすりと刺さったようで、和泉がぎゃあと喚いて私のほうへ顔をむけた。


「あいつらは何も出来なかったさ、私が返り討ちにしてやったからよ。まぁ、やったと報告すりゃ金は貰えると助言はしてやったがな。はは!」


 私はこんな和泉に同情して、一緒に罪を被ってやろうと思っていたのだ。

 けれどそれはもう、止め、だ。

 こんな馬鹿な屑が屑なのは私のせいではない。


 私の言葉に呆けている和泉に解る様にゆっくりと彼の足を踏んでいた足を上げて、その足で彼の顎を蹴り上げた。


 ゴロゴロゴロと大柄な男が転がっていった。


「ホラ、男だったら立てよ。」


 だが和泉は顎を押さえたまま寝転んでいるだけで、さらに、彼が私を見る目がかなり怯えていて頭にきた。

 もう一度蹴りを入れようとして、私は空中に持ち上げられた。


「はい、もう、おしまい。」


「恭一郎!」


 私を持ち上げている彼は、そのまま驚いている私をストンと降ろして、私の頭にポンと右手を置いた。

 誰にも触れない彼の右手を!


「誠司!俺が後始末に警察と残るから、お前は更紗を頼むよ。」


 恭一郎が叫ぶや否やぐいっと腕を引かれて、それが誠司だった。

 何時の間に。

 さらっと風を感じて振り向くと、テラスへのガラス戸が開いており、厚いカーテンが風に揺れていた。


「ホラ、親父さんと一緒にお前はこっちに。」


 誠司は右手に私、左手に父の腕を掴んだ。

 誠司に連れられて居間を出て行こうとしたが、私の瞳は当たり前のようにして意志とは勝手に恭一郎の姿を追っていた。

 私と目が合った恭一郎は、あの夏の日の笑顔を私に向けた。


「お前がやった事の後始末は俺の仕事なんだろう、更紗。」


 百合子の父を蛇穴に落とした時も彼は私にそう言ったと思い出し、私はニンマリと微笑んだ。


「さすが恭一郎だ。」

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