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天野正造の失踪の真実

 更紗こそ天野正造の実の娘だった。

 その事実を俺から聞かされた矢野は、呆れかえった声を出した。


「乗り込んで本妻の娘を愛人の子だって虐めていた訳かい?女って怖いね。けれど、どうして知っているのさ。」


「記憶を失った更紗が思い出すよすががあればいいかなってね。」


「あぁ、昨日の留守はそれか。」


 天野正造は生きていた。

 彼は帰国して空港で自分を迎えに来た拓郎に違和感を覚えた。

 絹子と駆け落ちして天野家から切られた拓郎が、普通の神経ならば正造の前に出てこられる筈がないからだ。


「おじさん!更紗がこの便だって教えてくれましたからね。更紗が待っていますよ。さあ、帰りましょう!」


 拓郎の「更紗」を繰り返す事にも違和感だ。

 更紗は拓郎を嫌っている。

 あの子は外見だけの薄っぺらい男は嫌いだ。

 美緒子の縁談の相手の竹ノ塚は良い男だった。

 更紗にこそ合うと思ったからこそ縁組が壊れた時にはホッともした。

 美緒子は絹子と同じだ。

 あれほど美しくて、どうして彼女達は自分に自信が持てないのだろう。


「おじさん、荷物をお持ちしますよ。」


「いや、いいよ。自分の車で来たからね、せっかく来てくれたのに悪いね。」


 我慢できない甥に自分の荷物を触らせまいとバッグの取っ手をギュッと力強く握り、拓郎をかわして歩き去ろうとして、そこでグっと腕を捕まれた。


「おじさん。僕はお金が無くなっちゃったからお小遣いが欲しいだけですよ。更紗を変なところで働かせたくないでしょう。」


 バスンと旅行鞄が床に音を立てて落ちた。


「更紗は無事なんだろうな。」


「おじさんが僕にお小遣いをくれたら返してあげますよ。」


「誘拐してもいないのに口先だけで正造を誘拐したのか。」


 矢野は驚いた声を出したが、俺も顛末を聞いて頭を抱えたのだ。

 矢野は正造の間抜け具合に更紗の父と信じられないだろうが、余りにも短絡的で思い込みが激しすぎて、実は更紗の持つ一面にそっくりだ。


「それで。」


 矢野に促されて、話の続きを語る。

 正造は銀行から金を全額下ろすと、拓郎の言うとおりに自分の車のトランクに入れた。

 空港から銀行まで正造は自分の車で来た。

 隣に拓郎を乗せて。


「さぁ、僕の車の所まで行きましょうか。そこであなたのお金を貰ってお別れです。あなたが自宅に戻るまでには更紗をお返しできると思いますよ。」


 天使のような顔で微笑む男に、自分は辿り着いた先で殺されると考えた。


「おう、ちゃんとお父様は頭が回ったんだ。」


 小馬鹿にしたように合いの手を入れる矢野に、俺は笑い声を立てた。

 彼も逃げていただけの正造に怒りが湧いていたのだろう。

 だが、更紗と一緒に住む矢野こそを、正造が拓郎の手下と思い込んでいたと、矢野に話して彼を落ち込ませるわけにはいかない。


「あれは恐ろしい男だ。私は恐ろしくて一歩も近づけなかったよ。」


 矢野は矢野なりに更紗を守ろうと必死だったのだろう。

 ヤクザ事務所だろうが襲撃するような更紗を守ろうと考えれば、かなりの神経を張っていたはずだ。


「それで。」


「それでお父様は拓郎を乗せて言われるまま向かうと、駐車場で拓郎が後部トランクから金を取り出している隙に車を走らせて駐車場脇の海にダイブしたそうだ。」


「うわ、その馬鹿さ加減は天の父親間違い無しだ。竹ちゃん舅の世話も大変だね。」


 俺は矢野と話す度に矢野と更紗の関係は本当の兄弟にしか思えなくなったが、更紗との結婚にどんどん不安が増すようにもなってしまった。


「これで子供も出来たら、竹ちゃん頭が真っ白よ。」


「黙れ、ガキが。」


「うわ、良い声!怖い声も出せるんだね!」


 隊長時代の声音を使ったが、矢野は喜んでいっそうはしゃぐだけだった。

 そういえば部下の誰一人俺を怖がる事がなかったなぁと情けなく思い出して、車の進む前方だけを見つめるだけにした。

 あぁ、矢野を殴りたい。

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