計画通りかもしれないが
ドアの閉まる音で、俺はようやく体を起こした。
計画通りと言っても、ほんの少しでも更紗を危険な目に遭わせることになる自分に反吐が出る。
昨夜は絶対に何があっても彼女を説得できないと、田辺と矢野の話により理解した。
その上、和泉を罠に嵌められるチャンスなのだ。
田辺と長谷に網を張らせて、俺は更紗を部屋に引き込むと抱いて眠った。
せめて彼女が出て行くまで抱きしめていたかったのだ。
違う。
口づけてから止まらなくなった自分の激情に、自分を乗せてしまっただけだ。
彼女をただ愛撫したい自分を抑えられなかったための、後付の理由だ。
けれども、抱きしめながら後悔と自分を罵る声に、俺はなかなか眠りつけなくなってしまった。
眠ったフリをするにしても、猛った自分の体を気づかれないように一生懸命だったのだ。
彼女は無垢なはずだから手を出してはいけない。
結婚式が終わるまで待つ。
十一歳ではなく俺の理想の姿の女に、それも好みの細くてしなやかな体を持つ女に成長していた更紗をただ抱きしめている事が、こんなにも拷問になるとは思わなかった。
何て、馬鹿野郎な自分。
むっくりと布団から立ち上がり、自分の足元を見つめた。
靴下を履きっぱなしの足が、間抜な姿を晒している俺自身のように見えた。
彼女は部屋を出て行く前に、布団からはみ出した俺の靴下を履いたままの爪先にもキスを追加したのだ。
びくんと体が痺れ、足が性感帯にもなるのだと俺は知ってしまった。
「恭一郎の秘密は全部見たい。」
今の更紗に言われたら、俺は言われるがままに全裸になろうと服を脱ぎ、最後の砦のこの靴下だって脱ぎ去るだろう。
「で、逃げられるかな?いや、更紗が俺から逃げ出さなかったら、ハハハ、俺は奴隷のように地面に這いつくばるだろうさ。俺は親父にそっくりなのかもしれないなぁ。」
父は母の傀儡に成り下がっている。
何だってハイハイと言いなりだ。
「まぁ、いいか。幸せなら。」
服を急いで着替えて家を出ると、玄関前には矢野が車で待っていた。
大柄で活動的な彼に似合う車は、青のダルマオースチンだ。
「さぁ、早く乗って。天は和泉の車に乗って、あんたの言っていた通りに昔に天が住んでいた家に向かっている。俺達も急ぐよ。」
助手席に乗り込むと、エンジンをふかして、轟音を立てながら車は発進した。
「いい車だ。君は青よりも赤やシルバーの車が似合いそうだけどね。」
「好きだよ。赤やシルバーの方が。でもさ、更紗が青い車が通るたびに車を見ていたからさ、生きてたら青い車に寄ってくるかなって。あいつが死んでいるってどうしても信じられなくてね。あいつを取り戻したらコイツを真っ赤に塗り替えるつもり。」
「赤くしたらそのままダルマになっちゃうじゃないか。思い切って車種も変えるのはどうだい?銀色のコルベットなんて君にぴったりだろ。」
誠司はハハハと若々しい声を上げた。
「いいねぇ、コルベット。でもさぁ、あれを四人乗りにしたら格好悪いでしょうが。」
「四人乗りに拘らなくていいでしょ。」
「竹ちゃんは母親を助手席に乗せたいか?」
「あ、わかる。」
それでも相良は助手席に乗ってくると、矢野は舌打ちをした。
「それで、どうして天がそこに連れて行かれるはずだと確信したんだ?」
「父親がいるからね。」
俺の答えに矢野は大きく声を上げた。
「ウソ!殺されていなかったの?」
「殺されかけて逃げ回っていたそうだ。何度か更紗に会おうとしたが拓郎の手下で近づけなくて、そうこうしている間にあの事件だ。本当の娘の死に絶望して、和泉の言うままにずっと思い出の家に隠れ住んでいたそうだよ。」
「和泉め。」
矢野は苦々しく大きく舌打をしたが、アッと気付いて尋ねてきた。
「本当の娘って、美緒子は?」
「絹子は更紗の母親の姉なんだよ。未亡人だった絹子は妻を亡くしたばかりの正造の家に乗り込んで後釜に座ったそうだ。元伯爵家の天野家の名前と財産は魅力的だろう?更紗が愛人の子だと思い込んでいることも伝えたら、本気で驚いていたね。」




