取り戻された少女と消えた美女
出先から自宅に電話を入れたら、暴漢にシャッターを壊され、更紗が自宅にいるという。
記憶も戻ったらしいと田辺から聞いて、俺は少々どころかかなり落ち込んだ。
俺が記憶を取り戻させたかったからだ。
俺の手ほどきで思い出すのならば、あの幻影の美女を少しは残しておけるかもしれないと、俺はくだらない期待をしていたのだ。
「隊長、アレといつ婚約したので?」
アレ呼ばわりは酷いなと思いながら、尋ねる田辺に、大昔にねと答えた。
俺が反故にした、過去の更紗との約束だった。
記憶を取り戻した彼女が、その約束をどう思うのか。
「子供の約束だったけど、綺麗に成長していたからね。いいだろう?」
「人間、外見じゃないですよ。とにかく早く戻ってきて ください。」
「田辺?」
ブツ、ツーツーツーだ。
田辺の様子がおかしいと、とり急いで自宅に戻ってみれば、台所でテーブルを囲んで三人が仲良く座っていた。
田辺の隣に矢野が座り、矢野の向かいにはぽつんと顔の半分隠れた更紗だ。
俺の婚約者は椅子に縛り付けられた上に、猿轡までされていたのだ。
後ろ手にされた上に、せっかくのワンピース姿が台無しになるほどにして、二重にされた縄で座らせられた椅子の背もたれに強く縛り付けられているのだ。
ワンピースのサフランイエローが、彼女をこの上なく美しく輝かせているというのに。
「可哀相に。何をやっているの。」
外そうと彼女の側に駆けつけると、台所にいる男達に一斉に制止された。
「やめて!」
「やめてください!」
声だけの静止だったが、矢野と田辺のどちらにもギリギリの色が見え、俺はこれ以上動けなくなった。
「だからどうしたの?何なの?これは。」
椅子にぐったりと座っている田辺に尋ねると、彼も俺に尋ね返してきた。
それも、俺同じような文字列であるのに、全く意味合いの違う、質問だ。
「ですから、何なのですか?これ。」
俺は更紗の状態を質問しているのに、田辺は更紗が何なのかと聞き返してくるとは!
普通に元気な女の子だろうに!
「元気にだって限度があります!」
あ、俺は声に出していたようだ。
そんな俺に怒鳴り返した田辺によると、四人組の愚連隊が我が家を襲い、更紗がそいつら三人も撃退してくれたのだそうだ。
「それじゃあ、よくやりましたでしょう。どうしてこんな目に遭わせているの。」
「この馬鹿が討ち入りしようとするからだよ。」
縛り付けられている女性の自称保護者が答えた。
彼は仕事の為に更紗を俺の家に預けていたそうだ。
田辺から襲撃の知らせを受けた彼は、慌てることなく田辺に伝えた。
「その馬鹿、適当に縛り付けといて。俺は六時まで帰れないから。」
縛り付けられて猿轡姿の更紗を見下ろして、矢野に自然に言葉が出た。
「君は酷いな。」
「煩いよ。竹ちゃんがいないのが悪いんだろ。どうして預けた日に留守で襲撃まで有るかな。せめて六時までは仕事したかったのに、タベちゃんが急かすから結局早帰りでさ。預かったんだからさぁ、最後まで責任もって欲しいよ。」
台所の椅子に疲れきって座っている田辺が、矢野の言葉に激高した。
「勝手に無理矢理預けておいて何よ、その言いざま。ちゃんと取扱説明書をつけておいてよ。何コレ。襲撃者を警察に渡して和泉のものだと長谷に聞いた途端に、鉄砲玉みたいに飛び出しちゃうんだからね。二人係で説得して、君に電話すれば「縛っておけ」でしょ。怪我させないように捕まえて縛り付けるのは大変だったんだからね。」
縛り付けられた婚約者は、俺から目線を逸らしてそ知らぬふりをしている。
こっそりと猿轡を外したら、凄く感謝した目線で俺を見上げて微笑んだ。
その顔付きは更紗だった。
完全にあの麗しの女神が消えている。
俺の更紗だが、彼女は今や俺の夢の女ではなかった。
すうっと心臓が止まったような、空虚な自分に戻ってしまった気がした。




