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私は自分を少し取り戻せたから

「怒らないから。叱るけど怒らない人だから纏わりついていました。好きな事を何でもさせてくれるけど、ちゃんと見守ってくれて。」


 ぱっと頭に、叫び声をあげて穴に落ちていく、炎に包まれた男の姿が浮かんだ。


「見守るどころか私の悪戯を完璧なものに仕立ててくれたりも。私だけじゃあんな凄い火の見事な仕掛けは成功出来なかった。」


 私は何を言っているのだろう。


「あの人、悪戯は大好きだからね。」


 肩を竦めてから家を案内するように先を歩き始めた田辺の後を追いながら、再び玄関を振り返ると、別の玄関が見えた。

 上部にステンドグラスが嵌った両開きの扉の玄関だ。

 その玄関扉を開けて戻って来た男は、玄関で座り込んでいた私を見て驚いた。


「子供は眠る時間でしょう。待っていなくていいのに。」


「約束破って弄ったね。私の仕掛と少し違っていたから到着した時はひやひやしたよ。」


「罠は完璧じゃないと意味が無いからね。」


 勝手に私の罠を完璧なものに仕立て上げた男は、私に謝るどころか、とっても悪そうな笑顔を見せた。


「嬢ちゃん、どうしたの。」


「すいません。」


 田辺の後を慌てて追いかけ、竹ノ塚の廊下を歩きながら違う家の廊下が見えた。

 あの廊下を走るように、それでも音を立てずに恭一郎の部屋まで行くのだ。

 気づかれても彼は怒らずに笑ってくれるだろうが、内緒が良い。

 そっと襖を開けて眠っている姿を覗き見るのだ。

 百合ちゃんの為に醜い姿にした自分が、恭一郎の寝姿にうっとりしていたなどと彼に知られたくないからだ。

 私は彼にやんちゃな少年と思われているほうが良い。


「君は思い出したんだ?大丈夫?」


 田辺の声に私は見上げて、自分が廊下の真ん中でしゃがみ込んで泣いていた事を知った。


「私はやっぱり更紗でした。でも、思い出したのは子供の頃の事だけです。」


 彼は手を差し伸べて私を立たせてくれた。


「おやつを食べてお茶を沢山飲めば、もっと思い出せるかもね。」


「恭一郎を蛇穴に落としてしまった事とか。」


 あはははと、田辺は大きく笑って目を輝かした。


「他には?」


「前日の雨で滑る土手が彼には登れなくて、私が木の蔦を降ろすまで必死な目で私を見ていたとか。」


「あぁ、これは隊長が帰って来るのが楽しみだよ!」

 ガッシャーン。


 田辺が声をあげたのと、シャッターが壊れる音が響いたのが同時だった。

 私は何も考えずに外に飛び出した。

 背中に「待って!」と田辺の声がかかったが聞いてはいられない。

 裸足で縁側を飛び出して家の側面を回り、シャッター扉のある正面へと庭を走った。


「てめえら何をやっているんだよ!」


 自然に声が出た。

 石を乗せている手押し車をシャッターにぶつけたらしきチンピラは三人おり、私の姿にヘラヘラと笑い出した。

 嫌らしい笑い。

 恭一郎の大事なシャッターは破れてはいないが歪んでいる。

 その様を見て身の内に怒りが沸き立つのを感じた。


「手が滑っちゃっただけだよ。」


「うわ、別嬪さんだ。この家にいる奴らは全員痛めつけていいって聞いていたから、いいねぇ。役得だよ。」


 私は笑っていたかもしれない。

 完全ではないが、私は自分を取り戻していたからだ。

 近付く男の一人の顔を蹴り飛ばした。


 男の体は硬いが、頭を振らせれば大丈夫。

 私に蹴られた男が手押し車にぶつかって倒れたが、もう一人は私を捕まえようと手を伸ばした。


 私は屈んで横から男の足を蹴った。

 人間は側面も弱い。

 そいつもハデに転ぶ。


 あと一人と三人目を見据えたら、田辺がとっくに意識を失わせた上に拘束までしていた。


「田辺さん凄いですね。田辺さんの動きに気がつきませんでした。」


 彼は疲れたようにハハっと笑って、私に縄を投げた。

 それはなぜか短く切ってある縄だった。


「転がせた二人を拘束しないといけませんでしたね。でも、短すぎるような。」


「違う。それはもういらない縄だから、それ持って家の中に入っていて。あとは俺がやるから、お願いだから家でじっとしていてくれないかな。」


 私の勇姿を全部否定されたようだ。

 まぁ、男を蹴り倒すのは褒められた行為ではないけれど、少しくらいは褒めてくれたって良いだろう。

 渋々と玄関に戻ろうとしたら、まだ仲間が一人いた。

 その男は飛び出しナイフを持っている。


「ちょっと、嬢ちゃん下がって!」


 田辺が私を庇おうと動く前に、私は持っていた縄をそいつにぶつけていた。

 バシンと。

 顔にしたたかに縄を受けた男は、無意識にナイフを落として痛みに顔を押さえる。


「邪魔。」


 顔を抑える敵の側頭部に回し蹴りをしてみた。

 綺麗に決まって、田辺に邪魔者扱いされた事も少し忘れて、良い気分になった。

 フレアースカートは思っていたよりも動きやすいかもしれない。


「田辺さん、勝手にお茶を淹れていますね。」


 田辺の顔が唖然としているのが面白くて、私は高笑いしながら家の中に戻った

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