竹ノ塚さんへの宅配荷物
竹ノ塚の家は木塀でぐるりと囲まれて、正面は工場にあるような鉄柵の引き戸式の門扉であった。
昼間は門扉は開け放してあるらしく、解放された玄関前まで誠司はズカズカと敷地内に私を連れて入っていった。
玄関は格子にガラスの普通の引き戸であるのに対して、玄関脇に商店か工場のように大きなシャッター扉が下りている不思議な家だ。
外見が普通の二階建て木造建築であるのに、シャッターだけが未来的に輝いている。
何だ?これは。
誠司は家の外観に特に注意を払うことなく、サッサと呼び鈴を鳴らして目的を果たそうとしている。
けれど、その目的はその家の主人の不在を告げられて、たった数分で頓挫の憂き目に会っていた。
「え、居ないの。困ったな。それじゃあさ、田辺さんがこいつを預かってくれる?俺もそろそろ会社に顔を出さないとなんですよ。車の中の案件も処理したいし。」
康子は車の中で泣き続けて煩いくらいだ。
私がいなくなれば誠司が康子を愛するようになるはずと、彼女が思い込んでいることに吃驚だ。
二年前に私が相良の家を抜け出したのも、彼女の協力があってこそだと自慢までされた。
「あたしは、善意で、まったくの好意でした。誠司さんだって、いつも子守は大変だって言っていたでしょう。あたしは誠司さんと結婚するって、店までやめて女中になったのに、これからどうすればいいのですか?お店を持たせてくれるって言っていたお客さんまで捨てたんですよ!」
くどくどと延々と泣き言を車の中で語られて、私は許す許さないよりも車から放り出したい気持ちで一杯だった。
「ねぇ、誠ちゃん。誰だって間違いはあるって事で、彼女を適当に降ろしてさようならってのは?なんかもう煩くて。」
後部座席の木下という誠司の部下は、変わっていないと噴出し、誠司には、お前は本当に酷い奴だな、とまで言われた。
「一応働いた分の給金を渡さないとでしょ。」
「え、裏切り者だったら無給でいいでしょ?もう車から捨てちゃってよ。」
後部座席の木下は本格的に笑い出し、当人の康子は虫を見るような目で私を見ていた。
「お前は本当に雑な酷い奴だよな。」
そういう事で、煩い雑な酷い人間の私が、まず始めに竹ノ塚の家に捨てられようとしているとそういうわけだ。
別に異議は無いけどね、ハハ。
「家に戻れば耀子さんがいるでしょう。」
けれども竹ノ塚は不在であり、それでも私を押し付けようとする誠司に、田辺があからさまに困っているのだ。
不在の竹ノ塚は、戻るのが早くて今日の夜になるそうだ。
「誠ちゃん、私は耀子さんと遊ぶから帰ろう。それで、私の事は気にしないで仕事に行って。」
「駄目。」
凄い勢いで誠司が拒否をした。
「駄目だって。二人で出かけるって出てきた時の耀子の顔を見せたかったよ。あいつは俺達を結婚させるべくお前の意識を操ろうとしているはずだ。お前は耀子に俺とお前の事をなんて教えられている?」
「え?えと、凄く仲が良くて、私は誠ちゃんを凄く信頼していて慕っていたって。それは本当でしょ。記憶は失っていてもそんな気がするもの。」
厳つい顔が柔らかくなる微笑を浮かべたが、さっと真顔になった彼は言う。
「俺が有能で信頼できる男なのは当たり前なんだよ。それ以外の耀子がお前に言っていたことを話せ。」
目に物凄い力を宿して話す様に強要する誠司に、私は抵抗しきれる筈も無く相良の「内緒話」を話してしまった。
彼女が二人きりになると私に語る内容だ。
「え?えと。私が心配だから恋人も作らない、とか?どんな女性と付き合ってもすぐ別れるのは私という気心が知れた人間がいるから?だから誠ちゃんが心配だ、とか?」
誠司はハァァァと息を吐き出すと、くるっと田辺に振り返り、勢いづけて泣き言を田辺に繰り始めたのである。
「わかったでしょう?気をつけないと俺がコイツと結婚させられるんですよ。俺はまだ独身でいたいし、コレは好みじゃないし。わかるでしょ。せっかく物好きな竹ちゃんがいるんだから、兄としてコレを一番幸せな相手に娶らせたいでしょ。わかるでしょう。俺は仕事に行かなければいけないのですよ。」
田辺は非常に困った顔をしていた。
そして私は誠司にとってここまで他人に押し付けたい人間だったのかと、誠司を殴り飛ばしたい気持ちで一杯だった。
だが不思議な事に、誠司の物言いには頭にくるが、「心が傷つかない」のだ。
誠司は私を邪魔だと言っているが、絶対に見捨てないとなぜだか判るからなのだろうか。




