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大丈夫だって言っただろうが!

 和泉に背中を押されて、動けなくなった私の足がバランスを保つために一歩踏み出した。

 また押され、また一歩と進んだところで、背中の布がつかまれて、グイっと後ろに乱暴すぎる程に引っ張られた。


「きゃあ!」


 和泉の手が私を支えるどころか、彼がよろけているのが横に見えた。

 でも、私だって大きくよろけている!


 バランスを崩した私は男の力強い両手に掴まれ、そのまま上へと引っ張り上げられた。

 ごふっと息を吐いたのは、大男の肩に担がれた時に腹に彼の肩が少しめり込んだからである。


 両脚はその男の両手で支えられ、私の上半身は彼の背中側で揺れている。

 逆さまになった私の目の前は、上質な仕立ての背広のグレーの世界だ。


「誠ちゃん。」

「馬鹿娘。」


 全てを知っている顔をした誠司が、和泉にはとても悪戯めいた笑顔で言葉を放った。


「こいつの生き返りの協力に感謝します。では、未成年の更紗は婚約者である竹ノ塚の庇護に戻しますので、どうぞよろしく。」


 ぽかんとした和泉を残し、矢野は私を抱えたまま踵を返し、どうやら彼の愛車に向かっていくようだ。

 和泉がどうして何の行動も取らないのかと担がれた体を起こして前を見ると、矢野と同じぐらい大柄な背広姿の男達数人がいつの間にか私達の盾になるように立ち、和泉を威嚇していた。


 あんなに沢山いた黒服が一人も見当たらないのは、一体なぜだろう。

 そして、矢野の側に控えていた男が康子を引き摺るように連れて、私達よりも早く先に行くと、矢野の青い車の後部座席に彼女を押し込んで自分も一緒に乗り込んだのだ。


「彼女をどうするの?」


「どうもしない。ちょっと詳しく聞くだけ。話を聞いて、ハイ、サヨウナラ。怪我もさせないし命も取らないから気にするな。首にして追い出すだけだ。」


 気さくな男が怖いだけの男に変化していた。


「でも、誠ちゃんの恋人だったのでしょう?」


「一回寝ただけだよ、それも彼女が盛り場でホステスしていた大昔に。さっき和泉が喋った馬鹿話を聞くまで彼女との事なんて全く忘れていたよ。だから気にするな。」


 私は誠司の碌で無さに、彼の肩の上からバシバシと叩けるところを叩いた。


「最低!いやらしい変態!この歩く性欲魔人!」


 彼はポイっと道路に私を転がした。


「この脳足りん。」

「酷い!」


「酷くない。せっかく守ろうとしているのに、勝手にひょいひょい出歩きやがって。この馬鹿が!何を考えているんだよ!」


 そこで思い出す、私が出かけた理由。


「誠ちゃん、和泉の所に戻らないとタバコ屋のミヨさんが!」


 誠司は肩を竦めて軽く答えた。


「大丈夫。それくらい想定してるって。相良の者を張らしているから彼女達は大丈夫。おまけにお前の顔を見に来た昔なじみにも頼んだから、平気。彼が和泉の挙動に目を光らせてくれるってさ。あいつは悪徳警官だから安心だよ。」


 矢野の差し出した手を掴みながら立ち上がり、私は眉根を寄せて聞き返した。


「悪徳警官だとどうして安心なの?」


 矢野は馬鹿だなという顔で微笑むと、とてもわかりやすく教えてくれた。


「悪い奴ほど悪い奴の考えがわかるからさ。」


 私が笑ったら良いのか悩んだ一瞬、誠司が素晴らしい提案をしてくれた。


「せっかく余所行き着ているんだ。お前の気分転換に竹ノ塚の家にでも行くか?」


 私は誠司が大好きだったに違いない。

 行くっと叫んで誠司に抱きついていた。

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