世界は私の周りで不可思議に動いていた
人骨の発見は一昨日の夜だ。
建築現場で火事だとの叫び声が上がり、近隣住人数人が駆けつけた。
消防団員と火を探すが一向に火事のあとも見当たらず解散しようとした所で、彼らは青白く燃えるものを目にしてしまったのだ。
それは人に気づかれたと知ったか、しゅっと掻き消えた。
「ひ、人魂?」
「あるわけ無いだろ、そんなの。」
恐る恐る団員が青白く光った所に近付くと、新しく土が盛り上がっていた事に気がついた。
まるで、何かを慌てて埋めたかのような塚、だ。
「此処に土を盛っていたか?」
「いや、もう土台も終わっているし。今更?」
すると作業灯がパッと点き、その場を煌々と照らしたのである。
急に点いた灯りに驚きながら灯りが照らす塚に目をやると、そこには鈍く輝いている物が塚からはみ出していたのである。
「うわぁ、ぎゃああとその人達が驚き慌てふためいたものは、肉がこびりついてウジや甲虫の這う人間の顎の骨でした。通報で駆けつけた警察が塚を調べると、肋骨の一部も出てきたそうだね。」
「人間の顎の骨?それにあばらぼね?」
「食事時の話題じゃないだろ。まぁ、それで和泉建設は骨の鑑定結果が出るまで一先ず作業の中止命令出ちゃって大変ってね。馬鹿だねぇ、こんなところに死体を埋めちゃうなんてさ。それで従業員達から急に行方不明になった仲間ではないかって、警察に密告もあったそうだ。怖いねぇ。」
誠司は再び新聞を畳むと食事に戻った。
機嫌よく鼻歌まで歌っている。
「誠ちゃんの仕業?」
ブッと、誠司がむせ、かなり辛そうにひとしきり咳き込むと、ようやく口を開いた。
「いくらの俺でも人を殺す筈ないでしょう。」
「本当に?近隣の学校で人体標本の骨を盗んじゃえば出来るでしょう。」
「俺は真面目な社会人で忙しいの。そんなお遊びしている暇なんてありません。」
「うそ。だって朝方に変な男の人が部屋に来て、私の顔を見て、ハイ、サヨウナラよ。あれは誰?誠ちゃんの仲間じゃないの?」
誠司は目を瞑り呟いた。
「あの野郎。」
「知っている人?」
「昔なじみだよ、俺達の。今朝方人の家の台所で飯を食っていたから、何しているのって聞いたら、パトロール中って。あれが刑事だから世の中狂っているよ。」
私は人殺しだ。
「大丈夫だって。あいつは大丈夫だから安心して。」
誠司は私のほっぺをぎゅっとつまんで伸ばした。
「やめてよ。」
彼の手を叩くとまた嬉しそうに抓ろうとするから、バシバシと彼の手を叩く。
すると彼はワハハハとガキ大将みたいに大笑いだ。
「まぁ、おはよう。更紗がいると食卓が明るくていいわね。」
部屋着にガウンを羽織った気楽な格好の相良が、優美にダイニングに入ってきた。
彼女は私を娘のように扱ってくれ、ここは、私の欲しかった完璧な世界のようだ。
欲しかった完璧な世界?
ふっと頭に浮かんだ言葉にぼんやりしながら私が女主人の到来に席を立つと、彼女は手を振って私を座らせた。
「いいのよ、このでかいのが横着しているのだもの。座って頂戴。一々立ち上がられたら好きに部屋を移動できないじゃないの。」
私はこの人が大好きだと思う。
いや、大好きだったに違いない。
「そろそろ外に出る?どこかに遊びに行きましょうか?」
私は首を振る。
和泉のところでは和泉によって閉じ込められていたが、今は私自身が自分を閉じ込めている。
外に出るのが怖い。
この安全な世界を出たら相良も誠司も消えてしまう気がするのである。
「奥様、お嬢様にお手紙が。」
「私に?」
誰だろうと受け取る前に、その手紙は誠司に手紙を奪われた。
そして彼は当たり前のように、私の手紙の封を勝手に切って中の確認までしているのだ。
「ただの悪戯だから、天は気にするな。」
そう言って私の頭をぽんっと叩くと、食事室を出て行こうと彼は席を立った。
「ちょっと待って。そんな行動されて気にしないわけ無いでしょ。」
彼の背中に叫ぶと、彼はハハハと軽い笑い声だけ上げた。
そして、彼がダイニングから消えた後に、そばかすのある女中が私の耳元に爆弾を落としたのである。
「ご主人様が奥様のお友達のお店に行くから一緒にどうかと。皆様に内緒で。」
「すぐに支度するわ。」
これは脅しだ。
私が戻らないとあのミヨが酷い目に合うという脅し。
友達のいない私の友人の店というならば、きっと私を庇ってくれたタバコ屋のミヨに違いない!
ああ、どうしよう!




