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趣味が悪いよ、竹ちゃん

 天野家に辿り着いた二人だが、田辺は少しでも竹ノ塚の情報になるようにと裏手になるが天野邸を眺め見た。


「家は綺麗なままなんだね。」


「燃えたのは一室だけ。それも不完全に遺体だけ真っ黒な状態。天野は死んだ後に吊るされていた様子だったよ。県警さんもそれでおかしいと思いながらも上からの横槍で無理心中で片付けたそうだ。」


「上の人間に横槍を入れた奴は相良の婆さん以上か?」


 足が痛むのか顔を歪めて裏手の土手を登る長谷にと声を掛けると、くるっと振り向いた長谷は軽く答えた。


「それほどじゃないよ。」


「それじゃあ、どうして相良の要求を突っぱねたんだ?隊長が言うには相良が何度も事件の洗い直しを申し入れても警察に流されたそうじゃないか。」


「それほどじゃなくても、一度融通を利かせるとずっと言いなりになるしかないものなのさ。だから、悪い事をしちゃいけないんだよねぇ。」


 長谷の言葉に田辺は苦笑しながら土手を登り辺りを見回すと、そこは腐敗臭の漂う適当に埋められた生ゴミの山だらけのゴミ捨て場だった。

 田辺が持って来たショベルで適当に選んだ一つの山を掘り返すと、白骨化した犬の死骸が出てきた。

 死骸の下を掘り下げるとガツっと固いものに突き当たり、土を避けると木の板が顔を出した。


「多分全部こんな感じなんだろうね。」


 田辺の肩越しから覗いていた悪徳警官が、田辺の掘り起こした木の板に、まさに笑いが止まらないという風情で目を輝かした。


「一穴くらいならいいんじゃない?」


 田辺は流石幸運の男だと長谷を横目で見ながら唆すと、長谷は嬉しそうな高笑いをハハハっと上げた。



「長谷ちゃんから伝言です。そのお嬢さんの事は任せておけ。ですって。」


 田辺の報告を受けて、俺はガクっとした。

 ガクっだ。

 あの幸運の男め。


「駄目でしょう。それは被害者のお金でしょう。」


「死人にお金は要らんでしょう。長谷ちゃんがちょろまかしたのはほんのアタッシュケース一個分ですからね。そのくらい。」


 しれっと答えた田辺は、俺にお代わりの茶を注いだ。


「アタッシュケース?一個分も?」


「いいじゃないですか。あのお嬢さんは隊長にはそれ以上の価値でしょう。」


 報告と俺への餌付けを終えた田辺は、いそいそと着替えに部屋に戻って行った。

 田辺の機嫌のよい後ろ姿に、確実にあいつもちょろまかしてきた筈だと俺はガックリとするだけだ。

 金を入れた鞄や箱の上に生ゴミや動物の死骸を乗せて隠すというのは、実によくある手だ。


「だが、天野はそこまでして集めた金をどうして使わなかったのだろうな。」


 口に出したら、それこそ調べるべき事だったと気がついた。


「田辺!長谷は何の目的で天野が金を集めていたって言っていた?」


 大声をあげるまでもなかった。

 台所の戸口に幸運の男が立っていたのだ。

 勝手に家に上がってきた男が「久しぶり」も何も挨拶などするわけもなく、彼は俺の質問にだけ答えてくれた。

 昔のままの長谷曹長である。


「政府転覆?それに準ずる行為ですかね。彼の書き残した物によりますとね、彼は恨みの塊でしたよ。あの綺麗な顔の為に散々他人におもちゃにされてきたようで、全てを壊したいと考えたのも仕方がないのでしょうかね。関わっていた馬鹿が天野の死で慌てて事件を心中で片付けちゃったのですよ。彼らはクーデターなど考えておらず、天野の上納金がおいしかっただけみたいですがね。全員が懲戒免職されました。素人娘の血の滲んだ金で今まで良い思いをしていたのだから、職を失うくらいかまわないでしょう。」


「上ががら空きになると人員移動で出世し易くなるしね。」


 彼は俺にフッと微笑むと、そのまま台所に続く居間のちゃぶ台前に座り込み、わざとらしく足を痛々しい様子で伸ばした。

 俺は出がらしかもしれないが、長谷に茶を入れて饅頭と共に彼の前に置いてやった。


「未だに古傷が痛みますよ、隊長。」


「君に隊長って呼ばれたくないよ。」


 彼はハハハとひとしきり軽く笑うと、俺に対して酷いことを言い放ったのである。


「竹ちゃんて、女の趣味が悪いよ。」


「何が。」


「天野更紗といえばテンじゃないか。凄い美人になっていて吃驚したが、角材持って男を殴り飛ばす女の子に、いい年して夢中だ何てやめてちょうだいよ。」


 俺は自分の茶を居間に持っていき、ちゃぶ台を挟んで長谷の前に座り込んだ。


「知っていたのか?」


「知っているも何も、あの矢野と散々ヤクザのショバを荒らして大暴れしていた子供ですよ。あれじゃ庇いきれませんよ。確実に男の一人や二人ぐらいは殺れる子ですって。」


 俺はガクッとした。

 首が折れる程の、ガクっだ。


「ですが、何とかしますよ。竹ノ塚隊長のお父様は素晴らしい政治家ですからね。」


 長谷は凄く良い笑顔でニンマリと俺に笑いかけた。

 俺はどうしてこの男の眉間を撃たなかったのかと後悔しながら、せっかくの幸運の男を巻き込むべく計画を立てていく事にした。


 更紗が人生を取り戻すためになら、俺は長谷の為に自分の父親に頭くらいはいくらでも下げよう。

 まぁ、下げなくても何でもやってくれるという、俺に甘過ぎる父でもあるが。

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