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戦友は悪友ともなる

 田辺は嬉しそうに笑う幸運の男に、皮肉な笑みを返した。

 長谷は三十を超えているが童顔なせいか若々しく、負傷した足が未だに痛むと零していたが、刑事としては地道に成果をあげているようだった。


「人殺し野郎をやっつけようとしてなら殺人にならないかもねぇ。それに、天野の糞野郎の悪事を死んだ後も暴けるなんて嬉しいねぇ。」


「長谷ちゃんは何があったのよ。こっちの県警から警視庁から担当刑事が来るからって言われて滞在伸ばしたら、長谷ちゃんが担当刑事です、なんて現れたから吃驚よ。」


「記者の村上さんです、なんて田辺ちゃんが紹介されるから俺も吃驚したよ。」


 長谷に酒をついでやると、彼が唐突に田辺に聞いてきた。


「小林って覚えている?」


「まぁぼんやりとは。あまりウチの隊は本隊と関わらなかったからね。」


「あの坊ちゃん隊長中心の隊は、流れ者の離れ小島だったものね。元隊員の俺が言うのもなんだけどさ。頼りないんだか頼りになりすぎるのだか。なんだかんだで軍功あげる彼のせいで、前線からなかなか帰って来れなかったでしょ。俺は足を怪我して後方に送られた時は万歳三唱したよ。」


「お前は本当に幸運の男だよ。」


「嫌味かよ、やめてよ。それでね、小林の妹が男に貢ぎまくって首を括ったの。その男って言うのが天野拓郎でね。調べたら小林の妹以外、素人娘多数にも同じことをしていてね。言う事を利かすのが恋愛じゃなくて、乱暴してそれを元にだから最悪でしょ。」


 田辺は一緒に前線で情報かく乱や破壊工作活動を行った長谷が、義憤に駆られただけでここまで動いているわけではないと確信していた。


 長谷は情報をつかんで怪我をした男だ。

 そのことは別に恨んでいない。

 田辺が貧乏籤を自分で引いたのだから仕方の無い事だ。


 長谷はソビエトの動きに逃げるべきだと進言したのだ。

 本隊長ではなく竹ノ塚隊長に。


「本隊を餌にできる今ならば、隊の全員は逃げ切れます。」


 けれど竹ノ塚は、進言した長谷への返答代わりに、長谷の膝下を撃ち抜いたのである。

 それも、何事も無いように銃を取り出して、ズギュンだ。

 その場にいた隊員全員が凍りついたのは言うまでも無い。


「長谷曹長は負傷で歩けないから、君達が担いで後方に送ってあげてくれないかな。」


 その場に居た隊員は一斉に竹ノ塚に敬礼をすると、血まみれで喘いでいる長谷を担いで意気揚々と後方へと逃げて行ったのである。

 そういうわけでシベリア送りになった竹ノ塚の隊員が、竹ノ塚と田辺だけだったのだ。


「どうして隊長は逃げないのですか?」


「情報を知らないで残っている本隊の人達を逃がせるだけ逃がしたいし、ウチの隊が全員いなくなったら軍法会議ものでしょう。君も早く発ちなさいよ。」


 田辺は思い出すたびに、竹ノ塚家近辺の人間が未だに弟ではなく兄の方を慕う気持ちが良くわかると考えてしまう。

 彼は上に立つ者の義務をわきまえすぎているのだ、と。


「天野は金をどこで使っていたのだろうね。かなりの大金が消えているんだよ。」


 長谷の言葉に田辺が彼を見返したら、彼は情報兵のあの顔で生き生きしていた。

 長谷は人の内緒を暴く事が大好きなのだ。

 いかさまをする上官の隠し金を盗んでばら撒いたり、男色趣味の男の隠れた虐待をいち早く察知してその男を痛めつけた奴だ。


 その度重なる軍規違反により降格の上、我らが竹ノ塚前線工作隊に流されたのである。

 その降格も計算の上だと田辺は確信している。

 長谷は陸軍士官学校出の情報将校だったのだ。

 いつ敗戦を日本が受け入れるのかという戦況において、後日戦犯として収監されそうな中途半端な尉官の位は邪魔なだけだと判断したのだろう。


 そして、幸運の男と同じ士官学校出の将校の竹ノ塚は、貧乏籤だけを引く男だ。


 彼は戦争で士官学校の修学期間が短縮されたが為に、数えの十九歳で戦場に放り出されたのだ。

 見た目坊ちゃんで頼りなげな美青年は、一年近く年上の下士官達を引き連れて点々と前線を渡り歩いて破壊活動に勤しむ内に、当たり前だが長谷のような既成感を目に宿した熟練兵に変わっていた。


 田辺は当時を思い出しては後悔の念を抱く。

 もしも自分が竹ノ塚を捨てて逃げていたら、竹ノ塚はあの地で本隊を逃がそうと最後まで踏ん張って捕虜となったりはしなかっただろうかと。

 自分が側にいたからこそ、彼は逃げれなかったのではないのか、と。


「ね、田辺ちゃん。どう思うって?」


「借金がある奴でしょ。借金の返済じゃないのか?」


 長谷はヒヒヒと、刑事らしくない下卑た嫌らしさで笑った。


「その借金までした金はどこに消えたのだろうね。大体天野はギャンブルもしていなければ不労所得で喰っていけた男だ。掻き集めた金はどこに行ったのかな?」


 チンチンと箸でお猪口を叩いてふざけているその姿に、田辺は長谷が日光までやって来て事件を洗い直そうとしていた理由を了解した。


「その金を見つけてどうする気だ。」


「出世にも金がかかるんだよ。」


「ウチの隊長の想い人を助けてくれたら、俺は幾らでも目を瞑るね。」


 悪い目線を交し合った二人は、まず天野の犯罪の証拠を暴くためにゴミを埋めていたらしいと聞いた天野邸の裏手に向かった。

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