俺が口を出せるものではない
俺と親密になりたがっていた美女は、若くて気さくな男にほんの短時間で乗り換えたらしい。
矢野の肩に寄りかかり、美女が必死に矢野を見つめている様は絵になった。
矢野も見栄えの良い男であるからだ。
昨夜相良と話したところでは、有能な矢野は相良の筆頭の個人秘書であるだけでなく、相良の息子候補でもあった。
田辺が旅立ってすぐに、玄関ホールに残る俺は、相良本人によって彼女の私室に連れて行かれた。
私室と言っても寝室と続き部屋になっているだけの、個人的客間の方へ誘われただけだ。
相良邸はアールデコ風の室内装飾に拘った内装であるが、その部屋は和室を思わせる色合いで他と趣が異なっていた。
張木床には円形の支那絨毯が敷かれ、部屋に置かれた家具はどれも庶民的な近代日本調である。
部屋は現代風でもありレトロでもある、彼女そのものであるようだった。
「私はやっぱり昔ながらの女でね、ゴテゴテしいと落ち着かないのよ。」
部屋の内装を見回す俺に相良は苦笑し、俺をソファに座らせてから彼女はキャビネットに向かった。
「あの子はどう?私の後継者として最適な子でしょう。」
「頼りがいのある若者で良いと思いますよ。」
彼女はキャビネットで酒を丸みのあるグラスに少量注ぐと俺に手渡して、俺の目の前の椅子に腰を下ろした。
大き目の丸いグラスと芳醇な香りに年代物のブランデーだとわかり、グラスを両手で暖めるように持ちかえる。
手で温められたそれは、香りを一層と引き出されて琥珀色に輝いた。
口をつけると強いアルコールながら柔らかく、甘みさえも感じられるというものだった。
「最高のナポレオンだ。」
最高のブランデーにうっとりとしてしまった俺の姿に、ふふっと相良が笑った。
「面白いわよね。酒の銘柄のわからない誠司も、それをあげるとマタタビを貰った猫みたいになるのよ。」
「後継者というより、あなたには息子のようですね。」
「ええ、そう。本当は二年前には養子にするつもりだったのよ。なのにあの事件でしょう。更紗を守れなかった男が私の王国を守れないって断ってきたわ。」
「養子ですか。」
長く豊かな黒髪を一つに結んで右肩に垂らし、寝巻きに薄手のガウンを羽織った美女は、俺に艶っぽく目線を寄越こした。
「可愛いいでしょ。あの子。」
「今も、諦めていないと。」
「当たり前でしょう。誠司は既に息子同然の可愛い子よ。それに更紗が生きていたのだもの、私はこれから娘も手に入れられるわ。」
つまり相良は矢野を養子にして、更紗を矢野に娶らすつもりだ。
相良の思惑を聞いて俺の胸がチクリと疼き、まだ再会すら果たしていない更紗を所有物化している自分に嫌気が差して、意識を相良との会話に向けた。
「彼は更紗に売られた者だって、俺に自己紹介をしましたよ。」
相良はフフフと嬉しそうに微笑んだ。
「その通りなのよ。ある日突然更紗が誠司を連れて来てね、買って頂戴って。」
相良は時々自分に突撃するように会いに来る子供に驚かされる事に慣れてきたと思っていたが、その日はいつも以上に驚かされた。
更紗は一人でなく大柄の若者を連れていたのである。
それも、見るからに派手なシャツを着た、愚連隊の一人らしき青年だった。
更紗がこの青年を使って自分に何をしようとしているのかと、相良は一瞬混乱したが、連れて来られた青年の目が理知的だったので、彼女は落ち着いて更紗の言い分を聞こうと身構えられた。
「結局身構えはしたのですね。」
「するでしょう。あの子の言う事ですもの。」
俺はわかりますと言って、相良の思い出話の先を促した。




