今度こそ君を救うと誓おう
更紗は俺が身を潜めた数十分後にこの地に来た。
変質者を連れて。
追いかける変質者にきゃぁきゃあと逃げ惑う少女に俺が助けに出なかったのは、叫びながら逃げて来た更紗の顔が気味悪く歪んでいたからだ。
それは、捕食者が獲物を捕らえた時の勝利の微笑みだ。
追いかけて来た男は、更紗に土を掛けられたのか泥まみれの姿である。
「誘っといて逃げるんじゃないよ。ちょっと我慢すれば終わりだからね。」
俺は反吐の出る男の台詞に、これかと、潜んだところから飛び出ようとした。
「酷いよ!百合ちゃんにも同じ事をしたんだね!」
更紗の声に、俺は再び動きを止めて身を潜めた。
俺が屑の言い分を聞く事こそが、恐らくも、彼女の願った協力だと気づいたのだ。
「あの子は良い子だったよ。なんでもウンウンて言う事を聞いて。君もお友達なら同じ事をしようか。」
「同じ事って、私がおじさんとまぐわうこと?」
変質者は子供の下品な言葉に目を輝かせて歓喜した。
男は一歩一歩と更紗に近付き、更紗は恐怖から動けなくなったかのようにしゃがみ込む。
「そうだよ、おじさんとまぐわおう。」
変質者の言動に、俺はこのまま更紗に任せようと覚悟を決めた。
彼女がやった事は俺が責任を負おう、全て。
そして俺の覚悟が決まった事を知ったかのように、彼女は罠に火を放った。
しゃがみ込んだそこで、獲物が罠に入ったからと、彼女は導火線に火を点けたのだ。
導火線を走る火は、次々と火薬を暴発させる。
男は想定どおりよろめき後ずさり、止まった。
立ち止まった男の周りでは、火薬がパンパンと鳴り響く。
だが、そこで終わりで、男は笑い出すだけだ。
「ここに蛇穴があるのは知っているよ。ここに百合子の死体を投げ込んだのだからね。ガキの癖にくだらない仕掛けをしやがって。やった後は殺してやるよ、百合子みたいにね。」
俺が飛び出たのと、最後の火薬が破裂したのは同時だった。
男は俺の出現にびくりと硬直し、同時に最後の火薬が破裂したのである。
男の足元は一気に炎に包まれ存在を失った。
更紗は偽の穴を掘って、本物の穴を油を塗った板で塞いでいたのだ。
確実に落すために、草でカモフラージュまでして。
男は「ぎいいゃぁ。」と情けない声をあげながら落ちていき、落ち切った底でヒイヒイと泣き声をあげている。
泥塗れに蛇塗れ、体の何箇所かを驚いた蛇に噛まれてもいるようだ。
「気づかなくても大人の男の人は落ちない穴だったんだ。」
更紗の言葉を思い出す。
彼女は俺が蛇穴に嵌る姿を見て、確実な方法を手に入れたのだ。
「お前は本当に子供か?何をやっているの?」
振り向いた更紗は泣いていた。
両目からポロポロと涙を流すその姿は頼りなげで、俺には彼女が唯の子供に戻った。
「私は百合ちゃんの相談を聞いていたのに助けられなかった。百合ちゃんのお父さんが毎晩彼女にしていることを誰にも言えなかった。百合ちゃんが言うなって言うから。だから誰にも言わなかった。お前が勝手に聞いただけだ。私は約束を守ったよね。」
俺は更紗を抱きしめて泣かせるに任せた。
彼女に協力すると決めていた俺は、更紗を家に返した後に駐在を連れて蛇穴の中の男を引き渡した。
大人の、それも有名な政治家の息子が話すことだ。
俺の話は全てが聞き入れられ、更紗が願ったように、俺がその村で一年前に起った少女殺害事件の後始末を執り行い、その事件を終結させたのだ。
誰にも期待も頼られもしなくなった俺に、彼女だけが期待をかけてくれていた訳だ。
だからこそ、俺は彼女との約束を忘れたのだ。
再会し、俺の情けなさを成長した目で見られる事が恐ろしかったのかもしれない。
お前は誰にも期待も欲しがられる事もないと、思い知らされたくなかったのだ。
二年前は俺の「情けなさ」で失敗した。
今回こそは彼女を助けなければいけない。
例え、初めて心震えた女性を葬る事になっても。




